読書感想文48 道尾秀介 月と蟹 | 恥辱とカタルシス

恥辱とカタルシス

作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

ああー、しみじみ面白かった!

 

こんにちは、渋谷です。

 

 

道尾秀介さんの「月と蟹」を読みましたよー。直木賞受賞作。

 

道尾さんと言えばミステリーのイメージで、昨日読んだ村田沙耶香さんがしんどかったのでちょっとエンタメ色の濃いものが読みたくて手にしてみたんですよね。直木賞受賞したミステリー。絶対「バーン!ドーン!ボーン!」みたいになって、「すっきり爽快!」てなるんやろなと思ったから。

 

でも全然かんちがーい。重くて暗くて悲しくて。小学校高学年の主人公たちの、逃げ場のないやるせなさに溢れた作品でした。でもあまりにも丁寧で計算された文章に、悲しみも重苦しさも越えて夢中になってしまいました。あっという間に読了です。

 

にしても、こういうミステリー、たった今私が書いてる話が目指してるところなんですよね。すごくいいお手本に出会えました。私、ホント運がいいなあ。

 

 

 

舞台は神奈川県鎌倉市。主人公は多分小5かな?の慎一くんという少年です。彼は東京から引っ越してきて2年が経ちますが学校に馴染めません。田舎者は他者を排除するのでね。クラスには大阪から引っ越してきて同じように浮いている少年、春也くんもいてふたりは放課後一緒に遊ぶ仲になります。学校ではつかず離れず、って感じなんだけどね。

 

この少年ふたりの心の機微が、細やかに丁寧に書き連ねられていきます。慎一くんは病気でお父さんを亡くし、お母さんとおじいちゃんと3人暮らし。最近お母さんに彼氏が出来たようなのですが、どうしても受け入れることができません。

 

春也くんはろくでなしの父ちゃんに暴力を受けています。食事を与えてもらえなかったりもします。……辛い。でも少年ふたりは互いに痛みを見せることなく付き合っています。なんか男の子ってそういうプライドがあるんでしょうか?弱みを見せたくないっていう。

 

このふたりの少年は、何がしたいのかよくわかりませんがヤドカリを捕まえてきて裏からライターであぶってみたりして遊びます。するとヤドカリが「あちちちち」っつって出てくるのが楽しいんだって。何が楽しいのかおばちゃんには一切わかりませんが、男の子ってこういう遊びをするものなんでしょうか。なんでしょうね。そしてそのうち、この出てきたヤドカリを「ヤドカミ様」と名付け、この「ヤドカミ様」に願いをかけて殺すと叶うんだ、という話になります。慎一くんが「お金が欲しい」と願をかけると、すぐ翌日には海で500円玉を見つけたのです。「おお!ヤドカミ様すげー!」と盛り上がるふたり。

 

実際にはもちろんヤドカリに願をかけたって叶うはずはありません。誰かが海に500円玉を置いた。その先も、ヤドカミ様にかけた願はすべて叶っていきます。慎一くんをいじめるクラスのガキ大将をやっつけたい、とお願いすると、翌日には階段踏み外しちゃったりしてね。

 

やがてふたりの間には鳴海ちゃんというクラスのアイドルが入り込んできて、微妙な三角関係が構築されていきます。鳴海ちゃんはお母さんを船の事故で亡くしているのですが、その事故の原因を作ったのが慎一くんのおじいちゃんだったりします。にもかかわらず、転校してきて浮いていた慎一くんにも明るく声をかけてくれるような女の子。人気のある子なので、慎一くんが鳴海ちゃんと接近するたびに教室の慎一くんの机には謎の怪文書が入れられることになります。「鳴海ちゃんとどこそこで会ってたなあ、ラブラブやなあ」みたいな冷やかしの手紙は、やがて卑猥な内容に、最終的には「死ね」なんていう暴力的なものになっていく。

 

慎一くんは鳴海ちゃんが好きで、鳴海ちゃんと春也くんが親密になるのが嫌でたまりません。しかもお母さんが毎週土曜日に嘘をついて会いに行く男は鳴海ちゃんのお父さん。……複雑ねえ。でも複雑さを抱えていたのは慎一くんだけではありません。それ以上に闇を抱えた春也くん。春也くんはやっとできた友達である慎一くんを、大切に思い、手放したくなくて、父親からの暴力も止まず、追い詰められていたのです……。

 

 

 

ふたりは反目し、慎一くんは春也くんの嘘を暴きます。友達だと思っていた春也くんは、慎一くんを陰で蔑んでいた。そうせざるを得ない精神状態だったと告白し、初めて自分の弱みを見せあうふたり。お互い心底叶えたい願いを持っているふたりは再び「ヤドカミ様」に願をかけます。まずは慎一くんから。慎一くんの願いは、「鳴海ちゃんのお父さんをこの世から消してほしい」。

 

さあ、ヤドカミ様は慎一くんの願いを叶えるのでしょうか。叶えてもらっちゃったら今度は春也くんがヤドカミ様に願をかける番です。もちろん慎一くんにはヤドカミ様の正体がわかっています。かつては親友だと思っていた彼に、犯罪を犯させていいのか?

 

最後にはなんとも盛り上がるラストです。くうう、痺れるっ。盛り上がるラストのあと、静かに語られた終章もまた良かった。じんわり、と少年たちの苦悩が昇華されていくようでした。これがテクニック、いうやつなんかなあー……。

 

 

 

私ね、読み終わって初めて「ああ、この作品はミステリーだったんだな」と腑に落ちたんです。読んでるときはそういう感じじゃないのよね。最初の半分ぐらいは友達の少ない少年の日常しか書かれていませんから。

 

辛くもどかしい少年の日常。青春ものなのかな、みたいな。でも、残り三分の一になって前半の日常の描写が効いてくる。急にエンジンがかかってハラハラドキドキさせられる。そして終わってみれば、前半にちりばめられた伏線がすべて回収されて、「あ、これミステリーだったのね」とわかる。この流れ、私今目指してるところなんです。

 

読み終わってみると、ミステリーだった、っていうお話。読んでる最中は日常を追ってるかのようなのに、終盤にきて「あ、あれはそういうこと?」「じゃああれってあそこにつながるの?」「じゃあもしかしてこの後、ああなっちゃうんじゃない……⁉」みたいに出来たらいいなって。とてもとても難しいことのようにも思いますが。

 

しかもすかっとハッピーエンドじゃないところがいい。すかっとしたくてこの本を開いたんですがね。ハッピーエンドもいいですが、辛さの残り香みたいなのが読後に尾を引きます。参考にしよう。こんなラストもいいな。

 

というわけで面白かった道尾秀介さん。また読みます。

 

ではまたー!