
泗水公園孔子廟
論語 衛靈公十五 8

【簡体字】
子曰:志士仁人无求生以害仁有杀身以成仁
【日本語】
子曰:志士仁人無求生以害仁有殺身以成仁
【読み下し文】
子曰く、志士仁人(じんじん)は、生を求めて以て仁を害すること無し。
身を殺して以て仁を成(な)す有り。
【東郭解譯】
孔子が仰られた:学問を修めようよとする志のある人や徳を目指す立派な人は、
生命(いのち)を惜しんで仁を犠牲にすることはない。逆に一身を投げ打っても
仁を成し遂げるものなのだ。昨日吉田松陰「留魂録5」で間部詮勝要撃策吟味の
の時、要練(ようれん)と松陰先生が言ったのを、二奉行の供述書には、刺し違え・
切り払うとして印を押せと云ったとき、奉行の権詐に服せざるなりと言って責めますが、
反復しておもうに、”成仁の一死、区々の一言の得失に非ず” と論語衛靈公から出た言葉
と解説してありました。成仁(仁を成す)為の一死は、こまごました得失を問題にして
いるような場合じゃないと思いなおした、という話です。松陰先生の論語・孟子などの
理解力は現在の私たちには想像できませんが、衛靈公十五-8の言葉もよく消化して
自分なりに絶妙な使い方がなされていると思います。
寧ろ、タイトルに挙げた、”成仁の一死、区々の一言の得失に非ず” の方が日本人には
判り易いのではないかと思えるほどです。孔子も最高の徳目としている「仁」について
は、場や時に応じて事例説明しています。
しかし、松陰先生の偉いところは、幕末にあって古典を引用しているばかりでなく、
国際環境をしっかり把握して航海雄略論などでは、朝鮮・琉球・ロシアはおろかインド
オーストラリア・喜望峰への進出・自由貿易を論じています。今問題になっている竹島や
沖縄などのことも将来性を案じて海防の立場から論じています。松陰先生時代の論なので
現代の国際論とは同調しない所もありますが、竹島問題などは松陰先生の論を達せれば
問題なかった筈です。幕末時代にこれほど世に精通して歩むべき国の道を説いた人は
その正しさから言って本当に偉大であったと思います。
《2015.4.29 周南市 東郭》