
《菊池市泗水孔子公園》

《菊池市泗水孔子公園》
論語 陽貨第十七
【白文】
子曰 古者民有三疾 今也或是之亡也 古之狂也肆 今之狂也蕩
古之矜也廉 今之矜也忿戻 古之愚也直 今之愚也詐而已矣
【書き下し文】
子曰く、古者(いにしえ)は民に三疾(さんしつ)あり。今や或いは是(これ)亡きなり。
古(いにしえ)の狂や肆(し)、今の狂や蕩(とう)。古の矜(きょう)や廉(れん)、
今の矜や忿戻(ふんれい)。古の愚や直、今の愚や詐(さ)のみ。
【口語訳】
孔子曰く「昔の人民には三つの欠点があった。今ではそれさえもないかもしれない。
昔の狂者は(自己の信念に従って)やりたい放題に振る舞ったが、今の狂者はおどおどして
いて自信がない。
昔の侠客(士)は礼儀正しかったが、今の侠客はすぐに怒っていきり立つだけだ。
昔の愚者は正直であったが、今の愚者は欺瞞に満ちているだけである。
【中国語】
子曰:「古者民有三疾(1),今也或是之亡(2)也。古之狂(3)也肆(4),今之狂也蕩(5);古之矜(6)也廉(7),今之矜也忿戾(8);古之愚也直,今之愚也詐而已矣。」 (《論語·陽貨第十七》)
【註釋】
(1)疾:病,這裏指心性方面的偏執。
(2)今也或是之亡:即「或是今之亡」。「或是」,或許、也許。「亡」,音「吾」,
通「無」。整句話是指或許是當今所沒有的;意思是當今三疾已經變本加厲,
更極端了。
(3)狂:狂妄、放縱。
(4)肆:在遵循禮法上做得過度。
(5)蕩:放蕩且不受禮法拘束。
(6)矜:驕傲自大。
(7)廉:疏略於謙恭的態度。
(8)忿戾:憤怒而乖戾違理。
【語譯】
孔子說:「古代人們也有這三方面的心性偏執,但是當今這三方面的偏執已經變本加厲,
更極端了。古代的狂妄只不過是在遵循禮法上做得過度一些,而現在的狂妄卻是
放蕩且不受禮法拘束;古代的驕傲自大只不過是疏略於謙恭的態度,而現在的驕
傲自大卻是憤怒而乖戾違理;古代的愚笨只不過是直率一些,而現在的愚笨卻是
欺詐啊!」
論語 衛霊公第十五
【白文】
子曰。君子矜而不爭。羣而不黨。
【書き下し文】
子曰く、君子は矜(きょう)にして争わず、群れて党せず。
【口語訳】
下村湖人(1884~1955)は「君子はほこりをもって高くおのれを持するが、
争いはしない。
また社会的にひろく人と交わるが、党派的にはならない」と訳している(現代訳論語)。
【矜】とは?
[音]カン | |
キョウ | |
キン
|
[訓] | つつしむ |
あわれむ | |
ほこる | |
やもお |
【意味】
1.つつしむ、うやまう
2.あわれむ、かなしくおもう、かなしむ
3.ほこれる、自負する
☆矜(きょう)とは、意味が良く判りません。
中国語では驕傲自大と解説していますが、意味は、驕慢が尊大である・思いあがるなど
いゝ言葉でないようです。
でも、孔子は昔は廉で有ったと言っています。廉は、私欲がなくけじめがある・潔いと
言う意味です。ところが、今の矜は忿戾といっています。忿戾は、憤怒・忿怒で怒って
いきり立つです。日本語では、現在「矜恃(きょうじ・きんじ)」が使われている言葉
ですが、「自分の能力を優れたもの誇る気持ち、自負、プライド」としています。
矜(きょう)は、本来その発生からそう疾の一要素だったようですが、現在では
(中国でも)逆に悪い意味の解釈に変化しているようです。人間の言語文化も時代に
よって変ってゆくというのは、好い事か悪い事か判りませんが、そういうこともあると
知って驚きました。
「矜(きょう)」の意味は、下村湖人の「ほこりをもって高くおのれを持する」が
もっとも、理解し易いと思います。
【狂】とは?
もうひとつ、陽貨第17のなかで「古之狂也肆 今之狂也蕩」があります。
”古(いにしえ)の狂や肆(し)、今の狂や蕩(とう)”と読み下すようですが、
肆(し)は、”欲しいまゝ・勝手気まゝ”ということで、昔の狂は、高邁な理想に向かう
遠大さや美点もあったが、今の狂は、放蕩と繰り返すだけだと言う意味です。
明治維新の思想的立役者の吉田松陰は、この「狂」たることを自からも弟子にもよく
使いました。現在の幕藩体制を打倒するには「狂」の境地で「死」をかけて運動しなければ
全うできないという思想です。吉田松陰は、その教養から孔子や孟子を教える人でありまし
たから、《「古代的狂妄只不過是在遵循禮法上做得過度一些」古代の狂妄(きょうぼう)は
只、礼儀作法上で逸脱する掟破りに過ぎない》の意味も判っていたし、これを「狂」と
して、「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂!」の境地で黒船に
乗り込みました。
吉田松陰の「狂」は、孔子が昔の人を言った「狂」であり、現代一般的なPCが暴走する
ような「狂」ではありません。
話は、かわりますが日本語の手紙は中国語では、トイレットペーパーのことですね。
日本で「手紙」が使われるようになったのは近世くらいとしていますがよく判りません。
日本でも昔は「文」や「信」を使っていました。恋文や信書などに見られます。

NHK大河ドラマ花燃ゆの主人公は、吉田松陰の妹「ふみ」です。
久坂玄瑞は、妻「ふみ」に送った「文」の文末に”おふ美どの”
と書いてあるものがあります。
久坂玄瑞は、京に出るとき、欠かさず「文」を書くと約束しました。
何十通にもなる手紙を後の夫となる小田村伊之助(楫取素彦)は保存していました。
涙袖帖(るいしゅうちょう)がそれでこのドラマの元になったものです。
人間愛あふれる「文」は「文」の涙で濡れ、袖でその涙を拭いました。
どうも「文」ばかりで申し訳ありませんが、文字は人間の感情が伝わるものです。
この点では、日本語の手紙もその情緒性から理解できます。
「文」さんの名付け親は、玉木文之進で自分の名前の「文」からとったとも伝えられて
います。