期中試験も終わり同学のみんなもほっと一安心といった感じです。
休んでいる子もいたし、遅刻する子もいた。
先生より テストの結果がみんなに配られた。
周りの人のを見させてもらうと、驚くほどの高得点である。
日頃、授業中も休憩中も居眠りばかりしている子がいて、昨日の
試験で半分の持ち時間で帰った子がいた。
私は、自分のことも去りながら、彼女のことが気になっていた。
回答を採点されたものが返却された。
看るとはなし、聞くとはなしであるが、その子が最高点であることが、
判った。なるほど居眠りするのも無理もない。
宿舎も二人部屋で勉強に専念するにも制約があるはずなのに感心させられる。
私の場合は、口述が駄目でした。
先生との受け答えで、物語を説明したり、先生の質問に正確(文法上も発音上も)
に応えなければ、満点にならない。
先生は、早速 昨日のテスト回答の間違いがおおい個所や文法上は正しいが、
話す内容が的確でない場所を指摘し、なぜ間違っているか個人的な例をあげて
修正する。多くの子は、しゃべるが先生に意味が伝わらない箇所があるらしい。
私は、まだ自分の言葉で文章を言う時、相手に正確に伝わらない、いらだちを
感じている。元来、私は日本語でも言葉が少ないし、来て2カ月では無理という
ものだ。私がしょげてると感じたのだろうか?先生は、授業をうける態度が
模範的だと、みんなの前でほめてくれた。これも得点されるらしい。
それと、毎日の練習が一番必要といわれた。道理で学園内のあちこちで
教科書片手に大きな声で練習している学生が多いはずだ。大きな声で
英語の文章をしゃべって練習しているものもいる。中国式か?すべて
を暗記する、それをしゃべる練習をする。何ページも兎に角、暗記し喋る。
私もテストでは、しゃべれるつもりでいた。暗記も出来たと思っていた。
でも、いざテストとなると、まともな文章が浮かんでこない。
よく日頃、むだぐちが多く口が達者な人が、みんなの前や改まった場所で
は、なにも言えない人がいたが、あの状態だと思っている。焦れば焦るほど
頭がこんがらかってくる。これからは、自分の思った事を中国語に直ちに
変換して自分の意志が無意識に相手に伝えられるよう訓練したい。
今週は、外国人留学生20クラスすべてが試験である。
わたしのクラスで私だけが、何十年も早くうまれた。
他の交換留学生は、10代〜20代で各国の大学から派遣されている。
その子たちは、私の子供より10歳以上若い。
だから、毎日 接していると子供のように可愛い、みんな頑張っているのは
同じだ。しんどい時も風邪を引いている時もある。そんな時は励ましたり
慰めてあげる。一緒に頑張りましょうという。
同学でこんなことが普通に言えるのは私だけである、わたしの役目でも
ある。現在は、登校時も下校時も挨拶をくれる。
このクラスで私の居場所が見つかった。
もうひとつは、ここは孔子の国である。先生の話では、済南で最も尊敬されている
人物は“孔子”ということだ。
生活のすべての規範が孔子の教えを踏襲している。大学の正面には、おおきな
孔子像が据えられている。そういえば毎年9月、曲阜では盛大な孔子祭りが
行われる。分校もそこにあるし、世界各国に分校や思想が普及されている。
子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎
私も “子 曰・・・ ”は中学で学んでいる、周南市三丘に孔子を祭った徳修館が
ある、1809年 三丘藩主「宍戸就年」が藩校として萩の明倫館を参考に開校した。
そこへ昨年 山東省から孔子の像の贈呈を受けた、このブログの最初のページの
写真もそれを掲載している。私の父や祖父も孔子を学んでいる。
韓国の同学も、私同様、孔子の教えを学んでいるはずだ。韓国の教育は
知らないが、父や祖父から生活態度で学んでいるはずだ。
でなければ、あんなに礼儀正しいはずがない。
私の受講態度も先生方に受け入れられるのも 私同様 孔子の教えの
中から、判断されてのことだろう。
知らず知らず二千年前の孔子の教えが中国、韓国、日本に生きている。
偉大な思想家である。
子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎。
子の曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。

山東大学キャンパス内の世紀の森公園

海外留学生の教育楼と事務所のネームプレート 孔子の字が見える

国際教育学院内部エントランス 左格子板に 論 語