牛に引かれて善光寺詣り | 杜氏屋 Some like it hot

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地酒Bar・杜氏屋と「ちいさな酒蔵33の物語」人文書院・「純米主義」小学館 の著者・中野恵利の最新情報をお届けします。
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「善光寺さんの牛の御守り」

  ’ 牛に引かれて善光寺詣り ‘  思いがけず他人に連れられて想像していない場所に着くことや、他人の誘いなどで良い方向に導かれていくことの例えにもなっているこの諺を、恥ずかしながら私、牛車に乗って、または、歩き疲れたときに牛に乗れるように、とにかく昔は、善光寺さんには牛と一緒に参詣していたんだ…… と解釈していました。
バカ〜ッ!😤

本当の意味を知ったのは、ほんの数年前。
まぁ、でも、それはひとまず置いといて……。

来年は丑年、牛と言えば善光寺さん! という単純発想のもと、年女となる娘のために、善光寺さんの牛の御守りを購入しました 🐃




水玉の御守りは、孫〜にゃの分も購入。
古くから、女性の信仰を多く集めているという善光寺さん。女の子同士、仲良く親子お揃いで、阿弥陀如来様・観世音菩薩様に守っていただきなさいな。

ではここらで、‘ 牛に引かれて善光寺詣り ’ の正しい解釈を。。。

🐃 🐂 🐄 🐃 🐂 🐄

昔々、信濃の国は小県の里に、心の貧しい老婆がいました。
ある日、軒下に布を干していると、どこからか牛が一頭やってきて、その角に布を引っかけて走り去ってしまいました。
女はたいそう腹を立てて、「憎たらしい!その布を盗んでどうするんだ!」と、怒鳴りながらその牛を追いかけていきました。
牛の逃げ足は早く、なかなか追いつけずに走り続けるうちに、とうとう善光寺の金堂前まで来てしまいました。
陽が沈み、牛がかき消されるように見えなくなったそのとき、善光寺の仏様の光明が老婆を照らしました。
ふと、足許に垂れていた牛のよだれが目に入ります。それはまるで文字のよう。よく見てみると…… 。

牛とのみ 思ひはなちそこの道に
        なれをみちびく 己が心を

と書いてありました。
ついに老婆は菩提の心(仏様を信じて覚りを求める心)を起こし、その夜は如来様の前で念仏を称えながら朝を迎えました。
布への執着をなくし、世の無常を嘆き悲しみながら暮らすようになった老婆は、ある日、近所の観音堂にお詣りします。
すると、あの布が観音様のお足許にあるではないですか!
牛が、観世音菩薩様の化身であったと気づいた老婆は、ますます善光寺の仏様を信じ、めでたくも極楽往生を遂げました。
この観音様は今、布引観音といわれています。
これが、語り継がれる「牛に引かれて善光寺詣り」の本当の解釈。


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