義影の場合は――
まず高速突進。『隠形』を織り交ぜながら速度を微調節し、敵との間合いを幻惑する。一方で声は出さない。示現流に比べて心理効果が減少するが、幻惑度を大きく上回らせることとする。
問題はここから。
小太刀は長さの都合上、どうしても敵に先手をゆずらなければならない。野太刀にコンバートしても、義影の場合は機動性を殺ぐデメリットがめだつ。対天狗の残り時間を考えれば付け焼き刃にもなり、とてもではないが投入できない。
『潜航』でさらに惑わしながら接近するのはどうか。
それは意味がない。影に潜り、別の影より浮上する『潜航』は空間移動ではあるが、瞬間移動ではない。潜る、浮かぶ、という二挙動がどうしても必要になり、突進で作り出したリズムの狂いをリセットすることになってしまう。勢いも死ぬ。
考えたのは、クナイによる牽制。
しかし、これも問題がある。クナイの投擲が敵に自分の正確な位置を教えてしまうからだ。
(ムリか? いっそ上空に……)
それこそ愚の骨頂。対処されたときに逃げ場がない。
静止している敵が突進に対してとる動作は、三種類が予測された。
一つ目。後退。
これは問題ない。初速で上回る分、さらに詰め寄るだけで済む。左右への退避も同様。距離が近ければさほど遠くには逃げられないし、距離がある段階での退避はこちらが進路を調整するだけで済む。むしろ直線軌道でなくなる分、敵は距離の把握が難しくなるだろう。
二つ目。前進迎撃。
比較的問題ない。義影の技術をもってすれば、より簡単に懐へ飛び込める。万が一があるとすれば、義影では最初から勝ち目がないほどの強敵だということだ。
三つ目。半歩後退からの迎撃。
すべての幻惑を読み切られ、先の後あるいは後の先による迎撃が一番やっかいだった。
(この動作を封じるには……)
複数方向からの同時攻撃か。
これはすでに近い技、『潜航』の応用である『影通し』の複合技――クナイを影越しに投擲し、一人でありながら多方向からの同時攻撃を行う――ができる。これまでの必殺コンビネーションだったが、茜、誠とたて続けに破られた。改良の必要があるだろう。
また、『影通し』自体にも二つの欠点がある。
一つ目。クナイの機動について。
クナイはサイズが小さいので瞬間移動と称せる。が、影の中に待機させておけないし、飛翔距離や方向は途中変更できない。あくまでも特定の地点から地点へとワープさせられるだけ。追尾ももちろん不可能で、敵の反応が良ければ対処されることはすでに明らか。
二つ目。これが致命的。頭を狙わない限り、クナイが必殺ではないこと。
最大四方向からの同時攻撃は、必殺が『影縫い』の一本と義影の突進撃の二方向のみが実態。茜にはそれを一瞬で見切られた。せめてもう一方向は必殺を重ねないと、破るのは容易だということだ。
(毒を塗るのが一番てっとり早いんだが……)
義影のクナイは塗っていない。が、かつての忍者たちは当たり前のように塗っていた。
(それはダメだな)
『D』相手にどれほど効果があるかという問題もあるが、最大の理由は鏡陰が納得しない。
他の手としては、クナイをより『力』の込めやすい品に変える、がある。
これは理屈として可能だが、現実的にはほぼ不可能だった。
そのような刀を打てる刀鍛冶は日本に一人しかおらず、好事家からの予約が年単位で埋まっている。ましてクナイとなると、大量にしかも特注。価格的にも手が出なくなってしまう。
(この方向はいったん捨てよう)
もういちど、一から目指すべき魔剣について整理したい。
まず、完璧な魔剣にはありえない事象が最低一つある。
たとえば三段突き。瞬時に繰り出される三連撃でありながら、すべて必殺の威力を誇ったという。突きは体重移動を考えると二連撃すら至難。義影では真似ごとくらいしかできない。物理的な不可能を可能にする技術は、まさに魔術の類。義影が魔術と同種のものを再現するとしたら、鏡陰の力に頼らざるをえないだろう。
そして、その上で突進を活かしたい。そうなるとやはり示現流に行き着く。接近と同時に敵の動きを止めたい。
それには『影縫い』を使うのが一番。しかし前述の通り、事前のクナイ投擲は敵に意図を読まれる。それを克服し、幻惑しながら高速突進、間合いに入るや敵の動きを止め、さらに幻惑しながら重撃。これをクナイに頼らず行いたい。
矛盾するロジック。義影の剣は空を斬る。
(〝
古流剣術の一派、二階堂平方の魔剣、心の一方。
究極の邪道魔剣である。この技も詳細は失伝しているが、気迫を放って敵を居すくみ、すなわち硬直状態にしたという。一種の瞬間催眠技と推察され、集団に対しても有効な剣を使用しない剣術奥義である。ちなみになぜ二階堂〝兵法〟ではなく〝平方〟と称するかというと、流派の構えの基本三つがそれぞれ剣を一、八、十に構えたのが由来らしい。合わせて〝平〟方。
(この二つを組み合わせる魔剣はどうだ?)
示現流で突進、間合いに入って心の一方。何重にも張り巡らした保険のどれか一つでも当たりを引けば、それで勝ちを拾える高機動魔剣。
(理屈は申し分ないとして、そんなものどうやれば……)
あとわずかで思考のパズルは完成するのに、要となるピースが埋まらない。道場を照らす蛍光灯の明かりは頼りなく明滅し、剣を振るう義影の心に焦燥の影を落とす。
――ちかちかと、何度も。
(ち、ストックは母屋か。……む?)
乱れがちな集中はわずかな刺激でたやすく失われる。仕切り直そうと小太刀を鞘に収めかけた義影は、鯉口に視線を落としたまま動きを止めた。
(光……点滅……足下……影……)
いや、目が捉えているのは鯉口ではない。その先にある床。現れては消える己の影。闇から生まれ、光の下に姿を見せ、そしてまた闇へ消えゆく残像。
(っ! これか!)
ひらめいた。『新月』『隠形』『影縫い』を併用してこれを魔剣となしえる方法を。
(わずかな時間で次々に使うから、それぞれの術の効果は小さくなるが)
その分は突進速度と詐術でおぎなう。すべて隠さず、間合いに入った一瞬だけ影縫いを発動させればいい。使用範囲が小さければ、敵に意図を察知されにくい利点もある。
(見えないことを見せ、本命を隠し、スピードで敵に判断と対処の時間を与えない。影縫いを破られても、最後の詐術は攻防一体。これだ!)
大まかな理論は、なぜ今まで考えつかなかったのだろうと思うほど簡単だった。
(けど、これでも魔剣の域には達しないか……)
理由は、同じ相手に二度は通じないから。分かっていても防げない究極魔剣にはほど遠い。ただ、幻惑剣としてこれに比肩しえるものは存在しない。ネタがバレても敵の動きは確実に制限できる。ものは考えようだ。
(天狗との戦い、楽しみになったな)
会戦は、互いに剣技と幻術の限りを尽くす戦いとなるだろう。最後に渾身の力を籠めて小太刀を振るう。どれほどの時間、考え事をしていたのか。気付けば汗だくになっていた。
(そろそろ雪之丞が帰ってくるか……)
その前にもう一度シャワーを浴びておこうと、義影は道場を出た。
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