よく家に置いてるお菓子は?
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1543年(天文12年)の鉄砲伝来以後,多くの南蛮人が日本を訪れるようになった。それは,貿易のためばかりでなく,キリスト教の布教のためでもあった。 南蛮人が持ちこんだ西洋文物の中には,鉄砲の外に砂糖をはじめ,金平糖やビスケットなどの南蛮菓子もあった。
金平糖
当時の日本には,砂糖はなかったのである。砂糖は,中国や琉球との貿易によってのみ手に入る貴重品だったし,輸入量もごくわずかだった。当時,砂糖を口にできたのは,上流階級のほんの一部の限られた人だけだったのである。
南蛮から来た宣教師たちは,キリスト教の布教のために南蛮菓子を利用した。その菓子は,長期航海用の食糧だったビスケットのようなものが多かったかもしれない。小麦粉に砂糖と鶏卵を加えた生地を焼き上げた固いビスケットでも,砂糖を知らない一般の日本人を驚嘆させたに違いない。
固焼きビスケット
私は,日向ぼっこを兼ねて金山城伊達・相馬鉄砲館の枯山水庭園で毎日ティータイムをとっている。この時には,ファミリーマートで売っている1袋120円ほどのビスケットやクッキーがお茶うけだ。安い上に美味いし,量も丁度いいからである。
本日午前10時の鉄砲館のティータイム
2月15日だというのに気温は22度まで上衝した。暖かい冬はありがたい。
本日午後3時の鉄砲館のティータイム
ティータイムの場所は,お天道様と一緒に移動する。
私たちは,甘いお菓子をふんだんに食べられる時代に生まれたことを感謝しなければならない。ファミマの安物のビスケットを齧りながら,そんなことを思った。
ファミマの安物のビスケット