「じゃあ○君、最後に一言、お願いしますね」



「・・・えっと、今日は僕なんかのために集まってくれて本当にありがとうございました。


 向こうに行っても友達たくさん作ります。100人は作ります!


 そして、必ずまた帰ってきてみなさんに新しい友達を紹介します。


 だから待っててください。


 そのときはこうしてまた一緒に僕と遊んでください。


 今日は本当にありがとうございました。



 ・・・以上です。」



何を思ったのか、男は別れの席で、「必ず」という言葉を使ってしまった。


不用意だった、と今なら自省できる。がもう遅い。


こうして10年が経った今、男を待っている人間など誰ひとりとしていまい。むしろ男の存在など彼らの頭の中からとうに消え去っているに違いない。



が、男にはできることならもう一度あの場所に立って、「必ず」の一語を消して帰って来たいと思うときがある。


軽率と失意。



男は今からちょうど10年前、九州のとある地方"ふくおか”に住んでいたのである。






     コミブロ最終回企画 『 One Emblem Has More Stories 』


                  第3説 ~喜劇に潜む暗喩~





 ―3年前、まつやま―



男は、少なくとも“まつやまひがし”を甘く見ていた。


ここは桃源郷でもないし、どこやらの王室でもない。


男はどうしようもない失意を抱いた。


「ここは自分の来るべきところではなかったのかもしれない。


どこへ行っても人間の不釣合いだけは変えられない」



そうして男が一週間を悶々と過ごした後、クラスではとある行事が予定されていた。


男には全く興味が無かったのだが、その行事というのはHRの時間に開かれる「クラス親睦会」のようだった。


男はHRでの親睦会というこの手の授業が最も苦手だった。


中学時代、男は周りが奇声罵声を発してふざけ合っている中、ひとり苦笑を浮かべて見ている人間だったからだ。


二度と意味の分からないじゃれあいなどして欲しくない。見たくも無い。



クラス会当日、男はチャイムが6限目の終了を知らせてから、だるそうにその会場である柔道場へ向かった。


体育の授業でもまだ使ったことのない柔道場をHRごときに使ってしまうのはなんとももったいないように思えた。


男は7限目開始のチャイムがなるのを沈黙のまま待った。


男のとなりには唯一同じ中学校出身の「おかやん」が座っていた。


彼も男と同様、真面目な人物だった。中学校では、堅さがその第一印象だった。



7限目のHRが始まった。


親睦会というだけあって、まずはベタなハンカチ落しだった。


くだらなさに男は失望した。


どうせ知り合いもいない自分にハンカチなど落とされないし、座っていればこの時間は終わりだ。


男はただ座っていた。



しかし、落ちた。



いや、落とされた、という表現が適切だろうか。彼の後ろで布の落ちる音がした。


男は焦ったが、それと同時に走り出したのは、となりに座っていた「おかやん」だった。


おかやんはそのままオニになり、別な人を狙いハンカチを落とした。が、失敗した。


彼はまさか足の速い陸上部に落としてしまったことをその当時は知る余地も無かった。


彼には罰ゲームが待っていた。


誰かがこう言う。


「尻文字!」


どうしようもない。ここまでくると手がつけられない。しかもあの堅い心の持ち主である彼がそんなことするわけ・・・。


男がそう思った瞬間だった。



おかやんと呼ばれるその人物は、「まさか~」と笑いつつそのくだらない罰ゲームをやってのけたではないか。


周りでは爆笑が起こる。


あれだけ今まで綺麗に暮らしてきたように見えたクラスの人間たちが、腹を抱えて笑っている。


しかもそこにいやらしさの類は一切含まれておらず、みんなが自然に面白いことに対して「面白い」と笑っているのだ。


男は目の前の光景を一瞬では信じることはできなかった。


が、数秒後、男にも笑いがやってきた。これも純粋な笑いだった。おかやんの動きが単純に面白かった。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。


男は「これだ」と思った。



その後、鬼ごっこのようなものが始まった。男はそれを受け入れた。


始まって数十秒後、男は捕まった。


その時オニだった女子は、男を捕まえる時、笑顔でこう言った。


「○くん、タッチ!残念でした~」


○とは男の下の名前だった。その女子は好意にも男の名前を覚えてくれていたのだ。


男はゲームのルール上そこで負けていたのだが、しかしなんだか嬉しかった。


そこには失われた青春を取り戻した喜びがあった。彼らは自分を下の名前で呼んだ。それもクラスが始まって1週間のうちに。


男はもう一度思った。



―まつやまひがしと今までの場所とで違うことが1つだけあったようだ。



―それは [ 空気 ] だ。



―面白いことに面白いといい、楽しいことに楽しいと笑えるその自由な空気こそまつやまひがしが自分に与えてくれる財産だ、と。



男はこの後、古典の授業で「源氏が妹に恋をしました」と誤訳してみたり、情報の授業で夏目漱石の「坊ちゃん」をパロディしたパワーポイントを作ったりして、今までに無く自分の素を出していった。


それによって周りが自然に笑ってくれるのが何よりも嬉しかった。



―今自分はあの「まつやまひがし」にいるんだ。



その実感がひしひしと胸に込み上げた。


が、それも長くは続かなかった。男にはもうひとつ解決すべき問題が迫っていたのだ。


男にはもうひとつの孤独に直面することになる。




―continued to "第4説"///