本日は晴天なり。お墓参りへ行く。
今日の大阪は、とても晴れやかな、気持ちの良い1日でしたね。
風が少しあって、晴天だけとカラッとした天気で、外出にはもってこいです。
前日に天気予報を見て、お庭掃除をするか、それともお墓参りに行くか。。。。
考えたあげく、お墓参りに行くことに決定!
で、朝から私のご先祖様とお祖父ちゃんのお墓参りに行ってきました。
いつもは家族と行くのですが、今日は初めて一人で行ってきました。
マイカー・プリウスにお線香セット・スコップ・熊手・ほうき・長靴・ちりとり・バケツ・じょうろ・お供花・お茶ポット・お供え菓子・土を漉す園芸ザル・除草剤を乗せて、いざ出発!
愛犬ナナちゃんも連れて行こうかと思いましたが、彼女は大いびきで爆睡中、微動だにしませんでしたので、そのまま置いていきました。
40分ほどで霊園に到着。
いつもは、お墓のそばまで車で行けるのに、今日は人が少ないせいか、入り口近くの駐車場止まり。
ひえ~、こんな荷物の多い日に限って。。。(T▽T;)
仕方なく、両手に荷物をぶら下げて(あまりの荷物の多さに、みんな振り向きます,汗)、ようやくお墓へ到着。
想像していたよりは、雑草も少なく一安心。。。と思いきや、
よーく見ると、周辺の墓地にも生えていましたが、どこからか飛んできた雑草の種が、先日の雨で芽吹いたらしく、敷地内にひょろひょろっと全面繁っているではありませんか。
あ~、ザルを持ってきて良かった、と思いながら雑草抜きを始めたものの、あまりに細かい雑草なので、これが結構めんどくさい。
でもって、熊手でお墓周りの土を起こして、スコップですくって、園芸用ザルで土と雑草をふるいにかけ、地面を踏みならす。
結局、お墓掃除すべてを終わらせて、お参りするまで、なんと4時間もかかってしまいました。
お顔の日焼け対策はばっちりだったのですが、なんと「耳なし芳一」と同じく、腕に日焼けクリームを塗るのを忘れていました。
そして、見事に両腕の肘から手先にかけて、それも半面だけ真っ赤に日焼けしてしまいました。
半袖で、軍手はめていたから、とても変な焼け方をして、格好悪いったらありゃしない。
まさに、ドカタ焼け。(おっさんか?)
腫れ上がった右腕を、アイスノンで冷やして、ブログ更新しています。
右腕は、見ての通り全面真っ赤なのですが、今ふと左腕を見たら・・・
な、な、なんと!
まだらに焼けているではないですか!(ひぇ~)
そうです。
やってしまいました。。。
![]()
悪い習慣で、顔にクリームを塗るとき、いつも左手の甲の上にクリームを載せ、右手で顔に塗るのです。
そして、残ったクリームを左手にこすりつけるのです。
今日も、いつもの如くやってしまいました。
白く抜けたところは、指に残っていた日焼けクリームがなすり付けられたところです。(指の型どおりなんです。)
見事に、そこだけ焼けていません。
薄付きで、塗り直しなしですよ!
おそるべし、ロレアル(L'OREAL) レジスタンシエルUV!!
ちなみに、肌の弱い私でもお顔に塗れる一押しの日焼け止めです。
5月の紫外線の強さをナメたらあかんで~。
そして、日焼け止めの強力さを思い知った1日でした(爆)
原発廃止も夢じゃない! 人工光合成による次世代エネルギーの研究
原発廃止も可能かも!
かなり現実的になって来ました!
昨日、私のボスであるハッシー教授が、神谷信夫先生と共に大阪市の記者会見でインタビューを受けました。
神谷先生は、先日の科学雑誌"Nature"で、光合成の研究でノーベル賞クラスのすごい発見を発表されました!
http://www.osaka-cu.ac.jp/news/20110418110425/research.html
ハッシー教授と神谷教授は、分野は違えど、植物の光合成の仕組みを解明して、人工光合成を可能にしようと日々頑張っておられます。
今回の福島での原発事故で、あらためて日本のエネルギー政策が、原子力発電に頼り切っていたこと、それは、とてつもない危険との背中合わせであったことを実感させられています。
私のボス達も、化石燃料に取って代わる次世代エネルギーの研究をされていますが、今回の震災でますますその必要性が高まり、研究所内での意気が上がっています。
そのような中、神谷教授の大発見 → 光合成の中で、水と二酸化炭素で酸素ができる仕組みを解明したと言うことは、世界中の研究者にとって大前進なのだそうです。
素人の私にしてみれば、理科で習った光合成程度の知識しかなく、確かに水と二酸化炭素で酸素が生まれるとは習いましたが、その仕組みは今まで解明されてなかったんだなあと言うことを初めて知りました。(お恥ずかしい。。。)
それにしても、達成時期をはっきりと2015年、2020年と掲げたとということは、とても現実的になってきましたね。
今日の朝日新聞の記事で、環境省の試算では、再生可能エネルギー(特に風力発電)の推進で、最大原発40基分の発電が可能になってくるらしい。
http://www.env.go.jp/earth/report/h23-03/gaiyo.pdf
再生可能エネルギーポテンシャルマップ
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep/index.html
このような再生可能エネルギーとの組み合わせで、原子力発電に頼らない生活を早く実現できるようになってほしいです!
昨日行われた、大阪市の市長会見の様子は、以下の通りです。
「人工光合成による次世代エネルギー研究開発プロジェクトを開始します」
(11分21秒~16分43秒)(29分18秒~31分00秒)
http://www.ustream.tv/recorded/14171108

マーケティング会議というものを体験しました
昨日は、副業をサボって(汗)、沼津まで行ってきました。
元極学の師匠であるミーちゃん先生のHPをリニューアルするための作戦会議に出席です。
Iさんのご主人と一緒に自然食レストランでお昼ご飯を頂いた後、おしゃれな会議スペースを持った田中建設さんへ向かうと、すでに会議は始まっていました。
昨日は、有名な経営コンサルタントの先生が来られるということだったので、お勉強のつもりで参加してきました。
どうすれば、お客様に興味を持っていただけるのか?
そのためには、どういう風なところに気をつけてHPを作ったらよいのか?
な~るほど。。。。
ふ~ん。。。。
へぇ~~~~。
なにそれ? 意味分かんない。。。
こんな言葉を小さな声で、連発しながら会議を見させていただきました。
会社を経営するって、努力しなきゃいけないんですね。
いつも脳天気に過ごしている私にとっては、頭が下がります!
数ある中のブログから、HPから見てもらうためには、作り手側目線ではなく、その情報を探している人側の目線で見て考えなければならないんですね。
わかっちゃぁいるが、なかなか分かっていないのが、現実。。。。
大変お勉強になりました。
ちょっとだけ見る視点を変えれば、違った形に見える。
そこをどう表現するか?
言葉のセンスが要りますね。
言葉遊びが好きな私の好奇心の塊が、ムクムクと頭をもたげてきました。
とりあえず、ミーちゃん先生のHPを作りながら、ちっくら、マーケティングなるものをお勉強してみようかななんて思った1日でした。
ドイツ気象局 放射性物質 大気中への拡散シミュレーション (追記あり)
ちょっと怖いニュース。
お友達の絹代ちゃんからのMixiメッセージで送られてきた情報です。
覗いてみると、なにやらドイツ気象局(って名前でしょうかね?)みたいなところで、日本の福島原発の放射線を含む物質が、どの程度の地域に、どの程度の量が飛散するかのシュミレーション画像でした。
それを見ていると、凍りつきました。
だって、関西といえども、風向きによっては、飛んでくるのです。
大した量ではないのかもしれませんが、これは大問題です。
現に、福島から遠く離れた九州や朝鮮半島にまで飛んでいく可能性がある。
そりゃそうよね。
考えてみたら、中国のモンゴル内陸部から、黄砂が飛んでくるぐらいですもの。。。
関西人としても、真剣に原発の存廃について考えるべき時期が来たと思います。
ドイツの気象局は、日本の気象庁が提供しているデータをもとに、解析しているみたい。
怖いけどその状況を見たい人は、下記のアドレスにアクセスしてください。
ドイツ語表示の場合は、ページ上部のボタンをクリックすると、英語バージョンに変わります。
Weather and migration conditions in Japan (アメダスみたいに絵が動きます) アップデートされていくと思うので、リフレッシュして最新版を観てください。
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gifドイツ気象局のHP (Federal Ministry of Transport, Building and Urban Affairs)
<追加情報>
文科省や原子力安全保安院が発表している数値データーを、グラフ化しているサイトです。
ただし、日本政府が正しい情報を出しているかどうかは??ですので、あくまでも参考に。。。
【全国の放射能濃度一覧】
さよなら、そして ありがとう 阿倍野歩道橋
毎日、仕事に行くために天王寺駅を通過しています。
その阿倍野側から天王寺駅に架かっているのが、阿倍野歩道橋。
その歩道橋が、今日ほとんど解体されていました。
今や、近鉄百貨店側から天王寺ステーションビル中2階へつながる部分を残すのみです。
朝の忙しい、多くの人が行き交う出勤・通学時間帯に誰かが走って渡ると、地震並みの長期振動(ぐわ~ん、ぐわ~んってかんじ)で橋全体が揺れるのよ。
夕方になると、ステーションビルから流れるべたな宣伝と競うように、明日の「コブクロ」を目指す若者の歌声。。。(たまに、止めてくれ~と言うほど下手な歌もある)
これも、もうすぐなくなるのだ。
なくなってしまうとなると、何か寂しい気がするなあ。
その橋げたに掛けられているのが、
「阿倍野歩道橋 40年間、ごくろうさまでした!」の横断幕。
最初見た時は、
「そうかぁ、40年前にできたんだ。。。」と思っていた。
でも、恐らく最初に掛けられたであろう橋げたの両端に
「阿部野歩道橋 昭和40年9月」
あぁ。私と同い年だ。
あれぇ。ちょっと40年じゃないわよ。
5歳半もサバ読んでるわよ!
でもどうして、40年間なんだろう。
でもって、調査開始。
といっても、大して調べた訳じゃないんだけど、
わかったこと。
阿倍野再開発の一環で、旭町界隈(アポロビルやルシアスがある側)が大変貌を遂げて、そのつなぎ目となるのが、阿倍野歩道橋。
その橋が架け替えるために、新しい歩道橋のデザイン公募開始のお知らせが出たのが2006年5月末でした。
と言うことは、その横断幕計画を立てたのは2005年内と言うことだ。
まあ、大阪市のやることだから、計画を立てた時と同じ予算枠内で、この垂れ幕が作られたんだろうなあ。
その時は、確かに阿倍野歩道橋は、不惑の40歳。
垂れ幕の40年間は正しいのだ。
でも、その5年後に解体作業が開始されて、今は6年目に突入。
垂れ幕は、粋な計らいだったけど、
う~ん、惜しい!
まっ、とにかくお疲れ様でした~。
阿倍野歩道橋の2世は、
阿倍野の”a”をもじって、デザインされているらしいです。
阪堺電車(チンチン電車)が描かれていないのが、気になる。。。
東電という会社はこういう会社です。
こんなメールを友人から頂きました。
皆さんどう思います?
全く持って、誠意のなさがありありです。
プンプン![]()
![]()
![]()
![]()
本当にこの被害の援助を善意の国民だけに任せておいて良いのでしょうか?
当事者としての活動はこんなものなのでしょうか?
ぜひみなさん、これを機会にこういう状態にある、我れ関せず他人事と決め込む会社の姿勢をじっくりと吟味して頂きたいのです。
全国各地で被災者の受け入れが進む中、原発事故の当事者である東京電力が、保養施設や社宅を多数保有するにもかかわらず、わずかな人数しか受け入れていないことが分かった。
東電子会社が運営するリゾートホテルでは料金を徴収していることも判明。東北電力や中部電力では多くの被災者を受け入れたり、態勢を整えているだけに東電の姿勢に疑問の声が上がっている。
東電は12都県に21の社宅や保養施設、461の独身寮や厚生施設を所有。
東京郊外には、山一つ分に及ぶ広大な研修施設もあるが、3月末までに被災者に提供されたのは、新潟県柏崎市にある社宅24世帯のみだ。
同じ電力会社でも、東北電力は地震発生当日から女川原発(宮城)敷地内の体育館に、約240人の周辺住民を受け入れた。
中部電力も、社宅650世帯分と保養施設90室で受け入れる方針を示しており、その差は際だつ。
東電のグループ企業が運営する新潟県のリゾートホテル「当間高原リゾート ベルナティオ」(十日町市)も、154室に約520人の収容が可能だが、市役所を通じた受
け入れは36人まで。
「被災者の皆さまにつきましては、部分的にですが順次受け入れさせていただく予定です。直接お申し込みいただいた方は大人お1人さま1泊3食で6000円、十日町市役所から要請を受けた被災者については、同じ条件で無料となります」(広報担当者)
通常の宿泊料金は、最安値の平日で大人1人1泊2食付き1万6000円。
東電を含む会員企業の社員は、同じ条件で4200~5300円。
ベルナティオを含む新潟県内31の宿泊施設と300人の被災者受け入れ契約を結んだ十日町市役所は、1人につき1泊3食あたり3500円の費用を各施設に負担する。
「施設管理は、ホテルインターコンチネンタル東京ベイの運営会社に委託されており、サービスや清掃は文句なし。広々とした大浴場には独自の温泉を引き、朝夕のバイキング料理も好評です。周囲は広大な森に囲まれ、国内旅行ファンの間では知られた存在」(大手旅行会社社員)
夏休み中は、家族連れで連日満員というが、今の時期は一面銀世界の閑散期。東電系列企業として、受け入れ人数の少なさを批判する声も寄せられているという。
原発20~30キロ圏内の葛尾村から福島市に避難した男性(79)は、東電施設が
活用されない現状について「村民から見れば考えられないこと」と憤る。東電本社では「今後も、弊社施設による被災者の皆さまの受け入れ拡大を検討して参ります」(広報部)としている。
アースデイ那須2011 藤村先生@非電化工房
先日の記事 で紹介した藤村先生@非電化工房 の緊急講演会のお知らせが、蓮花山にいる川合さんから回ってきました。
近隣の方は、是非足をお運びくださいね。
そして、現在の状況を自分の耳で、自分の目で確かめてください。
こんにちは。
以下アースデイ那須呼びかけ人の藤村氏からのお知らせです。
----------------------------------
こんばんは。藤村@非電化工房
です。
4月9日の19時から、クロスロード振興会
の主催で、
「福島原発事故を正しく理解し、那須を希望の砦にしよう」
という講演会が開かれます。
那須の放射能汚染の話と、今後の予想もお話しますが、アースデイ那須の実行委
員会でみんなの意見が一致したように、那須を本当に安全で安心な町にするように、みんなで心を一つにして明るく前向きに取り組む・・・その姿が多くの人びとに勇気と希望を与える、ついでに言えば観光客だって逆に増える・・・そういう希望の砦にしようという話もするつもりです。
もちろん、アースデイ那須2011に参加しよう・・・という話を加えることは忘れません。
周りの方に伝えて上げてください。
因みに非電化工房では、事故以来、放射能を計り続けています。
土や水から放射能を取り除く技術の準備も進めています。
それほど難しいことではありません。
そういう技術が那須でも必要になれば役立てよう・・・というつもりで準備していますが、僕の予想では役立たない(つまり、那須はそういう技術が必要な事態には至らない)ことになるとは思っています。
ご存知でしょうが、今回の原発事故では、地震発生と同時に制御棒が挿入され、連鎖的な核分裂(=臨界)は押さえた状態で事故が発生しています。
この点がチェルノブイリとの違いです。
現在は再び臨界に至る懸念は薄らいでいます。
連鎖的な核分裂(=臨界)が収まっても非連鎖的な核分裂は続き、熱を発生し続けます。現在の症状は、この発生熱に起因するものです。
この熱は非臨界のスタートから時間の経過と共に徐々に低下します。
つまり、冷却に必要な冷却水の量は徐々に少なくてもよくなります。
福島第1原発の1~3号機は、電気出力合計約203万キロワット(熱出力は634万キロワット)です。
チェルノブイリの約2倍に相当します。通常の場合は熱出力634万キロワットの内、203万キロワットが電力を生み出すのに使われ、残りの431万キロワット分は冷やして戻します。
つまり431万キロワットの冷却能力が必要です。
最終的には、この分だけ海水の温度が高くなります。
原子炉がいきなり止まると、634万キロワット全部を冷やさないと温度は上昇して、
今回起こったような水素爆発とか、圧力上昇による容器の破損に繋がります。
事故の1週間後くらいですと、5%の32万キロワットくらいの冷却が必要です。
冷却水が全部蒸気になると仮定すれば、1時間当たり、460トンの水があれば温度上昇を防げる計算になりますが、現実の効率を考えると、1時間当たり2000トン程度の水が必要でしょう。
3月17日には、ヘリコプターから水を注水しましたが、1杯の水は7トン程度。
これを4杯で28トン。必要な冷却量の50秒分くらいです。
ヘリコプターからの注水は使用済み核燃料の温度を上げない効果しかありません。
使用済み核燃料の温度上昇を防ぐ目的と発表されていますから、ヘリコプター注水自体は「政治的なパフォーマンス」という批判は当たりません。
しかし、原子炉に対しては焼石に水の状態でした。
予想通り、水素爆発等の事態が続きました。
1ヶ月くらい経つと、1%の6万キロワット程度を冷やせば温度上昇は防げることになります。
冷却水が熱くなって水蒸気になるとすると、冷却水の量は1時間当たり100トン、実際には、冷却の効率は低いでしょうし、これに1~4号機の使用済み核燃料の分が加わりますから、多めに見積もって1時間当たり2百トン、一日当たり5000トンの水があれば温度上昇を止めながら、何ヶ月かでほとんど安全なところに辿り着きます。
こういう計算をしながら、時間の経過による発熱量の低下と冷却水量の増加のバランス点を探りながら推移を見守っています。
僕の予想では、4週間くらいがバランス点のような気がします。
つまり、あと1週間、4月10日くらいが第1段階の収束点と思っています。
あと1週間もってくれ・・と祈りたいような気持ちですが、なんとか辿り着きそうな気配です。
僕はだいぶ楽観的になってきました。
だから、4月9日の講演会は、いいタイミングと思っています。
「どうなるかわからない」という不安を払拭して、どう明るく立ち向かって行くかということに気持ちを切り替えるタイミングだと思います。
そして、気持ちを切り替えた上でアースデイ那須2011に臨む。
みんなで確認したように、「那須を希望の砦にする」を合言葉に、明るい未来に向かっての出発を誓い合うアースデイ那須2011になることを切に願っています。
----------------------------------
原発がどんなものか知ってほしい ~平井憲夫さん~
今、蓮花山に行っている川合さんからメールが来て、
原発について、真剣に考えさせられる話を教えてもらいました。
原発がどんなものか知ってほしい ~平井憲夫さん~
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#about
テレビでは、原発の現状などについて毎日報道していますが、それを見ている私たちは、全くと言って良いほど原発について何も知らないのではないでしょうか?
原発存続にに賛成とか、反対とか議論する前に、まずその本質を知るべきでしょうね。
そうすれば、おのずから答えは明確になってくると思います。
是非読んでください。
追記: 「菊池洋一さんの福島原発の構造について」も参考までに掲載します。
http://www.ustream.tv/recorded/13265282
あと、平井さんの記事に対しての反論ブログの中にある5年前の記事が、今回の事故でまたコメント再燃しているようです。
色々な意見があるので、参考までにあげます。
http://blogs.yahoo.co.jp/anti_hirai/13853289.html
わたくし個人的には、現在事故現場で必死に作業をされている方たちに感謝の気持ちで、皆さんの無事でありますようにと祈りを捧げます。
原発は必要か、不必要か? 続き
昨日の続き。
まず、我が家はオール電化。
間違いなく、今の生活を維持したとすれば、原子力発電は不可欠。
石油ファンヒーターも使用してるけど、これも点火はさることながら、石油を使っていても送風に電気を必要としてるから、電気がないとこれも使えない。
昔ながらの石油ストーブが、やっぱり必要ね。
灯芯をちょっとずつくり出して、マッチをすって、ちょっと石油くさいけど、火が少しずつ広がって炎が出過ぎないように、手でダイヤルを調整するの。
火が落ち着いたら、やかんにたっぷり水を入れて、お湯も沸かす。
懐かしいなあ。
楽天で石油ストーブを探してみたら、ほぼすべて売り切れ。
当たり前か。。。
家の中を見回して、昔は電気がいらなかったものも、
今では電気がないと動かないものを探してみた。
<トイレ>
昔はトイレに電源はなかった。
記憶にあるのは、我が家のくみ取り式トイレ。(別名:ぼっとん便所)
3歳ぐらいの時に、くみ取り式から和式便所を飛び越えて、いきなり洋式トイレになった。
たぶん、totoの家庭用洋式トイレの第1号だったと思う。
水洗トイレも、タンクが後ろに付いていて、タンクレバーを回せば水が流れた。
便座は冷たかったけど、便座カバーを掛けてたら、寒くない。
もちろん、ウォシュレットはなかった。
5年ほど前に、家を改装した時に、トイレも新しくなった。
今のトイレは、電気がないとうまく流せない。
<読書>
私は iPad なるものを持っていないので、まだアナログ方式で紙媒体の本です。
個人的には、紙媒体の方が好きなので、今しばらくはアナログ読書を続けます。
<携帯電話>
日本に帰ってきた時は、携帯は持たないでおこうと思ってたけど、仕事を探すにしても、派遣の登録をするにしても、携帯電話番号がないと登録できない。
挙げ句の果てが、Mixi の登録にも携帯がないと出来ない時期もあったので、渋々携帯を購入。
この間、やっと新しいのに替えて、現在2台目の携帯。
携帯ショップのお姉さんに、こんな古い携帯持ってたんですかなんて言われた。(それが悪いか?)
<固定電話>
昔の固定電話は、 ダイアル式で黒かった。
我が家の電話には、切り替え器をつけて、1階と2階に電話があった。
電話機には、コンセントはなかった。
もちろん切り替える時は、階下から大声で「でんわーーーっ!」と叫んで、2階で受話器を上げたのを確認して、スイッチの切り替えをした。
<ポット>
現在は、少量でも湧かせる電気ケトルタイプ。(ティファール)
昔は、ヤカンでお湯を沸かして、タイガーか象印の魔法瓶。
もちろん、中栓があるタイプですよ。
その後、空気ポンプ式ポットが出てきて、電気ポットも保温のみタイプから、沸かして保温できるタイプへ。
<テレビ>
消費電力を考えれば、今のテレビの方が断然良いのでしょうが、深夜放送が少なかったから、見る時間は少なかったはず。
<電灯>
白熱灯は、多かったなあ。
白熱灯の電球は、電球型の蛍光灯に取り替えた。
蛍光灯も同時に使用してたから、これについてはあまり現在も状況変わらず。
まだ、LEDライトは、我が家にありません。
<虫除け>
蚊取り線香とベープマットの併用だった。
マットタイプが液体タイプに変わり、最近は電気のいらないジェルタイプ。
これは電気を使わないけど、やっぱり渦巻き型の蚊取り線香には風情があるので、現在も愛用中。
<クーラー>
昔は、一家に1台ぐらいだったのが、今では部屋に1台あるのが普通。
ただし我が家の和室には、クーラーがないので、未だ扇風機である。
でも夏は、庭に夕方打ち水をして窓を開けていたら、なんとなく涼しい風が入ってくるので、扇風機でも耐えられる。
しかし、我が家の老犬ナナちゃんは、暑いのは全く駄目なので、27℃設定でクーラーの効いた部屋にいたため、昨年はとても元気であった。
ちなみに、ナナちゃん用ひと夏のクーラーの電気代<動物病院での点滴代なので、経済的ではある。
<PC>
これは、間違いなく70年代の我が家にはなかった。
テレビは、確か1台だけだったと思う。(現在は2台)
こうやって、イロイロ考えてみると電気にとても依存した生活だなと思う。
最新のホームセキュリティーなんかは、停電時はどうなるんだろう?
てなことで、きのぴー先生と話をして、「いつの時代に戻ればよいか?」の質問に対する答えとして出たのが、だいたい70年代後半から80年代前半ぐらいの生活に戻ればよいらしい。
高度成長期で日本経済は躍進的に伸びたのだが、70年代に起こった第2次オイルショック以降、80年代のバブル景気になるまで、日本のエネルギー消費量はほぼ横ばい状態だったらしい。
そしてバブル景気になって、電気の需用量が伸びた。
その伸びた分野は何かというと、産業界ではなく、一般家庭での電気使用量が大幅に伸びたのだそうだ。
つまり、一般家庭の生活が豊かになったのである。
その豊かさが、上記にあげた家電商品の普及と比例するのだ。
確かに、関西電力のCMでは、1970年の大阪万博(EXPO 70)の時に、万博会場へ美浜原子力発電所から送電したと宣伝していたから、年代的には一致しているかなと思う。
でも、今から考えると、80年代前半といえば、中学3年生か高校1年生ぐらいの時代で、思い返せばそれほど不便な生活をしていたという記憶はない。
そうなれば、ちょっと不自由なぐらいの生活で、原発なしの安心生活に一歩でも近づけるのであれば、やってみる価値は十分あると思うのですけど。。。
電気を使わない生活って本当に不便なんだろうか?
ちょっと疑問を持った人
そんなの当たり前に不便でしょ!と思った人
原発反対! でもどうしたらいいのか?と思っている人
以下のサイトを是非覗いてください。
非電化工房 (藤村康之先生)
電気を使わなくても快適な生活ができるんですね!
テレビでも以前特集がありましたが、電気なしの冷蔵庫にはとても驚きました。
その藤村先生が、福島原発についてコメントされている様です。
そのコメントは、こちら から。
Sorattaさんのブログ
http://slimpact.blog133.fc2.com/blog-entry-178.html




ですが、後半に撮った写真を後にアップしたいと思います。


