18.
帰宅してすぐにシャワーを浴びる。
さっき大将の店で自分なりの家族の定義を見つけることが出来て、気分は上々だった。
美波やノブの抱える問題を解決する糸口が見えてきたかのようにも思えた。
――これで俺は、二人の支えになれるかもしれない
そう考えると、明日からの俺の生活は朝日に照らされるかの如く、光に満ち溢れているかのように感じた。
十八番の歌を熱唱しながら、シャワーを浴びおえた。
時刻は2時になろうとしていたが、眠さなんてものは一切なく頭は冴えていた。
着替えや歯磨きなど身支度を済ませ部屋へ戻ると、携帯は青いランプを点滅させていた。
画面をつけてみるとそこには「着信あり」と書かれてい て、履歴を表示してみるとノブからの着信だった。
かけ直してみると3コールも鳴らずに出た。
「もしもし」
「さっき電話出られなくて悪いな」
「大丈夫。待ってたぜ」
「なんかあったのか?」
「いや、ちょっと話があってさ……」
「何?」
「今日最寄駅着いたのが12時半ごろだったんだけど……。最寄駅からうちに帰るまでの道がな、なんていうか風俗店とかホテルとかがすごい多くて、治安が良くないんだよ。特に、日をまたぐ頃になるとな」
「それがどうかしたのか?」
「まあ、でもそんな景色も地元だから当然見慣れてるんだ。それで今日も何事もなくそこを通っていたら、道路の反対側にすっげえスタイル良い人がいてさ。キャバクラだったんだけど……」
「おい、 まさか行ったとか言わないよな?」
「バカ。そんなとこ行かねえよ。最後まで聞けって」
「悪い」
「んで、もっとその子のこと見たいと思ってチャリを止めて、遠くから見てたんだ。最初は角度的に、スタイルの良さしか見えなくて、でもそれだけでも満足できるくらいすっごいスタイル良かったんだ。その子は、お客さんのお見送りしててさ。そのお客さんがタクシーに乗り込んでタクシーが動いた時、その子の顔が少しだけ見えたんだけどさ。それが、美波にすっげえ似てたんだ」
「は?」
俺は思わず、大声を出して叫んでしまっていた。
――美波がキャバクラ?
いや、そんな訳あるはずがない……
美波がそんな不純な店で働く訳がない
俺は自分にそう言い聞か せ、「お前の見間違いだろ?」と言葉を付け足した。
「もちろん、俺だってはっきりとその顔を見たわけではないし、距離も微妙に離れていたから、見間違いってのは十分にありえる」
「だろ?ビックリさせんなよ」と、一瞬でも動揺したことを隠すために俺は笑ってそう言った。
「でもさ……」
しかし、ノブは笑うことなく真剣な声の調子で話し始める。
「確かに俺もさ、美波がそんな店で働いてる訳ないって思ったし、何度も自分にそうやって言い聞かせたよ?でもさ、俺はともかく美波は敦にもバイトのこと話してないんだろ?それを考えたら、キャバクラで働いてるってのも辻褄があうっていうかさ……」
「バカ!!美波に限ってそんなことあるわけないだろ?何言ってんだよ。第一、お前 美波のこと好きなんだろ?その美波を信じてやれねえのかよ」
「そんなんわかってるよ!!でもあんなとこ見たら、動揺するに決まってるだろ!!美波に似てただけかもしれないけど、美波ほどスタイルが良くて可愛いやつなんてそうそう居ないだろ?疑ったって無理はない」
「悪い。そんな話、もう聞きたくない」
そう切り出すと、電話越しのノブは黙った。
電話の中のジーという音が、やけに耳に入ってきて不快な気分になる。
「俺さ、美波が部活に戻ってきたら、聞いてみようと思ってる」
どれだけの沈黙があっただろうか。
その沈黙をようやく破ったのは、ノブの衝撃的な言葉だった。
「お前美波がどんな状況にあるかわかって言ってんのか?」
「ああ。真相を知 りたい」
俺は無論、美波がキャバクラでなんて働いているはずがないと思っている。
しかし、ノブの言葉にも説得力があるのは確かだ。
バイト先に来られたくないという美波の言葉も、間違いではない。
しかし、どこで働いているという詳細までは話せなかったとしても、レストランだとか、本屋だとか、そういった漠然としたことなら教えてくれても良いのではないかとずっと思っていたことだ。
それに、ノブの言った通り美波程のスタイルの良さと可愛さをもった人も中々いない。
それらを全て含めて考えれば、美波がキャバクラで働いている可能性はなきにしもあらずだ。
そうこう考えているうちに、自分の中で再び動揺の波が押し寄せてきた。
夜の荒れた海の如く、ザーという地 響きにも似た轟きを響かせながら黒い波が押し寄せてきて、今にも自分を飲み込んでしまうかのようにも思えた。
――もしノブが美波に真相を確かめて、それが全て事実だったとしたら……
もしそれがバレてしまったら、美波は学校にも居られなくなってしまうのではないか……
その一抹の不安が脳裏をよぎった。
「わかった。その前に、提案がある」
したくはなかったが、美波のことを考えて俺はある決断をした。
「何?」とノブは訝しげに返してきた。
「今度、その店の近くに張り込んで確かめてみよう。それが、本当に美波なのかどうか」
「確かめて、本当に美波だったらどうするつもり?」
「俺は自分のこの目で見るまでは、絶対に信じない。美波は、絶対に そんなところで働くような奴じゃない」
「わかった。なら詳しくは、また部活の時にでも話そう。遅い時間に悪かったな……」
「いや、話してくれてありがとう。じゃあな」
俺の中には、先程まであった上々な気分なんてものはとうになくなっていた。
今の俺に残っているのは驚き、疑心、不安だった。
電話をするまでは小さいながらも力強く光を放っていた希望の光も、たった一本の、しかもたった数分の電話で線香花火のようにもろく、儚く落ちていった。