17.
帰り道、俺はただひたすら考えを巡らせていた。
約15メートルごとに設置されている街灯に、薄暗く照らされた道を一人歩いていく。
時計を見ると時刻は12時を過ぎている。
車通りも人気もなく、住宅の電気もほとんどが消えている。
あまりの薄暗さで先が中々見えず、いつも通っているこの道も不気味に感じるほどであった。
俺の縁戚にあたる大将の店の前を通りかかった時、お客さんのお見送りをしようとした大将がちょうど店の外に出てきた。
「おう、あっちゃん。今帰りか?」
「そうそう。友達と飯食ってた」
「そっか。寄ってくか?」
「じゃあ…ちょっとだけ」
店に入ると、中には常連のお客さんが二人来ていた。
「あ、ども」
「おう、あっちゃんじゃな いか。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
確かこの二人は42,3歳で、保険会社に勤めていて営業を担当していた人だ。
週に1回は仕事終わりにこの店に来ていて、いつの間にか顔見知りになっていた。
しかしそこまで深い話をしたことはないし、名前すらも知らなかった。
「あっちゃん、何飲むよ」
「うーん。コーラ」
「あれ、酒は飲まないのか?」
「今日はちょっと気分じゃないかな」
この大将とのやりとりを聞いていた二人が、「あれ、あっちゃん何かあったのか」と声を掛けてきた。
誰かに相談する気もなかったし、どちらかというと一人で考えたかったため言う気はなかったが、その二人の手をふと見てみると、二人の左手の薬指には結婚指輪がはめられていた。
――結婚している二人からなら何かヒントがもらえるかも……
そう感じた俺は「お二人にとっての、家族ってなんですか」と単刀直入に尋ねてみた。
二人は口をぽかんと開き、呆気に取られた表情でお互いの顔を見つめ合い、吹き出すように笑い出した。
「あっちゃんどうした急に。結婚でもしたくなったか?」
込み上げる笑いを堪えることなく、笑いながらそう言った。
「そういうわけではないです。ただ、友達から相談を受けていて……」
「家族についてのか?」と大将は真剣な表情で尋ねてきたので黙って頷く。
俺のその様子を見た二人も、さすがに重大なことだと感じ取ったのか、先ほどまでの笑いはなくなっていた。
二人は腕を組んで真剣に考え出した。
片方の一人は自分がしている結婚指輪を見つめ、もう一人は腕を組んだまま天を仰いでいる。
おそらく二人は、自分の奥さんや子どものことを頭で思い浮かべているのだろう。
「俺にとっての家族は、他の何にも代えがたい、かけがえのない存在だ」と、指輪を見つめていた方の男が答えた。
「俺にとってもそうだ。大切な存在だ」
二人はそう言って頷いてみせた。
「お二人にとっての奥さんやお子さんは、そうかもしれません。でも例え、離婚したいって思うほど憎い奥さんがいたとしてもその奥さんも家族になりますよね?」
俺がそう問いかけると、二人は眉間に皺を寄せ、うーんと 唸りをあげ一層困惑の色を示した。
「なあ、あっちゃんは考えすぎなんじゃないか?」と大将は口を挟んだ。
「どういうこと?」
「あっちゃんは、多分結婚とか血縁関係とかに囚われすぎなんじゃないか?確かに、ある男女が付き合っているときは、それはあくまでも他人でしかない。でも、結婚すれば血は繋がっていないのに"家族"になる。問題はそこだろ。家族と他人の差は何なんだって」
「うん……そうだね。血が繋がっている親子はもちろん家族だけど、例え血が繋がっていない親に育てられたとしてもそれも家族だし。でも血が繋がっているからといって、子どもが親から愛情を受けて育てられていない場合も家族って言えるのかなってさ。それを考えてたら、"家族"ってものが何なのかわから なくなってさ」
二人のお客さんは、木目調のカウンターを見つめながら俺と大将のやり取りにしっかりと耳を傾けているようだった。
片方の人が飲んでいた焼酎が注がれたグラスの中で、氷が溶けて他の氷やグラスとぶつかる音がした。
「血の繋がりなんて、ほとんど関係ないようなもんさ」とその音を合図にするかのように大将は話を始めた。
「俺は結婚もしてなければ、子どももいねえ。俺の両親だって、何年も前に死んでる。俺の兄貴だって多額の借金を作って何十年も前に失踪しているから、いないようなもんだ。それを聞くと、俺には家族がいないって思う奴も
いるかもしれねえ。でも、俺は一人だとは思っちゃいねえ。親戚って言っても遠い親戚だからほとんど血は繋がっちゃいねえが、 小さい頃から俺を慕ってよく顔を見せてくれるあっちゃんは、俺の息子みたいなもんだし。自分の仕事や家族があっても、こうやって毎週来てくれるこの二人も、俺にとっては弟みてえなもんだ。つまり、大袈裟かもしれないが俺はお前ら三人のことを家族だって思ってるぜ」
――大将にとって、俺は家族……
大将の言葉が、冷え切った俺の心に温かな光を照らしてくれたかのように感じた。
その言葉が胸に響いたのか、片方の男の目からは涙がこぼれていた。
――血の繋がりなんてものは関係ない。
結婚や養子なんて名目すらも一切関係ない。
大切なのは、ただ自分にとって大切な存在であるかどうかで、そう思える人こそ家族なのかもしれない。
それが例え友人で も……
俺の中で、家族の定義が見えてきた一瞬だった。
店内の灯りが、これからの道筋を照らしてくれているようにまで感じた。
やはり大将は信頼できる存在で、今までは何も意識していなかったが、大将は俺の家族だとそう思えた。