19.
翌日、ノブは部活に顔を見せなかった。
無論、美波も同様に。
美波が無期限で休みを取り、一年生ながらレギュラーとして活躍し、チームを牽引するメンバーの一員であるノブまでもが無断で休んだ。
この二人がいないことがチームにもたらした悪影響は、非常に大きかった。
雰囲気は先日よりも更に悪化し、ゲーム形式の練習をしている最中、ボールを追っかけた選手同士が衝突し、そのうち一人が指を骨折するという大惨事にまで陥ってしまった。
同然今日の練習は打ち切りになり、それぞれの選手の気持ちを落ち着けるためにキャプテンの判断で部活は一週間休みになった。
俺はいつも、部活帰りはノブと美波と帰っている。
しかし、今日は違う。
今日は一人だった。
ほぼ毎日通っているこの 道も、全く違った景色に見えた。
耳に入ってくるのは、自身の短き命を知ってか知らずか、儚く憂え気に鳴く蝉の声色。
そして目に入ってくるのは、陽が沈んできてあたりを包み込もうとしている闇。
何もかもが、絶望的に思えた。
これから先どうしていくか、今の俺にはそれすらも考えることが出来なかった。
無心になるということが一体どういうことなのか、今まさにそれを身を持って証明しているかのようだった。
気が付いた時には電車に乗り込み、ガタンガタンという何の変化もない一定のリズムに揺られていた。
そして俺が降りるはずの駅も、いつの間にか過ぎていた。
何を迷ったか、俺は乗り過ごしたことに気が付いた後も途中で降りて引き返すこともなくそのまま先へ進んだ。
ただ一定のリズムに揺られながら。
そして終点。
この駅は、ノブ と美波が最寄駅として利用している駅で、ノブが言っていた問題のキャバクラが近くにある駅でもあった。
俺の心のどこかで、真実を、自身のこの目で全てを見たいという思いがいつの間にか生まれていた。
電車を降りて改札を出ると、そこまで大きな駅ではなかったが人の流れだけは多かった。
出口はいくつかあったが、大半の人が南口の方に向かって歩いている。
この駅に初めて来た俺にとっては、その人の流れについていくしかなかった。
南口を出ると、目の前には点滅を繰り返し激しい光を放つ大画面テレビがあり、更にいくつかの駅ビルがあった。
そして街灯の下には路上ライブを行う人と、肋骨をそれをぽつぽつと囲むわずかな人々の集まりがいくつか出来ていた。
そのうちの一角のところで 立ち止まって、俺もその歌に耳を傾けてみた。
同い年くらいの青年が、ギターを弾き、ハーモニカを吹いている。
青年は目を瞑って演奏していて、己の全てをそのメロディーに乗せているかのように聞こえた。
しばらくそのメロディーに浸っていると、青年は口をハーモニカから放し、少し高めなハスキーボイスで、微かに儚げに歌い始めた。
「真冬の寒さに冷え切る素肌 微かにひしめく 風の声 私は一人 歩んでいく」
そういう歌いだしだった。
この夏の季節に、「真冬の寒さ」という歌詞の歌を選んだことについてはどうかと思ったが、「私は一人 歩んでいく」その部分には、何も感じずにはいられなかった。
この青年は今の俺の心境を読み取って、歌詞を変更したのではないかとも思えるほどであった。
今の俺は、確かに一人かもしれない。
無論、英雄や真佑を始め大切な仲間がいるし、ノブや美波とだって関係が壊れたわけではない。
しかし、今俺のそばには誰もいない。
居るのはただ一人、自分だけだ。
この先の歌詞を耳にすることは、自身をますます追い込んでしまうのではないかと感じた。
そうして微かなハスキーの歌声を背に、その場を後にした。
目の前には、大画面モニターや様々な店のネオンが激しく煌めく世界。
俺はそこに向けて歩みだした。
「私は一人」