16.
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
笑顔の可愛い女子高生のような店員にそう声をかけられ、いつものノブなら良い気分になって店員に声をかけていたかもしれない。
しかし、今日は無言で店内を歩いていき、角の席にドッサリと座った。
ノブがこれから話そうとしていることは、重大な話だということがノブのその行動から伝わってきた。
「何食べる?」
俺がそう聞くと、「肉に決まってんだろ肉肉ー」とノブはメニューの肉料理が掲載されているページを開いた。
「俺はパスタとサラダにしよー」
ボタンを押して店員を呼ぶとさっきの可愛い店員が来て、各々注文をした。
ノブはその場でも、やはりこの店員に声をかけることはなかった。
料理が来るのを待つ間、再び沈黙になりかけたが、そうなる前にノブは自ら口を開いた。
「最近さ、うちの親夫婦喧嘩多くてさ」
いきなり本題に入ったことには驚いたが、真剣に聞こうと耳を傾けた。
「夫婦喧嘩か……」
「そう。俺も妹もさ、もううんざりで。喧嘩はしょっちゅうしてるから慣れちゃったんだけど、ついに一昨日今までにないくらい激しくなっちゃってさ」
「激しくって?」
「離婚するって」
「離婚?」
「そう。本当に決まったのかどうかはわからないけどさ……妹は今高3だから、来年受験控えてて大変な時期なのにさ」
「そうだったのか……妹いたんだな……」
「そんなことあったの知らないで、呑気に旅行の話なんかしてごめんな」
「いいって。聞いたのは俺だからさ。でも本当にさ、親ってなんなんだろう」
「親ねー…」
「俺はさ、中学校の頃から部活忙しくて、高校入ったらなおさら忙しくてさ。でも親は大会の応援とかもいつも来てくれてたし、合宿の手伝いとか、弁当作りとか色々やってきてもらったから本当に感謝はしてるけどさ?でも、妹が大切な時期なのにもかかわらず、離婚するとか言ってて。そんなことを言ったら、妹が勉強に身を注げないのは誰にだってわかることだろ?まして、親なんだからさ」
「まあな……」
「結局は家族なんて、形だけなのかなって思った。いくら血が繋がっているって言ったって、結局は他人なんだからさ。血が繋がってるから家族だ、家族だから一緒に住むってだけな気がしてさ。本当の愛情があるのなら、俺たちの目の前で喧嘩したり離婚するって言いだしたりしないんじゃないかなってさ」
ノブの話を聞いていて、ふと俺に家族の話をする美波の表情が頭に浮かんだ。
家族の在り方を疑問に感じ考えるノブと美波の二人の姿が、俺の頭の中で交錯していた。
それはまるでDNAの螺旋構造のように、俺の頭の中を代わる代わる渦巻いていた。
俺はその渦の中に取り込まれてしまい、そこから二度と逃れることが出来なくなってしまうような気がしてならなかった。
「なあ敦、家族ってなんだと思う」
ノブのその言葉で俺は我に帰り、なんとか螺旋に取り込まれずにすんだ。
「悪いノブ。俺も今、それを模索中だ」
一瞬眉をぴくっと動かし「模索中って、お前もなんかあったのか」と訝しげな表情で聞いてきた。
「うーん。詳しい事は言えないんだけどさ、美波が悩んでいることも家族のことらしいんだ」
ノブも美波がが悩んでいたことには気付いていたため、それが親のこととわかってハッとしたのだろう。
一瞬たが曇りが晴れたような表情を見せた。
「そうだったのか」
「美波も、家族の在り方を追い求めてる。だから、俺も一緒になって模索してる。ちなみに、ノブもみたいだけどな」
俺とノブは自然と笑いが込み上げてきた。
「なあんだ、みんな思い煩うことは一緒か」
「そういうこと」
今日の中で、お互い一番の笑顔だっただろうと思えた。
「なら、一緒に答えを考えてくれ。家族ってなんなのか」
先程までの笑顔はうって代わり、再び真剣な表情になったノブはそう切り出した。
「もちろん、そのつもりさ」
ノブにはそう言ったものの、俺には家族がなんなのかなんて到底わからなかった。
ご飯を食べ、その後色々とノブと話した気がするが、何を話したかは正確には覚えていない。
頭の中には「家族とは何か」という命題だけがひたすら渦巻いていたからだ。
無論、両親の夫婦喧嘩なんてものは散々見てきた。
しかし、気が付けばいつも通りの生活になっていたし、どんなに言い合いをしたっていつの間にか会話を交わしていた。
――同じ家にいて、同じ食卓に座り、同じご飯を食べ、同じ風呂に入り、同じ家で寝る。
それが家族なのだろうか?
そんな自問自答を、ただひたすら繰り返していた。