17.
それから何分が経過したのだろうか。
俺たちの頭上には、真っ青な空が広がっている。
その青空には小鳥たちが群れをなし、小さい翼を精一杯羽ばたかせ、羽ばたく音にあわせるかのように鳴き声をあげる。
川は微かなせせらぎの音と共に、静かにゆっくりと流れていく。
時鴨は川の流れに身を任せ泳いでいて、時折「グワッ、グワッ」と歌っている。
心地よい爽やかな風は俺たちを包み込み、すっかり新緑の色となった桜の木の葉をなびかせる。
風に吹かれた桜の木々は、「ザーッ、ザーッ」と穏やかな葉のすれる音を立てる。
その音たちは、一つ一つしっかりと旋律を刻み、オーケストラのように音色を合わせ自然のハーモニーを奏でていた。
まるで今日という日を祝福するかのように、優しく、美しく。
そしてその自然の調べは、俺たちだけでなくここに生きる全ての人たちを温かくそっと包んだ。
その自然の音色が俺たちの気持ちを優しくしたとでもいうのだろうか、英雄は「敦、さっき殴ってごめん……」と謝ってきた。
俺は身体をなんとか起こし、英雄に訪ねた。
「俺たちは、何を、どうすべきなんだろう……」
「そんなの俺に聞くなよ」
「真佑のためにできることは、何もないのかな?」
「だから、俺に聞くなって。きっとそんなの、俺たちにもアイツらに聞いてもわからないよ。真佑だって、何もわからないと思う」
「そうだよな……」
その時、俺の携帯がなった。
携帯を見てみると、看護師の水無さんからであった。
昨日の帰り、何からあった時すぐ連絡とれるようにとお互い番号を交換していたのだ。
「はい」
「もしもし、水無です。今時間大丈夫?」
「大丈夫です」
「あのね、杉野さんの手術の日が明後日に決まったわ」
「明後日…」
「それをさっき先生が伝えたんだけど……杉野さん部屋に閉じこもっちゃって……。私たち看護師もお母様にも会いたくない、一人にしてほしいって言っててさ。多分不安とか恐い気持ちとかがあるんだと思うんだ……。私たちじゃ及ばなくて、やっぱり敦君とかの方が杉野さんの力になれると思うしさ?良かったら病院来てくれないかな……?」
「今すぐ行きます」
「学校とか大丈夫?時間出来たらでいいんだからね?」
「いえ、今すぐ行きます。では、また後ほど」
「行くぞ英雄」
「真佑なんかあったのか」
俺が立ち上がると、英雄も血相を変えて立ち上がった。
俺は電話の内容を簡単に話し、俺たちはすぐさま走って駅まで向かった。
病院に着きエレベーターを降りると、ナースステーションにいた水無さんがすぐこちらに気付き歩み寄ってきた。
水無さんに続き、真佑の主治医となった先生、他の看護師もこちらに近付いてきた。
どうやら、今後の対応をどうしていくか緊急会議をしていたようだ。
「君たちが杉野さんの友人かい?」
主治医の先生がとても低く威厳のある声でそう話を切り出した。
「はい」
「杉野さんは鍵を閉めて部屋に閉じこもっている。こちらから鍵を開けて中に入ることもできるが、そうすることで生じる精神的ダメージを与えたくはない。だから我々も説得を試みたが、私たちの力では及ばなかった。私個人としてはそのままそっとしておきたいんだが、医者である以上そういう訳にはいかないし、患者の自殺という最悪の事態も考慮せざるを得ないんだ。それだけは絶対に避けたい。だから、力を貸してくれるかね?」
「やってみます」
俺と英雄は真佑の病室に向かった。
病室のまえに前にあるソファには真佑のお母さんが俯いて座っていて、そして扉の前ではおそらくお父さんであろう人が必死に呼び掛けていた。
俺たちの足音が聞こえたようで、二人はこちらをみやると「敦君、英雄君!!」と真佑のお母はんは立ち上がった。
「真佑の父です。君らが友達なんだね?どうか、力を貸してくれ」
真佑のお父さんは昔実業団でバレーをしていたと聞いていたが、身長も190センチほどあるだろうか。
娘がこういう状態であるにも関わらず、堂々としていて動揺している様子などは一切見られなかったのが気になった。
先生や看護師ならまだわかるが、両親の説得ですら効力がないのだ。
俺と英雄の力でどうにかできるなんて到底思えなかった。
しかし真佑はそれほどまでに苦しんでいるんだと思ったら、いてもたってもいられなかった。
ドアを二回ノックしてみた。
「しつこい!!放っといてって言ってるでしょ!!」
真佑の声とは思えないほど荒ぶった声が扉の向こうから聞こえてきた。
「真佑!!俺だよ!!」
「敦……?」
「そうだよ!!」
「真佑、少し話ししよう」
英雄も真佑に呼び掛けた。
「英雄……」
「私、こんな状態になっちゃって、みんなに会わせる顔ないよ……」
先程の荒ぶった声が嘘のように、弱々しい声になった。
「今は俺たち二人しかいない。みんなはなんも事情知らないし、大丈夫だから。俺たちと少し話ししよう。だから、ここ開けてくれ」
真佑の声が突然聞こえなくなった。
俺たちと話すことをどうしようかと考えているのだろうか、それとも……。
先程の主治医の先生が言った最悪の事態が頭に浮かんだ。
「真佑!!あけてくれ!!真佑!!」
焦った俺は呼び掛けながら数回ドアをノックした。
しばらくすると、静かにドアが開いた。
真佑のお父さんは飛び込んでこようとしたが、英雄はそれを止めた。
「すみませんが、お父さんはこちらで待っていて下さい」
「私は真佑の父親だぞ!!」
英雄の言葉にカチンときたのだろうか、声を荒げた。
「真佑はお父さんの呼び掛けには応じなかった。つまり、真佑は今お父さんと話したくないんです。それをわかってあげてください」
静かにそう告げると、真佑のお父さんは英雄の胸ぐらをつかみあげたが、英雄は表情一つ変えずにお父さんの目を見据えている。
その様子を遠くから眺めていた看護師たちが走ってきた。
しかしここで看護師が来たら余計真佑は話を出来なくなると感じた俺は、お父さんの腕を払って英雄から手を離させた。
英雄は変わらず、瞬き一つせずにまだお父さんを見つめている。
その視線を遮るように俺は二人の間に割って入り、「ここは、俺たちに任せて下さい」と一言いって病室の中に入った。
そして誰にも邪魔されないように、再び鍵を閉めた。
真佑の両親と看護師たちは、再び閉じられた扉をじっと眺めながら立ち尽くしていた。