15.
水無さんは、時間ぴったりに一階のカフェにきた。
「待たせてごめんね」
「いえ、わざわざありがとうございます」
そして水無さんはアイスコーヒーを頼み、「じゃあ早速だけど」と切り出した。
先程までは平然としていた俺の鼓動も、今では他人のものだと勘違いしてしまいそうになるほど変わっていた。
「杉野さんの怪我だけどね、命に別状はないわ。これは確かに言えること。ただ、怪我は深刻なのよ」
「深刻っていうと…?」
「昨日あなた達が帰った後の検査でわかったんだけど…まず、倒れた衝撃ですねにひびが入っていて、元々部活で痛めていたのかもしれないけど足の靭帯を切ってしまっているの。」
「でも、ひびが入っていたり靭帯切るくらいなら大丈夫ですよね?」
その程度と言うのは真佑には失礼だが、ひびが入ったり靭帯を切るというのは部活で稀にあることで、そこまで深刻な問題ではないと感じた。
「そう。確かに、これは事故じゃなくても起こりうる怪我だし、今はしっかりと安静にしてリハビリに励めば元通りになるわ」
「それなら、何が深刻なんですか?」
「あのね、昨日精密検査するまでわからなかったんだけど、杉野さん左手の親指を骨折してるの。ただ困ったことに折れ方が悪くて、折れた骨が指の関節と関節の間に入り混んでしまっているの。その折れた破片が大きいものだったり、一本なら手術して取り除けるんだけど……」
そう言いかけ水無さんは俯いてしまった。
もしかしたら、俺にその先を伝えることを躊躇っているのかもしれない。
「俺なら大丈夫です。話してください」
そう言っても水無さんはしばらく木目調のテーブルを見つめて考えていたが、重苦しく口を開いた。
「え……?」
水無さんの言葉は、一度で理解することができなかった。
水無さんの言葉はそよ風のように、すーっと俺を包んだかのように思えたがすぐに俺の頭から流れていった。
「それ、つまりどういう意味ですか……?」
「こんな風に言うのは辛いし言いたくないけど、指を切断する以外手段はないそうよ……」
――指を切断……?
たかが骨折だと言いたくもなったが、真佑の場合の骨折は本当に重症であった。
水無さんの説明によれば、真佑の骨折は折れたというよりも砕けたという表現の方が適切なようで、もともと細い指の骨が更に細かく粉々に折れてしまっていた。
更にその骨は関節と関節の間に入り込んでいて、あまりにも粉々になってしまっているため全て摘出しきれないそうだ。
その骨を放っておけば血管を傷つけてしまい、様々な感染症や疾患を患う可能性があるため放置できないという。
つまり、指を切断する以外手段はないのだ。
「そんな……。それなんとかならないんですか!!指は、親指はバレーをするのに欠かせないんです。だから親指を切断してしまったら真佑は……」
――バレーが出来なくなる……
この言葉は口に出すことが出来なかった。
どんなにひどい怪我や病気でも、時間をかけてもとに戻せるのならそれでいい。
しかし切断してしまえば、もうその指が持ってくることは二度とないのだ。
専門的なことを言うと、真佑が勤めているセッターというポジションは、トスを専門的にあげる役職である。
トスをあげるには、両手の親指と人差し指で三角形を作りそこでボールを支える。
中指から小指にかけてはボールを包むようにして、手首と体を上手く使ってトスをあげるのだ。
つまりボールを支えるのは親指と人差し指。
その親指を切断してしまえばトスをあげることはできなくなり、つまりそれは真佑はもうバレーが出来なくなることを意味しているのだった。
「努力はどんな形であれいつか必ず報われる」その俺の言葉を信じ頑張り始めた真佑だが、その努力が報われる前に指を失い小学生の頃から続けてきたバレーボールにも終止符を打たなくてはならない。
それが、悔しくて堪らなかった。
真佑を励ますために言った自分の言葉は、なんて無力でなんて愚かなのだろうか。
――努力は報われるなんて、全くの嘘じゃないか……
水無さんがいるにも関わらず、俺は大量の涙を流した。
グラスを割ったかのように、俺のなかで何かが壊れていくような気がした。