前回まで綴っていた介護の回顧録

 

 

現実では、その後

社会復帰というハードルが

立ちはだかっていました

 

 

「社会復帰」

私は、収入を得るために

勤めることという定義で

捉えています

 

 

勤めをしていない間だって

近所の方とは交流してたし

親戚との関わりもありました

父の介護に携わってくださった方々

ケアマネージャーさん

訪問看護にお越しくださっていた看護師さん

老健のスタッフの方

デイサービスのスタッフの方

 

 

なんの問題もなく

コミュニケーションをはかれて

いたと思います

 

 

それでも、「勤める」って

とってもこわかったのです

 

 

かつては普通にできていたことが、

なぜか、命懸けの跳び箱のように

高く見えて・・・

 

 

そこにあったのは

 

 

介護が終わった後の取り残されたような感覚

社会のスピードについていけるのかという恐怖

「私なんかが、誰かの役に立てるのか」という無価値観

 

 

新しい職場の人たちと

そりが合わなかったらどうしよう

 

 

いじめられたらどうしよう

 

 

仕事が出来なさ過ぎたら

どうしよう

 

 

まだ、何も始まっていないのに

私は、自分の未来を

うまくいかない前提の

フィルターを通してでしか

見られなくなっていました

 

 

それでも、生きていくために

一歩踏み出さなきゃいけない

 

 

わかっている

わかっている

頭ではわかっている

でも、心が動かない

そして、カラダも動かない

 

 

明日にしよう

明後日にしよう

来週にしよう

 

 

介護していた時のように

誰かのためになら

おそれを吹き飛ばし

不安を踏みつぶして

進んでいくことができたのに

自分のことになると

ホント、だめ・・・

 

 

ポンコツですタラー

 

 

動けない私

家から出られないなら

家でできることを

やるしかなくて

母や父の残したものの

整理をすることにしました

 

 

いたずらに時間を過ごしていたから

そういうの、まだ、

手つかずだったのですよ

 

 

両親とも終活なんて

全くできてなかったから

ほぼ、生前のまま

 

 

母の身の回りの物を

整理していた時に

母の病気の再発がわかった当初の

入院・手術の時に

お見舞いに行くたびに

私が持って行ってた手紙が

出てきたのです

 

 

手紙を書いたことは

もちろん覚えていましたけど

どんなことを書いたのかは

殆ど覚えてませんでした

 

 

10年以上振りに

書いた私のもとへ帰ってきた手紙

 

 

なんかね、読んでたら

「私、このまんまじゃダメじゃん!」

って、誰かが言った・・・気がした

聞こえた気がした

 

 

私の人生の再起動スイッチ

 

 

さあ、動こう

私の人生を動かそう

 

 

かつての自分の言葉が

自分の人生の背中を押している

 

 

言霊とか自己暗示とか

ポジティブな言葉を

自分自身に言い続けることで

潜在意識に働きかけて

思考や行動を変えるって

 

 

言葉が先で現実があと

 

 

人が言葉を発するとき

脳の「ブローカ野」という領域が動く

 

 

このブローカ野は

運動野の近くにあるから

言うこととやることは

配線がほぼ隣同士なんですって

 

 

だから

できないと言えば

行動回路にブレーキがかかり

動こうと言えば

行動回路にアクセルがはいる

 

 

言霊や自己暗示って

胡散臭さを感じる人が

いるかもしれないけれど

神経回路の立場から見ると

シンプルな理屈で

成り立っているのだそうです

 

 

現実を変えたいけれど

動けないあなたへ・・・

あなたの言葉には現実を動かす

変えていく力があるのです!

 

 

あなたの人生に起こしたい変化

最初の一歩の一言を

あなたの声であなたに

伝えてみませんか?