『私の嫌いな10の人びと』から、孤高なぼっち起業家が学ぶべること(杉本幸雄)


祝日の朝。
自由が丘の高台に立つ。
空は、青い。
平日なら静かなミューズスクエアも、数時間後には多くの人で賑わうだろう。しかし今はまだ違う。風だけが静かに流れ、街路樹の葉が微かに揺れている。
私はこういう時間が好きだ。
そんな朝に、中島義道氏の『私の嫌いな10の人びと』を思い出した。
この本を初めて手にした人は、おそらく驚く。
現に、Threadsに投稿したら、私にしてもバズった。
なぜここまで人を嫌うのか、と。
だが私は、この本を人間嫌いの本だと思わない。
むしろ逆。
自分を偽らずに生きるための本であり、ぼっちを恐れずに生きるための本だと受け止めている。
そしてそれは、
孤高なぼっち起業家にとって極めて重要な教訓だとも理解している。
なぜなら、
本当に独立起業して生きようとする人は、
どこかで「みんなと同じ」であることを諦めなければならないからだ。
---
第一の教訓
「みんな仲良く」という幻想を捨てる
中島氏が嫌う人々にはある共通点がある。
それは、
「善人であることを演出する人」
である。
世の中には、
「仲間は大事」
という人たちで溢れている。
もちろん間違いではない。
だが、それが絶対真理であるかのように語られ始めると危険でもある。
起業家の世界では、なおさらだ。
経営者交流会へ行け。
飲み会に顔を出せ。
とりあえず、誰とでも仲良くなれ。
その結果、
多くの内向的起業家は疲弊し切っている。
実際、
私のところへ相談に来られる士業やコンサルタントの方の中には、
「毎週異業種交流会に参加しているのに売上が増えない」
という人が少なくない。
詳しく聞くと、
半年以上通って顧客はゼロ。
名刺だけが増えている。
飲み会の回数と、体重だけが増えている。
そんな状態は、あるあるでしょう。
私はそういう場合、
「3カ月間、全部行くのを止めてみる」ことを提案する。
その代わりに、本を読み、ビジネスブログで専門記事を書く。
夕方から寝るまでの間の、時間の使い方を変更する、という提案ということ。
3カ月後に何が起きるか。
多くの場合、
何も起こらない。
どうでもいい連絡は、減るかなくなる。誘われなくなる。
しかし、自分理解は進む。
そして、副作用も現れる。
群れを離れると、不安になる。
だが売上げを見れば変わらない。支出は減っている。
会社経営を成長させるのは、知り合いの数や、お付き合いではない。
少数の理解者である。つまり、顧客である。
自由が丘の空を見上げる。
青空は誰にも媚びていない。
しかし、美しい。
ぼっち起業家も同じだ。
全員に好かれようとしない人ほど、自分の価値を発揮できる。
---
第二の教訓
不快な違和感を無視しない
多くの人は違和感を見て見ぬふりをする。
空気を読む。
波風を立てない。
多数派に合わせる。
しかし起業家にとって、それは危険な習慣である。
中島氏は徹底的に違和感を追求する。
なぜ、みんなそう考えるのか。
本当に、それは正しいのか。
徹底して疑う。
この姿勢こそ、起業家精神そのもの。
例えば現在、多くの人が交流会集客やSNS集客に力を入れている。
もちろん成果を出している人もいる。
だが、それぞれが全員に向いているわけではない。
私が指導してきた内向的な専門家の中には、
大勢の場には行きたくない、苦痛だ。
SNSの毎日投稿が苦痛で仕方がない人がいる。
みんなが、やっているから続けている。周囲が楽しそうだから続けている。
しかし結果は出ない。
自分は
疲れるだけ。
そこで経営者交流会を止めた、SNS中心の集客を止めた。
代わりに、
アメブロやnoteで長文記事を書いた。
メルマガを書いた。
商業出版をした。
すると状況が変わる。
発信量は減ったのに問い合わせが増える。
なぜか。
その人本来の強みが生き始めたからだ。
人と同じことをやる能力より、
自分に合ったことを続ける能力の方が重要なのである。
自由が丘の高台から街を見下ろす。
人の流れは一方向へ向かう。
しかし成功とは、みんなと同じ方向へ歩くことではない。
自分の進むべき方向を見つけることなのである。
違和感は人生からの警告ではない。
人生からの案内板なのだ。
---
第三の教訓
嫌うことは、自分を知ることである
よく若い頃、
人を嫌ってはいけないと教えられる。良い点を探そうなどと。
立派な人間は、誰とでも仲良くできるものだと思わされていた。
しかし、
人生経験を重ねて分かったことがある。
人を嫌うこと自体は、悪ではない。
むしろ、自分を知るための重要な手掛かりである。自分を大切にするためにも。
中島氏は嫌いな人を通じて、自分の価値観を明確にしている。
何を好きか。
それも大事だ。
しかし何を嫌うか。
そこには、もっと本質的な価値観が現れる。
起業家も同じである。
誰を顧客にするか。
それ以上に重要なのは、
誰を顧客にしないかだ。人選び。
実際にある起業家は、問い合わせが来れば全員受け入れていた。
値引きを要求する人。
夜中に連絡する人。
依存的な人。
何でも引き受けた。
結果として売上は増えた。
しかし仕事が嫌になった。うつ病になった。
人生が苦しくなった。
そこで顧客基準を作るように、指導した。
彼の選択基準は、
・相手から値引きを求める人とは契約しない。
・学ぶ意欲のない人とは契約しない。
・過剰な要求をする人とは契約しない。
そう決めた。
すると最初は怖かったらしい。
売上が減るかもしれない。
しかし実際には逆になった。
利益が増えた。
時間が増えた。
満足度が上がった。
彼には、働く喜びが戻った。
ブランドとは集客技術ではない。
選別技術。
嫌うことによって、
本当に、大切なものが見えてくるのである。
---
第四の教訓
嫌われることと信頼されることは違う
孤高な起業家が最も誤解しやすいのはここかもしれない。
多くの人は、
嫌われなければ信頼されると思っている。
しかし現実は違う。
嫌われたくないから笑う、褒める、そして値引きする。
嫌われたくないから無理な依頼を受ける。
嫌われたくないから、本音を隠す。
これでは信頼は生まれない。
都合の良い人になるだけだ。
私自身、20年以上コンサル指導を続けてきたが、
本当に感謝されたケースほど、最初は伝える前に、胸を痛めるほど、どう伝えるか悩み、絶縁されることを覚悟することが多かった。
改善すべき点を伝える。
方向転換を提案する。
不要な活動をやめるよう勧める。
その瞬間は喜ばれない。
しかし数年後、
私は、もう何人もの元クライアントや読者さんから、
「あの時、もらった一言が人生を変えました」
と言われることがある。
迎合は好感を得る。
誠実な本音は信頼を得る。
この違いは大きい。
孤高な起業家は、人気者を目指さなくていい。
目の前の人から、
信頼される存在を目指せばいい。
---
結論
青空は孤高。誰とも競争しない
祝日の自由が丘。
街が少しずつ目を覚ます。
カフェが開き始める。
散歩やジョギングをする人が増えてくる。
それでも空は静かだ。ぼっちだ。
青空は誰かと比較していない。
誰かに認められようとしていない。
ただ、
自分自身として存在している。
『私の嫌いな10の人びと』から、
私が学んだのは、人を嫌う技術ではない。
自分を裏切らない技術、
言い換えれば、
自分に嘘を付かない、ごまかさない習慣である。
そして、
自分を大切に扱うことである。
孤高なぼっち起業家に必要なのも同じ。
交流会や飲み会を断る勇気。
流行や主流を疑う勇気。
顧客や関わる人を選ぶ勇気。
本音を語る勇気。
そして、孤立を恐れない勇気。
大勢に囲まれる必要はない。
深く理解してくれる少数の顧客がいればいい。目の前の人から、愛されればいい。
空を見上げる。
どこまでも青い。
その青さは多数決で決まったわけではない。
起業家の価値も同じだ。
群れた数では決まらない。
どれだけ自分に正直に生きたかで決まる。
孤独は、弱さではない。
人生目的という使命、理念を持って生きる者に与えられる、静かな強さなのである。


祝日の朝。
自由が丘の高台に立つ。
空は、青い。
平日なら静かなミューズスクエアも、数時間後には多くの人で賑わうだろう。しかし今はまだ違う。風だけが静かに流れ、街路樹の葉が微かに揺れている。
私はこういう時間が好きだ。
そんな朝に、中島義道氏の『私の嫌いな10の人びと』を思い出した。
この本を初めて手にした人は、おそらく驚く。
現に、Threadsに投稿したら、私にしてもバズった。
なぜここまで人を嫌うのか、と。
だが私は、この本を人間嫌いの本だと思わない。
むしろ逆。
自分を偽らずに生きるための本であり、ぼっちを恐れずに生きるための本だと受け止めている。
そしてそれは、
孤高なぼっち起業家にとって極めて重要な教訓だとも理解している。
なぜなら、
本当に独立起業して生きようとする人は、
どこかで「みんなと同じ」であることを諦めなければならないからだ。
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第一の教訓
「みんな仲良く」という幻想を捨てる
中島氏が嫌う人々にはある共通点がある。
それは、
「善人であることを演出する人」
である。
世の中には、
「仲間は大事」
という人たちで溢れている。
もちろん間違いではない。
だが、それが絶対真理であるかのように語られ始めると危険でもある。
起業家の世界では、なおさらだ。
経営者交流会へ行け。
飲み会に顔を出せ。
とりあえず、誰とでも仲良くなれ。
その結果、
多くの内向的起業家は疲弊し切っている。
実際、
私のところへ相談に来られる士業やコンサルタントの方の中には、
「毎週異業種交流会に参加しているのに売上が増えない」
という人が少なくない。
詳しく聞くと、
半年以上通って顧客はゼロ。
名刺だけが増えている。
飲み会の回数と、体重だけが増えている。
そんな状態は、あるあるでしょう。
私はそういう場合、
「3カ月間、全部行くのを止めてみる」ことを提案する。
その代わりに、本を読み、ビジネスブログで専門記事を書く。
夕方から寝るまでの間の、時間の使い方を変更する、という提案ということ。
3カ月後に何が起きるか。
多くの場合、
何も起こらない。
どうでもいい連絡は、減るかなくなる。誘われなくなる。
しかし、自分理解は進む。
そして、副作用も現れる。
群れを離れると、不安になる。
だが売上げを見れば変わらない。支出は減っている。
会社経営を成長させるのは、知り合いの数や、お付き合いではない。
少数の理解者である。つまり、顧客である。
自由が丘の空を見上げる。
青空は誰にも媚びていない。
しかし、美しい。
ぼっち起業家も同じだ。
全員に好かれようとしない人ほど、自分の価値を発揮できる。
---
第二の教訓
不快な違和感を無視しない
多くの人は違和感を見て見ぬふりをする。
空気を読む。
波風を立てない。
多数派に合わせる。
しかし起業家にとって、それは危険な習慣である。
中島氏は徹底的に違和感を追求する。
なぜ、みんなそう考えるのか。
本当に、それは正しいのか。
徹底して疑う。
この姿勢こそ、起業家精神そのもの。
例えば現在、多くの人が交流会集客やSNS集客に力を入れている。
もちろん成果を出している人もいる。
だが、それぞれが全員に向いているわけではない。
私が指導してきた内向的な専門家の中には、
大勢の場には行きたくない、苦痛だ。
SNSの毎日投稿が苦痛で仕方がない人がいる。
みんなが、やっているから続けている。周囲が楽しそうだから続けている。
しかし結果は出ない。
自分は
疲れるだけ。
そこで経営者交流会を止めた、SNS中心の集客を止めた。
代わりに、
アメブロやnoteで長文記事を書いた。
メルマガを書いた。
商業出版をした。
すると状況が変わる。
発信量は減ったのに問い合わせが増える。
なぜか。
その人本来の強みが生き始めたからだ。
人と同じことをやる能力より、
自分に合ったことを続ける能力の方が重要なのである。
自由が丘の高台から街を見下ろす。
人の流れは一方向へ向かう。
しかし成功とは、みんなと同じ方向へ歩くことではない。
自分の進むべき方向を見つけることなのである。
違和感は人生からの警告ではない。
人生からの案内板なのだ。
---
第三の教訓
嫌うことは、自分を知ることである
よく若い頃、
人を嫌ってはいけないと教えられる。良い点を探そうなどと。
立派な人間は、誰とでも仲良くできるものだと思わされていた。
しかし、
人生経験を重ねて分かったことがある。
人を嫌うこと自体は、悪ではない。
むしろ、自分を知るための重要な手掛かりである。自分を大切にするためにも。
中島氏は嫌いな人を通じて、自分の価値観を明確にしている。
何を好きか。
それも大事だ。
しかし何を嫌うか。
そこには、もっと本質的な価値観が現れる。
起業家も同じである。
誰を顧客にするか。
それ以上に重要なのは、
誰を顧客にしないかだ。人選び。
実際にある起業家は、問い合わせが来れば全員受け入れていた。
値引きを要求する人。
夜中に連絡する人。
依存的な人。
何でも引き受けた。
結果として売上は増えた。
しかし仕事が嫌になった。うつ病になった。
人生が苦しくなった。
そこで顧客基準を作るように、指導した。
彼の選択基準は、
・相手から値引きを求める人とは契約しない。
・学ぶ意欲のない人とは契約しない。
・過剰な要求をする人とは契約しない。
そう決めた。
すると最初は怖かったらしい。
売上が減るかもしれない。
しかし実際には逆になった。
利益が増えた。
時間が増えた。
満足度が上がった。
彼には、働く喜びが戻った。
ブランドとは集客技術ではない。
選別技術。
嫌うことによって、
本当に、大切なものが見えてくるのである。
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第四の教訓
嫌われることと信頼されることは違う
孤高な起業家が最も誤解しやすいのはここかもしれない。
多くの人は、
嫌われなければ信頼されると思っている。
しかし現実は違う。
嫌われたくないから笑う、褒める、そして値引きする。
嫌われたくないから無理な依頼を受ける。
嫌われたくないから、本音を隠す。
これでは信頼は生まれない。
都合の良い人になるだけだ。
私自身、20年以上コンサル指導を続けてきたが、
本当に感謝されたケースほど、最初は伝える前に、胸を痛めるほど、どう伝えるか悩み、絶縁されることを覚悟することが多かった。
改善すべき点を伝える。
方向転換を提案する。
不要な活動をやめるよう勧める。
その瞬間は喜ばれない。
しかし数年後、
私は、もう何人もの元クライアントや読者さんから、
「あの時、もらった一言が人生を変えました」
と言われることがある。
迎合は好感を得る。
誠実な本音は信頼を得る。
この違いは大きい。
孤高な起業家は、人気者を目指さなくていい。
目の前の人から、
信頼される存在を目指せばいい。
---
結論
青空は孤高。誰とも競争しない
祝日の自由が丘。
街が少しずつ目を覚ます。
カフェが開き始める。
散歩やジョギングをする人が増えてくる。
それでも空は静かだ。ぼっちだ。
青空は誰かと比較していない。
誰かに認められようとしていない。
ただ、
自分自身として存在している。
『私の嫌いな10の人びと』から、
私が学んだのは、人を嫌う技術ではない。
自分を裏切らない技術、
言い換えれば、
自分に嘘を付かない、ごまかさない習慣である。
そして、
自分を大切に扱うことである。
孤高なぼっち起業家に必要なのも同じ。
交流会や飲み会を断る勇気。
流行や主流を疑う勇気。
顧客や関わる人を選ぶ勇気。
本音を語る勇気。
そして、孤立を恐れない勇気。
大勢に囲まれる必要はない。
深く理解してくれる少数の顧客がいればいい。目の前の人から、愛されればいい。
空を見上げる。
どこまでも青い。
その青さは多数決で決まったわけではない。
起業家の価値も同じだ。
群れた数では決まらない。
どれだけ自分に正直に生きたかで決まる。
孤独は、弱さではない。
人生目的という使命、理念を持って生きる者に与えられる、静かな強さなのである。