陰キャ社長の主体性は境界線の言語化が決め手 (起業家コンサルタント杉本幸雄)


午前5時。 

 自由が丘の高台は、まだ世界の端っこみたいに静かだった。 空気は冷たく、少し湿っていて、まるで夜の残り香が道の上に薄く漂っているようだった。わたくしは、その静けさの中を毎朝、歩いていた。 


 口下手な陰キャ社長という肩書きは、こういう朝には少しだけ軽くなる。 人がいなくて、人の声がないぶん、自分の声が聞こえやすくなるからだ。


ただ、

聞こえてくるのは、たいてい悩みのほう。 

 営業のこと、

顧問クライアントのこと、

自分自身の言葉がうまく出てこない場面のこと。 



 それらは、早朝の霧のように、わたくしの心の奥底にまとわりつく。



🟤 境界線は「自分の領域」みたいなもの


わたくしは、悩みというものを天気に例えることがある。 晴れの日もあれば、曇りの日もある。 ときどき、突然の豪雨が降ることもある。ただ、問題は天気そのものではなく、 その天気がどこまで自分の領域に侵入してくるかだ。境界線が曖昧だと、 他人の言葉が風のように吹き込み、 自分の内側の天気を勝手に変えてしまう。

「もっと話したほうがいいですよ」 

 「社長なんだから、堂々としないと」

 「それじゃ相手に伝わりませんよ」

そういう言葉が、

わたくしの心の空に勝手に雲をつくる。 気づけば、

どんよりとした曇り空になっている。

でも、

境界線を引くと、天気は変わる。 

 自分の空は、自分で決められるようになる。



🟤 境界線を言語化するという行為


境界線を引くというのは、 「ここから先は、わたくしの領域、領土です」 と静かに宣言すること。

それは、声に出さなくてもいい。 

 むしろ、声に出さないほうがいい。


 陰キャ社長には、

そのほうが自然。

わたくしの場合、 境界線は言語化することで強くなった。

「他人の期待は、わたくしの責任ではない、無関係だ」 

 「わたくしは、静かに考える時間を守る」 

 「わたくしのマイペースは、わたくしが決める」

こうした言葉を、

 早朝の高台で一つずつ拾い上げるようにして、 自分の内面に着実に置いていく。

すると、

境界線が少しずつ太くなる。 まるで、細い鉛筆の線が、 ゆっくりと油性ペンの線に変わっていくように。



🟤 早朝の自由が丘は、境界線を設計するのに向いている


高台の坂を登り切ると、 街全体が淡い光に包まれていた。 まだ人影はほとんどなく、 世界がわたくしのためだけに用意されたみたいに静かだ。


この静けさの中で境界線を描くと、 不思議なくらいスムーズに描ける。

人の声がないぶん、 自分の声がよく響く。 その響きが、境界線の輪郭をはっきりさせてくれる。


わたくしは、ベンチに腰を下ろし、 手帳を開いた。 ページの上に、境界線の言葉を静かに書き込む。

「わたくしは、静かに働く」

 「わたくしは、静かに決める」

 「わたくしは、静かに進む」

書き終えると、 

 胸の奥にあった重さが少しだけ軽くなる。 境界線が強くなると、悩みは侵入しにくくなる。 


 それだけで、世界の見え方が変わる。



🟤 結論:境界線は、陰キャ社長の“静かな盾”だ


境界線を言語化することで、 わたくしの悩みや苦しみは確かに緩和された。

主体性とは、 大きな声で主張することではなく、 静かに境界線を守ることだ。境界線は、 陰キャ社長にとっての“静かな盾”だ。

 その盾があるだけで、 世界の風は少しだけ優しくなる。

わたくしは今日も、 自由が丘の早朝の空気の中で、 自分の境界線を描き直している。

その線は、誰にも見えないが、 わたくしの主体性を支える確かな輪郭だ。


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