主体性は「自分で決めた習慣」で強化される(起業家コンサルタント杉本幸雄)

19時の自由が丘は、
昼間の喧騒が早くもすっかり引いて、街全体が深い呼吸を取り戻そうとする時間だ。

わたくしは、その静けさの端っこにある小さなバーのカウンターに腰を下ろし、いつものようにストレートのウイスキーをオーダー。
氷の音もしない。
ほかの客もいない。

店主はしきりにグラスを磨いているだけで、こちらに干渉してこない。この1年間、話したことがほとんどない。これがいい。
静けさの中だと、自分の輪郭、存在感がはっきりするというもの。


ウイスキーをひと口含む。
舌の上で転がしながら、今日もまた「自分で決めた習慣」について考えていた。

主体性というものは、
派手な宣言や、画期的で劇的な選択の中にあるのではなく、
もっと地味で、
もっと日常的で、
もっと孤独な場所に潜んでいるよう。

わたくしは20年以上、上昇志向が強くて内向的な起業家、例えば、医師、弁護士、そしてトップダウンのオーナー経営者を相手にコンサル指導をしてきたが、結局のところ、主体性を強くするのは「本人が自分で選んだ習慣」しかないと確信している。

わたくし自身、
その習慣に救われてきた。

毎日ブログを更新するという行為は、誰に頼まれたわけでもない。褒められるためでもない。数字を伸ばすためだけでもない。
16年間、毎日の言語化を欠かさず続けてきたのは、主体性を鍛えるための筋トレのようなものだ。誰も見ていない場所で、淡々と積み重ねる。そういう習慣だけが、自分の内側に静かな強さをつくる。

ウイスキーの香りが、自由が丘の夜の空気に溶けていく。わたくしはグラスを置き、もうひとつの習慣について思い返す。

「しあわせになる決意」だ。
これは習慣と言えるのか、と問われれば、わたくしは迷わず「言える」と答える。
しあわせは偶然ではなく、選択であり積み上げ、組み合わせだ。選択は一度きりではなく、毎日の反復。つまり習慣だからだ。

わたくしは、静かな人間だ。無口で、丁寧で、論理的で、必要なことしか話さない。雑談は苦手だし、群れることも好まない。

だからこそ、しあわせになるためには、自分で決めた習慣が必要だった。外側の他人や世間の刺激に振り回されやすい体質だから、なおさらだ。主体性とは、他人や社会のノイズから自分を守るための盾でもある。

毎日ブログを書くこと。
しあわせになると決めること。

この二つは、わたくしの人生目的──「強くて優しい人を増やす」──を支える土台になっている。

強さとは、他者からの影響を受けないこと、自分のマイペースを守り続けることだ。

優しさとは、許すこと。尊重すること。自分と違っても承認すること。

主体性がなければ、どちらも手に入らない。


カウンターの木目を指でなぞりながら、わたくしは想う。

主体性とは、人生のハンドルを自分の手で握る感覚だ。だがそのハンドルは、特別な日にだけ握ればいいものではない。毎日、同じ時間に、同じ場所で、同じ習慣を続けることで、ようやく手に馴染む。

ウイスキーを飲み干す。静かなバーの空気が、わたくしの内側の静けさと重なる。主体性は、決意ではなく、習慣だ。習慣は、才能ではなく、選択だ。選択は、誰かではなく、自分がするものだ。

わたくしは立ち上がり、軽く会釈して店を出る。自由が丘の夜風が、ちょうどいい。

主体性を強くする習慣は、明日も続く。もちろん、わたくし自身の手で。