わたくしは、杉本幸雄(すぎもとゆきお)と申します。陰キャ起業家は、言語化の精度で、お金を稼ぐ。信用を得る。
陰キャ起業家、と自らを称するのに、気恥ずかしさはない。陰キャに自尊心があるからだ。
陰キャなど
という言葉が流行するずっと前から、わたくしは人混みを避け、静かな場所を選び、言葉を最小限にしか発しない人間です。
出版パーティーや経営者交流会でグラスを片手に談笑するような場面では、すぐに輪から遠ざかる。
そして喉が渇き、額に汗がにじむ。早く帰りたい。
それに、基本的に他人には興味がない。
人の話に含む言葉の隙間に潜む本音や、言い淀みの奥にある迷いを、わたくしは無意識に察知してしまうから、本当に疲れる。ダメージを受ける。
そんなわたくしが起業したのは、三十を少し過ぎた頃でした。誰もが華やかなビジョンを掲げ、SNSで「挑戦」を連呼する時代に、わたくしはごく地味な会社を立ち上げました。
労働者として、失格だったから。
華々しい資金調達の話など、どこにもありません。銀行や税理士からは、そんな事業がうまくいくはずがない、と通販コンサル事業の内容を全否定された。
ただ、わたくしには一つだけ、確かなものがありました。市場を見極める洞察力と、それを「言語化の精度」という、誰もが軽んじがちな技術です。
人生の目的などと大それたことを言う資格は、わたくしにはないのかもしれません。
それでも、
夜中にふと目が覚めて天井を見つめるとき、わたくしの胸の奥にいつも浮かぶのは、「強くて優しい人になること、そして強くて優しい人たちを増やすこと」。
その源は、「信用を積み重ねること」という、地味で、しかし逃れられない欲望です。信用とは、稼げたお金の量だと、わたくしは考えております。
派手な約束や熱い情熱で得るものではなく、言葉の一つひとつを正確に積み上げて得られる、静かな信用です。
わたくしの性格は、
全く積極的ではありません。会議で真っ先に手を挙げるタイプでもなければ、危機を叫んで周囲を鼓舞するタイプでもない。
どちらかといえば、相手が言い終わるのを待ち、沈黙が少し続いた後に、ぼそっと意見を述べる。その意見が、意外と的を射ていることが多く、周囲は
「杉本先生は静かだけど、核心を突く」などと言ってくれます。けれど、わたくし自身は、ただ言葉を丁寧に選んでいるだけなのです。
起業してからの日々は、まさにその言葉の精度を試される連続でした。最初のクライアントは、和歌山県のビルメンテナンス会社でした。相手は、わたくしの提案書を読み終えた後、静かに尋ねました。
「杉本さん、これで本当に大丈夫なのかね」。わたくしは、即座に「分かりません」とは答えました。
提案のどの部分がリスクを抱えているか、どの前提が崩れたら計画が狂うか、そしてその場合にどう修正するかを、一つひとつ、言葉を選んで説明しました。曖昧な希望的観測は一切入れず、数字と事実だけを、可能な限り正確に並べたのです。
そして、「どうなるかは、誰にもわかりません。」とも。
そのクライアントは、しばらく黙った後、小さく頷きました。「信用できる、そりゃあ、誰にも分からないよ」。その一言が、わたくしの会社の最初の契約になりました。
派手なプレゼンテーションでも、情熱的なビジョンでもなく、ただ言葉の精度が、信用を生んだ瞬間でした。
それから20年近くが経ちます。
2万回のコンサル指導セッション、110億円売り、本は商業出版で6冊出した。
会社はおかげ様で継続でき、ました。大きくする考えはなく、従業員も増やしません。理由は、面倒くさいから。
わたくしのやり方は変わりません。投資家とのミーティングでも、取引先との交渉でも、わたくしは常に「言語化の精度」を意識します。
たとえば、「成長する」という言葉を使うとき、わたくしは必ず「どの指標で、どの期間に、どの程度」と具体的な基準を表します。
相手が「頑張ります」と言えば、わたくしは「具体的に何を、いつまでに」と静かに尋ねる。相手が困ることもある。
けれど、その困りが、やがて信頼に変わることを、わたくしは何度も見てきました。
陰キャであることは、
陽キャ社会では、不利に見えます。
華やかな起業家たちがメディアに登場し、キラキラした言葉を並べる中で、わたくしは目立たない。インタビューを受けても、記者は「もっと熱く語ってください」と促します。けれど、わたくしは熱く語れません。熱く語る代わりに、正確に語る。その正確さが、長い目で見れば、信用を重ねていくのです。
実績などと自慢する気はさらさらありませんが、わたくしの会社は、倒産もせず、大きな不祥事もなく、静かに続いています。顧客の多くが、一度契約すると長く付き合う。従業員の離職率も低い。それは、わたくしが「約束したことは必ず守る」と、言葉で繰り返し、行動で示した結果だと、わたくしは信じています。言葉が曖昧であれば、約束も曖昧になる。曖昧な約束は、やがて信用を削る。だから、わたくしは言葉を削ぎ落とす。余計な修飾を取り除き、核心だけを残す。
性格的に、わたくしは一人でいる時間を好みます。朝、オフィスに来る前に、近くの公園を歩いて、頭の中で言葉を整理する。今日の会議で何を言うか、どう言えば誤解が生まれないか、どうすれば相手の不安を正確に拾えるか。そんなことを考えていると、時間はあっという間に過ぎます。陰キャの特権は、この静かな思考の時間なのかもしれません。
人生の目的は、結局のところ、信用を重ねること以外に、わたくしには見つかりません。金銭的な成功も、社会的な地位も、それは結果であって目的ではない。目的は、誰かと向き合うとき、相手が「この人の言葉は信じられる」と思えるような、そんな関係を積み重ねることです。そして、そのための最も確実な道具が、言語化の精度なのだと、わたくしは確信しています。
ある日、若い起業家がわたくしのところに相談に来ました。「杉本さんのように、静かに成功する方法を教えてください」。わたくしは、少し考えてから答えました。「成功など、わたくしにはわかりません。ただ、言葉を正確にすることだけは、誰にでもできる。正確な言葉は、信用を生む。信用が重なれば、会社は続く。それだけです」。
相手は、少し拍子抜けしたような顔をしました。けれど、わたくしはそれでいいと思っています。陰キャ起業家であるわたくしは、派手な物語を語る必要などない。ただ、言葉を一つひとつ、丁寧に積み重ねていけばいい。その積み重ねが、やがて信用という、静かで、しかし確かな資産になるのです。
わたくしは、これからも、静かに言葉を選び続けます。陰キャのままで、目立たぬままに。それでも、誰かが「杉本さんの言葉は信じられる」と言ってくれるなら、それだけで十分です。


