継続力とは「戻ってくる力」/三日坊主は100回やればいい(杉本幸雄)

朝の空気には、
いつも少しだけ「余白」がある。  
人がまだ使っていない時間の隙間みたいなものだ。  
その余白に指をそっと差し込むと、言葉が静かに立ち上がってくる。  

わたくしは毎朝、その余白の中でブログを書く。  
もう16年目になる。  
毎朝4時に起きて、空を眺め、ブラックコーヒーを飲み、静かに言葉を整える。  
この習慣が、自分の人生の背骨みたいなものになった。

でも、
最初からそんなふうに続けられたわけじゃない。  
むしろ、ひどいものだった。 
 
ブログはアカウントを作った翌日から、4年間も放置した。  
まるで、
冷蔵庫の奥にしまい込んだまま忘れられたヨーグルトみたいに。

今でこそ、
ブログがきっかけで年間420万円のコンサル依頼が舞い込み、  
商業出版を6冊し、  

「静かに生きる人が、静かなまま成果を出す方法」を伝える仕事をしているけれど、  
その始まりは、情けないほどの三日坊主だった。

だから、
継続力なんてものは、最初から備わっていたわけじゃない。  
わたくしは本当に「続けられない人間」だった。  
堂々と、胸を張って言えるくらいに。



■継続力とは、「戻ってくる力」のこと

世の中の多くの人は、
継続力を「途切れず続ける力」だと思っている。  
でも、わたくしはそうは思わない。

継続力とは、
途切れても戻ってくる力のこと。

人は誰だって途切れる。  
ダイエットも、
SNS発信も、
読書も、
ジョギングも。  

三日坊主なんて、ほとんど自然現象みたいなもの。  
雨が降るとか、風が吹くとか、そういうレベルの話だ。

三日坊主は、誰にでもある。  

自分は頻繁にあるし、あなたにもあるでしょう。それに、世界中の人にもあるはず。

だから、途切れた自分を責める必要なんて、どこにもない。

むしろ、三日坊主を100回繰り返せばいい。  

100回途切れて、100回戻ってくれば、それは立派な継続だ。図々しく、勇気を持って、
三日坊主を繰り返すように、戻って来たらいい。



■三日坊主は「何もやらない人」よりずっと素晴らしい

三日坊主という言葉には、どこかネガティブな響きがある。  
「続かない人」というレッテルみたいなものだ。

でも、僕は三日坊主を肯定したい。  
三日間やったという事実は、何もやらない人よりずっと素晴らしい。

三日間やったということは、  
「やろうとした」という意思があったということだ。  
意思がある人は、必ず戻ってくる。  
戻ってくる人は、必ず続けられる。

継続とは、意思の総量だ。  
途切れた回数ではなく、戻ってきた回数で決まる。



■4年間放置は、継続の“助走”だった

ブログを始めたとき、やる気に満ちていた。  
「毎日書くぞ」と思っていた。  
でも翌日から4年間、完全に放置した。

今思えば、あれは助走だったのだと思う。  
長い助走。  
誰にも見えないところで、静かに力を溜めていた時間。

助走が長い人は、遠くまで跳べる。  
その後、わたくしは16年間毎日書き続けている。  
途切れずに、淡々と、静かに。

そして、その静かな継続が、  
・20年以上のひとり経営コンサルティング  
・6冊の商業出版  
・毎朝のブログから生まれる年間420万円の相談依頼  
・「強くて優しい人を増やす」という僕の人生目的  
を支える土台になった。

でも、あの4年間がなかったら、今の16年はなかった。  
途切れた時間も、継続の一部なのだ。


■戻ってくる人は、静かに強くなる

継続力というのは、派手な力ではない。  
誰かに見せるための力でもない。  
静かで、地味で、目立たない。

でも、戻ってくる人は、静かに強くなる。  
少しずつ、深いところから強くなる。

まるで、地下の根がゆっくり広がっていくように。  
誰にも見えない場所で、静かに力を蓄えていく。

その力は、ある日突然、表面に現れる。  
「気づいたら、続けられる人になっていた」  
そんなふうに。


■今日もまた、戻ってくればいい

朝の光が坂道を下りていく。  
街は少しずつ騒がしくなり、世界は表側へ戻っていく。

でも、あなたは今日も戻ってくればいい。  
昨日できなくても、今日戻ってくればいい。  
三日坊主でも、百回戻ってくればいい。

継続力とは、戻ってくる力だ。  
戻ってくる人は、必ず前に進む。

静かに、ゆっくり、確実に。  
そして、あなた自身の人生目的へ向かっていけばいい。