戦略的にペースを落とせる、脱力できる陰キャ社長が、勝ち続けられる
平日の昼下がり、
自由が丘の暗渠の緑道を歩いていると、心が少し洗われる気分になる。
まるで、街全体が深呼吸をしているようで、空気が新鮮だからだ。
わたくしは、こういう時間帯の自由が丘が大好きで、楽しそうに賑わっている週末はあえて駅前には近づかないようにしている。疲れてしまうから。
平日の午前、人はいるのに、誰もこちらに干渉してこない。
「あなたはあなたのペースで歩けばいい」と、緑道が自ら言ってくれているよう。
わたくしの名前は、
杉本幸雄(すぎもとゆきお)。
根暗で辛気臭い経営コンサルタント。
20年以上ひとりで会社経営を続けている。
陰キャ歴は50年以上。
群れず、騒がず、淡々とちゃっかりと積み上げるタイプの人間。
毎日ブログを書き続けて16年になる。
静かに無言で働き、静かに無言で観察し、静かにちゃっかりと結果を積み重ねている。
これが、わたくしのやり方、生き方のスタンダード。
人生の目的は、
「強くて優しい人になること、強くて優しい人を増やすこと」。
強さも優しさも、
余裕から生まれる。
だからこそ、
休むことも大切にしている。
休むとは、レジャーやレクレーションではない。
強くなる、優しくなる、勝ち続けるために必要なプロセス。
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■ 休むことは逃げではなく、戦略的な充電
緑道を歩いていると、ふと立ち止まりたくなる瞬間がある。
風が木々を揺らす音、遠くの車の音、誰かの自転車のチェーンの音。
それらが混ざり合って、ちょうどいいBGMになる。
世の中には「休む=遊ぶ」と考える人が大勢いる。
彼らは半ば、無理してイベントを行う。
お酒、ショッピング、旅行、、、
休息はとっていはい。休息に徹すると、何か大切なものがこぼれ落ちると信じているのだろう。
でも、わたくしは違う。
ホントの意味の休むことから逃げない。
戦略的に充電する。
スマートフォンだって、バッテリーが10%になると、不安で何もできない。
人間も同じ。
充電しないまま走り続ければ、どこかで必ずフリーズする。電池が切れる。
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■ 緑道のベンチに座ると、世界が整う
緑道の途中にある古いベンチに腰を下ろす。
木の表面は少しざらついていて、長い年月、人々や、雨風を受け止めてきたことがわかる。
座ってみると、
視界の高さが変わる。
歩いていたときには気づかなかった小さな花が、足元に咲いている。
その花は、誰に見られるでもなく、ただ淡々と咲いている。
「休む」という行為も、これに似ている。
誰かに評価されるためのものではない。
ただ、自分のために、自分のマイペースで行うものだ。
わたくしは、長く働いてきた。
想えば、小3の時から何かしら働いてきた。
ぼっちで起業すると決めてからは、20年間、ずっと走り続けてきた。
走ること自体は嫌いではない。
でも、走り続けるためには、止まる時間が必要だということを、午前中の緑道が教えてくれる。
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■ 戦略的に休む人は、長く強く走れる
世の中には、短距離のスタートダッシュのように働く人がいる。
全力で走り、息が切れ、倒れ込む。
それを繰り返す。当然、成果はパッとしない。
一方で、静かに、淡々と、長距離を走る人もいる。
彼らは、休むタイミング、ペースを9割減しても良い盤面を知っている。
休んだり、のんびり進めることを恥じない。
むしろ、脱力することを「戦略」として扱っている。
わたくしは、後者の生き方を選択する。
静かで、誠実で、長く続く。
派手さはないが、着実に前に進む。
緑道の木漏れ日を眺めながら、わたくしは想う。
「ペースを落とすことを恐れない人は、強い」
そして、
「休むことを作戦にできる人は、もっと強い」
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■ 休むことは、未来の自分への投資
緑道を外れると、自由が丘の駅前が姿を現す。
マカロンの香り、パン屋の甘い匂い、どこかの店から流れる音楽。 再開発の建設現場からの音。
自由が丘はいつも通り動いている。
でも、わたくしの中には、さっきより少しだけ余白ができている。
その余白が、次の仕事の精度を上げる。
次の判断を冷静にする。
次の一歩を軽くする。
ペースを落とすことは、未来の自分への投資だ。
逃げではない。
弱さでもない。
むしろ、静かな強さの証だ。
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■ 結び
自由が丘の暗渠の緑道は、わたくしにとって「戦略的な休息」を思い出させてくれる場。
走るために、止まる。
進み続けるために、ペースダウンする。
そのシンプルな真理を、緑道の静けさがそっと教えてくれる。
もしあなたが疲れているなら、少しだけ歩みを緩めてみるといい。 止まるのが怖ければ、ペースを落とすだけでもいい。
のんびりすることは、逃げではない。
あなたの人生を、長く、静かに、そして着実に前へ進めるための、大切な脱力、そして充電なのだから。


