無配慮な明るさより、静かな誠実さのほうが強い
朝というのは、世界がまだ半分だけ起きているような、不思議な時間帯だ。
街路樹の影は細く伸び、鳥の声は控えめで、コーヒーの湯気だけが、こちらの存在を静かに肯定してくれる。
そんな時間に文章を書くのが、わたくしは好きだ。
あ、申し遅れました。
わたくし、陰キャに誇りしかない、ぼっち起業家の杉本幸雄と申します。
20年ほど前に経営コンサルタントとして法人を立ち上げて以来、
ずっとひとりで、静かに、そしてマイルール、マイペースに生きてきました。
誰かと派手に騒いだりするのは、どうも性に合わないのです。
そもそも、わたくしが生きている目的と、ビジネスをしている目的は同じだ。
日本に“強くて優しい人”を増やすこと。
こう書くと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれない。
でも、本気でそう思っている。
そのために、まずは皆さまにコンサル指導によって【お金持ち】になっていただいている。
お金というのは、妙なもので、余裕が出てくると、人は急に優しくなる。
昨日まで許せなかったことが、「まあ、いいじゃないか」と笑って済ませられるようになる。
強さも優しさも、結局は“余裕”から生まれるのだ。
これまで、1万人の起業家・経営者・起業家予備軍を見てきた。
コンサル指導は2万回。
売り上げ加算は110億円。
数字だけ見ると派手に聞こえるが、実際は地味な積み重ねの連続だ。
陰キャは派手に騒がない。
ただ、静かに結果だけを置いていく。
本も、商業出版で6冊目を出したところだ。
内容は、僕のような“ぼっち気質”の人間が、どうやって世の中を渡っていくかという、
ちょっとした生存戦略のようなものだ。
ちなみに、満面の笑みで握手を求められるのは苦手だ。
ノリノリのハイタッチには、わざと応えないようにしている。
理由?
嫌だから。
それ以上でも、それ以下でもない。
無配慮な明るさより、静かな誠実さのほうが強い
朝の空気には、まだ世界が完全に目を覚ましていない気配がある。
その静けさの中にいると、派手な明るさよりも、控えめな誠実さのほうがずっと強い、という事実がよく見えてくる。
無配慮な明るさというのは、夏の朝陽の鋭い光のようだ。
こちらの準備が整っていようがいまいが、容赦なく照らしてくる。
「楽しいね」
「わくわくするね」
「今日も良い日になりそうだ」
もちろん、こういう言葉に悪意があるわけじゃない。
ただ、誰にでも通用するわけでもない。
こちらの心の温度を測らずに投げられると、妙に落ち込むことがある。
世の中には、努力していないのに幸せそうな人がいて、その明るさにホント傷つくことだってある。
一番傷付くのは、子どもの明るさだ。闇が深すぎるので、詳細は控える。
一方で、
静かな誠実さは、朝の光がゆっくりと部屋に入り込むように、こちらのペースを尊重してくれる。
無理に笑わせようとしないし、気の利いた言葉を探そうともしない。
ただ、そこにいて、こちらの存在を乱さず、必要以上に踏み込まない。
それだけで、わたくしたちはずいぶん生きやすくなる。
内向的な人たちは、その静かな誠実さを自然に身につけている。
幼い頃から、自分の心の輪郭を守りながら生きてきた結果だ。
人混みのざわめきよりも、ひとりの部屋で、自分の呼吸を大切に扱う。
誰かと楽しもうとはしない、それよりも自分の内側の声と丁寧に向き合う。
世の中はしばしば、
声の大きい人を「明るい」「強い」とか「善良」だと勘違いする。
大きな声で挨拶することが善だとされたりもする。
けれど、本当の善良さは、いつだって声を荒げずに自分を保てる人だ。
必要以上に明るく振る舞わず、誰かのテンションに引きずられず、静かに、しかし確かに、自分の足で立っている人だ。
朝の光の中で、内向的な人の強さはよりはっきりと浮かび上がる。
彼らは、誰かを押しのけて前に出ようとはしない。
けれど、
いざというときには、驚くほど落ち着いて、正確に、誠実に行動する。
その安定は、騒がしい明るさよりもずっと頼りになる。
無配慮な明るさは、時に人を疲れさせる。
静かな誠実さは、人を救う。
朝の光がゆっくりと部屋を満たすように、じわりと心を温めてくれるからだ。
だから、もしあなたが内向的で、朝の静けさを好み、無理に明るく振る舞えない自分を気にしているなら、どうか安心してほしい。
あなたの静けさは、弱さではなく、誠実さだ。
あなたの誠実さは、誰かの一日をそっと支える力になる。
そしてその力は、派手な明るさよりも、ずっと長く、深く、人に届く。
自然な優しい光のように、あなたはあなたのままで、十分に頼りになる。

