内向的ひとり社長が【性善説】で、コミュニケーションするとナメられる、つけ込まれる、損をする





わたくしは、内向的なひとり社長だ。

  

静かで、目立たず、他人に踏み込まない。  

そういう性質は、東京の街では時に武器になり、時に致命傷になる。


二十年前、経営コンサルタントとして法人を立ち上げた。  

深沢の古いビルの一室を借り、窓からは空と高級車の屋根だけが見えた。  

社員はわたくし一人。  

スマホとパソコンとコーヒーメーカー、そして、山積みの本。それにたまに届く段ボール。  

それで十分だった。  

いや、十分だと思い込んでいた。


わたくしの目的は単純だ。  

強くて優しい人間を増やすこと。  

金があれば、人は少しだけ優しくなれる。  

余裕が生まれれば、許せる範囲も広がる。  

だから、わたくしはまずクライアントを金持ちにする。  

それがわたくしの性善説だ。


一万人を見て、二万回コンサルし、110億円売上げ作り、本は6冊。  

数字だけ見れば、わたくしは成功者の側にいる。  

だが、内向的な成功者ほど、外からは見えない傷を抱えている。


わたくしは昔から、人間は基本的に善だと信じていた。  


約束は守られる。  

誠意は伝わる。  

言葉にしなくても、相手は察してくれる。  


こんな幻想を、わたくしは長い間、胸の奥で温めていた。


それが、わたくしの弱点だった。


出会って二年以内の相手は、特に危険だ。  

まだ互いの本性を知らない。  

相手は「この社長はどこまで甘いか」を測ってくる。  

わたくしはそれに気づかない。  

なぜなら、最初から信頼を差し出してしまうからだ。


「納期は任せます」  

「クオリティはお任せ」  

「契約書はいりませんよね、信頼してますから」


内向者特有の、愚かなほどの善意。  

言葉数が少ない分、言葉に重みを持たせたい。  

だから最初に“信頼”という札を切る。  

それが、相手には“フリーパス”に見える。


先月もそうだった。


出会って一カ月半のWebデザイナー。  

若くて、話が軽くて、妙に夢を語る男だった。  

「村上龍みたいな尖ったデザインがしたいんです」  

そう言われて、わたくしは少しだけ嬉しくなった。


性善説が発動した。  

予算を渡し、納期は大体50日後、工程は任せた。  

契約書は書かなかった。  

疑うのが面倒だった。


三カ月後、届いたのはゴミだった。  

色味は意味不明、フォントは安っぽく、レスポンシブは死んでいた。  

納期の問い合わせにも返事はない。  

文句を言うと、  

「忙しくて……でも雰囲気は出てますよね」  

と、まるでこちらが理不尽な要求をしているような返事。


怒らなかった。  

怒るエネルギーがもったいなかった。  

内向者は、怒るより自分で直すほうが早い。  

わたくしは徹夜で修正した。


別のコンサルタントにも同じことをされた。  

工程は三度変わり、成果物はわたくしのアイデアの劣化コピー。  

請求書は三倍。  

「追加作業が発生したので」  

と言われ、わたくしは黙って払った。  

争うのが面倒だった。


内向者は、争うと世界が壊れる気がする。  

だから我慢する。  

その代償は、銀行口座と時間と、そしてメンタルだ。



性善説で生きる内向的ひとり社長は、  

裸で街を歩いているようなものだ。  



相手は服を着て、武器を持ち、得意の笑顔で近づいてくる。  

そして、こちらの善意を剥ぎ取り、財布を抜き取り、  

最後に「ありがとうございました」と頭を下げる。


わたくしの本性は弱い。  

口数は少ないが、心の中ではいつも  

「どうか裏切らないでくれ」  

と祈っている。  

その祈りは、相手にとっては「ナメていい」というサインになる。


何度も学んだはずなのに、変われない。  

変われないから、損をし続ける。


性悪説を信じろ、という話ではない。  

わたくしは他人を信じたい生き物だ。  

ただ、信じ方を変える必要がある。


期日を明確にする。  

工程を共有する。  

成果物の定義を決める。  

クオリティの基準を示す。  

そして、

契約書を書く。


それは疑いではない。  

防御だ。  

自分を守るための最低限の装備だ。  

内向者にとって、それは最大の自己愛だ。


わたくしはこれからも性善説を捨てない。  

だが、表面では冷徹な契約人間になる。  

心は熱く、外面は冷たい。  

村上龍の主人公のように、二重構造で生きる。


それでいい。  

それが、内向的ひとり社長が生き残る唯一の方法だ。


最後に一つだけ。


出会って二年以内の相手に、  

「任せます」、「大丈夫です」、「信頼してます」  

を軽々しく言う内向的社長は、  

自分で自分の首を絞めている。  

「一生ついていきます」なんて言葉にも、もう騙されたくない。


わたくしはもう、自分の首を絞めたくない。  

だから今日も、新しい契約書のテンプレートを開いた。  

顧問弁護士とのやり取りも増えた。


血の通った、冷たい契約書。  

それが、わたくしの新しい性善説だ。


人間は善だ。  

ただし、契約書で縛った上での話だ。


遅すぎた結論だが、まだ間に合う。  

少なくとも、次の出会いには。