カッコイイ陰キャとは?


はい、110億円売った

ぼっち起業家の杉本幸雄です。

もちろん、陰キャです。


実は、わたくし、子どもの頃からの「明るいね」と言われたことは一度もありません。ですから、人生一貫して、陰キャです。20年ほど前にコンサルタント業で、起業しました。起業当初、教えをたまわっていた先生から、「きみ、暗いね」と言われて、「自分って暗いんだ」と自覚が強まりました。


わたくしは、陰キャや暗いことを、そもそも悪いことや劣っていることだと考えていなかったので、先生からの「暗いね」というフレーズに対して、反発心もショックも全く抱きませんでした。


むしろ、

この暗さ、陰キャさ、口下手さ、コミュ症さをセールスポイントにして、その他大勢から抜け出し、コンサルタントでトップクラスになることを目指し始めました。


その結果、20年間で

1万人の起業家や経営者を見てきて、2万回のコンサル指導をし、110億円売り、本は6冊目を商業出版を果たしました。



カッコイイ、陰キャとは?


人の「カッコよさ」を測る物差しは、外見だけではアリマセン。

断言したいのは、

真にカッコイイ陰キャとは「やってきた人」であるということです。


わたくしは、

自分が陰キャなので、顧客の起業家や経営者も、仲良くさせてもらっている相手は、男女共に、ほぼほぼ【陰キャ】です。

しかも、カッコイイ陰キャな人ばかりです。


自分事ように、自慢できる、カッコイイ陰キャばかりです。



見た目と奥行きの差

外見を整えているだけの人は、少し話せばわかります。言葉が軽く、話題の表面をさらっと滑るだけで、すぐに息切れする、つまり話しがすぐに尽きます。

逆に、

どんなに内向的でぼっちな人でも「とことんやってきた人」は、少ない言葉で深く刺すパワーがあります。表面的な装いは簡単に作れるが、奥行きは積み重ねでしか生まれないからです。




何が「やってきた」ことを示すのか

- 手つきが違う  

手の使い方に無駄がなく、所作に説得力がある。実務や実践の時間が身体に残っている。


- 耳が違う  

音や言葉のニュアンス、空気の違いを察知する感度が高い。聴くことが洗練されている。


- 選ぶ言葉が違う  

言葉数は少ないが、一言一言が体験から発せられて重い。比喩や例えも実感に基づく。



これらは見た目の派手さでは測れない。これまでの人生を頑張ってきた人たちだけができる、自然とにじみ出てきたものです。




【自分ワールド】の存在

やってきた陰キャは、単に、人見知りなだけではアリマセン。自分の内側に確かな世界を持っています。


そこには必ず専門性の深さがあり、年月を重ねてきた日々の小さな実践があります。


自信は、陰キャやぼっちを自己否定したり壊さず、

むしろ

振る舞いや視線に独特の余裕を産み出しております。


距離感がうまく、他者との接触にも問題がありません。



所作と魅力は比例する

やり抜いた経験は、言葉と所作に現れます。身体が覚えたリズム、量稽古の繰り返しが磨いた無駄のない動き、失敗から生まれた思考と分析の重み。これらは外見の流行に左右されない普遍的な魅力を産み出します。


だから「陰キャ」「ぼっち」というレッテルがあっても、その中にはカッコよさが確実に存在するものです。




人選び

面白いことに、似たタイプ同士は自然に集まるもの、類友の法則。

ぺらぺらな人はぺらぺら同士で居心地が良く、やり抜きやってきた陰キャはやってきた陰キャ同士で深く通じ合うもの。


これは単なる排他性ではなく、相互の感受性と共感し合う事実。やっていない者にとって、やってきた人との対話は疲れる。やってきた人にとって、やっていない者は会話の深度が浅く、違いすぎて続かない。




カッコイイ陰キャとは「成果」そのもの。

どんな分野でも、どんなニッチでも、変わったことでも、とことんやっていて、やり抜いた自信がある者の結果として、カッコイイ陰キャやぼっちがそこにいます。


少ない言葉、整った所作、独特の目線や目力──それらはみな、時間と苦悩という経験が刻んだ証拠です。


もしあなたが誰かのカッコよさを測るなら、まずその人が何を続けてきたか、どれだけ深く、やり抜いてきたかを見てほしい。確認して欲しいです。


そこに、本物の「カッコよさ」は宿っているはずですから。


最後に、

陰キャやぼっち、口下手は悪ではありません。もちろん、損する場面はありますが、その上でどうするかが、あなたの闘いです。


わたくしは、陰キャやぼっちを改めて、陽キャで友達たくさんになる必要は、全くないと考えております。



陰キャの何が悪いの!