外に出ると身の危険さえ感じるような今年の夏。
アイスショーの予定もないし、かなだい組の新プログラムは素敵なものという情報は入っても、それがどういうものかまでは伝わってこない。

で、時間が空いたときになんとなく見るのが「The Crisis」。あの、夏の雲のような白さのシャツと、海を思わせる世界が、夏の暑さの中に味わう「涼しさ」を感じさせていい。

この曲は映画「海の上のピアニスト」の使用曲だとか。映画は見たことがないが、「船で生まれ、生涯船を降りることがなかったピアニストの物語」だということは知っている。
そういう知識があるので、演じる大輔さんを「あなたもずっと氷の上から降りずに生きていくんだね」などと思いながら見ていた。
しかし気が付く。「いや、大輔さんは一度氷の上から降りたじゃん。」
アメリカ留学のときはスケート靴を置いて行った。つまり、氷の上から離れたのだ。

でも、今になって「The Crisis」を見ると、「いつまでもこうやって氷の上で生きていたい」、その頃もそう思ってたように感じるのだ。
そしてその延長上に、競技復帰してからの姿が重なる。まるで離れていた時間や、氷の上にいてもどこか違うと感じていた時期などなかったかのように、イメージがシームレスにつながる。



まあ、本人も似たようなこと言ってたもんなあ。

<引用>
「全日本、自分が初めて優勝(05-06シーズン)して、14年も経ったんですねぇ。あの頃の自分は、14年経って、まだ滑っているとは思っていなかったと思います。あれからずっと、全日本はケガをしたときを除いてずっと出場してきて......。あ、忘れていました! しばらく引退していましたね」
<引用終わり>
"髙橋大輔には、優しさを極めて身につけた「強さ」がある"より)

引退していたこと(時間)は、忘れていた。
結局、氷から降りていた時期も、心はずっと氷の上にあったのかもしれない。



ただ、それまでの価値観では、誇りをもって氷の上に立つことができなくなっていた。
氷の上で誇りをもって生き生きと生きていくためには、新しい価値観が必要だった。
いくつも別の分野で挑戦をして、そして結局、全日本選手権でアマチュア選手が演技する姿を見て現役復帰を決めた。
童話の「青い鳥」、あちこちさすらって探した幸せの青い鳥は自分の身近なところにあった、という話を思い出したりして。

「一生現役」とか本人が語っていた言葉より、この「The Crisis」の姿の方が、この人はずっと氷の上で生きていくだろうな、と思わせてくれる。



いや、最後の滑りを見て思う。この人は単に氷の上で生きていくのではなく、氷の上を「進んでいく」のだ。多分、進んでいけると思えなかったから、一度離れたのだ。

いつまでも氷の上で、風を感じて、風となって進む。
涼風を感じるプログラムだったから、私は観たいと思ったのかもしれない。