「華」の力 | フィギュアスケート妄想・疾走者

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どこかの民族では、数の概念は「1、2、たくさん」しかなかったとかいう話を聞いたことがある。

一人でも、二人でも、大勢と組んでも、高橋大輔はかっこいい。

オーラとか華とか言った言葉を、私はあまり使わない。今一つ信じられないのだ。

もともと脇役贔屓。人がキャーキャー言う華やかな存在の魅力をいいねと思いつつ、距離を置いてしまうようなところがあるもんで。
だから髙橋大輔だって、オペラ座の怪人の頃から観ていたのに、スイッチ入ったのはソチシーズンだった。もう少し早く距離詰めてればもっといろいろ分かったのになあ。
ま、それは置いておいて。



結局、他者の存在感というのは、自分が惹きつけられる人かどうかが強く影響するわけで。「華がある」「オーラがすごい」というのも、結局語る人の好き嫌いが大きいと思ってしまうのだ。

実際、CwW公演のフィナーレで感じたのである。
「案外、羽生選手って存在感大きくないな。」と。
おそらく日本人スケーターが多いアイスショーだったら、ご存知の通り日本人スケーターは小柄な人が多いので、身長とプロポーションで目立ったろうなとは思う。しかしCwW公演の男性スケーターはみな、しっかりした体躯の持主である。羽生選手が肉体的に目立つような状況になかった。
その中にいると、特に私の目を引いたりはしなかったのである。いや、もちろん普通には目に入ったけれど。

むろん、あれは羽生選手の凱旋公演である。
私の近くの観客はすべて、彼を観ていた。なんていうか一人一人と羽生選手の間に見えないエネルギーの糸のようなものがあって繋がってる、そんな気配を肌で感じた。
彼女たち(私の周りには男性皆無)の目には羽生選手の姿こそが存在感マックスに映り、他のスケーターは脇役というか背景のような感じだろう。
会場の高揚感はすごかった。
ところが、私自体はその焦点になっている人を見ても、引力を一向に感じない。

まあ私は若い頃は「コンサートに行くのが趣味」だった人である。ファン対象じゃなくても、少し好みかなというアーティストがいたら、行っていたのだ。
そういう場合、熱意の塊のようなファンに囲まれて、でも一人マイペースに楽しむ、なんてのもよく体験していたわけで。ファンが放つ膨大なエネルギーを「すごいなあ」と見ながら、同じ視点は持てないというのはよくあったりしたのだ。
別に不思議には思わなかった。

一方で、メンバーの中では小さくても、私の目を引き付けてしまうスケーターもまたいたのだ。シェイ-リーン・ボーンである。
とにかく全体を見ようとすると、無意識に彼女に目がいく。これはメンバーの中で彼女が特に華があるから、ということかというと、ちょっと違うような気がする。

そもそもシェイ-リーンは、CwW公演のメンバーの中で「私がそれ以前に直に演技を観たことがある」数少ないスケーターなのだ。
そして、ご存知の通りシェイは髙橋大輔の複数の傑作プログラムを振り付けた人でもある。私は彼女の演技だけではなく、髙橋大輔の演技を通じて、彼女の動き、人柄、そしておそらく魂にまでなじんでいるようなところがある。
そう、このメンバーの中では特に近しく感じて当然の存在なのだ。目が行くのも不思議ではない。



結局、「華」とか言っても、言ってる人の好みで左右されるものなんだろうな、と、あのとき思ったのである。あと、対象に親しんできた時間の長さも影響したりして。

そんな風に思っていた。





なのにである。

フレンズオンアイスのフィナーレ。
目が行くのだ、ステファン・ランビエールに!ついつい。
「華」という存在を認めざるを得なかった。

フィナーレには私の好きな、アボットも居たのである。そして、アボットの動きを見ると「ああ、やっぱりいいなあ。好きだ。」と思うのだ。
なのに集団がシャッフルされてアボットから目が離れてしまうと、次にすっと目がいくのがランビエールなのである。
なんなんだあ、体格もルックスもいい存在ならチャーリー・ホワイトもいるぞ。私好きだぞ。なんでランビエールばかり…。アボットを目でとらえたらアボット注視になるんだけど、かと言って探そうとまでは思わないのである。
ランビエールが目に入ったら、ま、それでいいかという感じで止まってしまうという。

なるほど。
以前の羽生選手の怪我だろうが、今回の髙橋選手の怪我だろうが、アイスショーの予定されたメインスケーターが欠場の際にトリを任されるだけのことはある。
ファンタジーオンアイスとフレンズオンアイスじゃ客層も違うだろうに、どちらの観客であっても自分に注目を引っ張ってこれるわけか。
と、人を引き付ける華というものの力を、今回強く感じたのである。

ランビエールがフレンズオンアイスのトリで使用した曲は「Slave To The Music」。
こちらの視線を虜にしやがって、といいたい気分になった。





ただし。ファン対象でないパフォーマーの「華」の力は、ファン対象のパフォーマーの力に劣る。
何せ、ランビエールが参加したアイスショーはその前にも見ているのに、「華」なんて考えたの今回が初めてだもん。今までのアイスショーには髙橋大輔もいて…当然私が観ていたのは、大輔さんなので、ランビエールの華なんて気が付かなかったのである。
他の人だって観たいと思いつつ、なかなか大輔さんから目を外せないのである。

やっぱり「華の力」より「ホレてる対象の力」の方が上なんだろうな。
いや、ちょっと待て。大輔さんにも「華の力」はあるよなあ。
どっちだ?

まあその判定は、私には無理。
どちらのファンでもない方にしか分からないことなんだとは思う。