3権分立と誰もが一度は習った言葉があります。
でも、実際問題、この国のこの仕組みに理解して、納得している満足している方は少ないと思います。
私は、この3権分立の司法について機能しているのかどうか前から疑問に思っていました。
なぜなら、この司法には、ルールブックのような機能しかなく、裁き、正義がないため、ルールに従い悪党の味方になっているという矛盾が多く発生している、また、この司法の許可がないと何もできない正義の警察組織のため、警察が機能していないということです。
最近、将来AIによって仕事がなくなる と言われていますが、この司法こそが、AIで事足りる組織の最たる組織であり、また、我々を裁く恐れ多い裁判官たちは、何の社会経験もない、偏差値高い学生上がりのおぼっちゃまとおじょうちゃまたちが多く、〇〇って何?から裁判が始まり、特に専門的な案件はちんぷんかんぷんで、月に1回くらいのスケジュールの最初の方は、裁判官への家庭教師の時間みたいになっており、やたらと何年も裁判がかかる理由は、これらが原因のような気もします。また、やたらと分厚いドキュメントをいまだに紙ベースで提出され、その分厚さがじっくり吟味した証のようで、彼らはドキュメント収集業者かと思うくらいです。
私は、以前から、警察にもっと権限を と思っていました。
警察は、そこに悪党がいても捕まえられない ということがとても多いです。
つまり、現行犯で逮捕する か 逮捕状 がなければ捕まえられない組織なのです。
最近、やたらと詐欺師天国なのは、警察に権限がないからだと私は考えています。
また、司法に正義がないのも、この警察が権限がないからだと思っています。
警察を司法に吸収し、司法警察とし、瞬発力のある正義のある、裁判に裁きや正義のある国にするべきだと私は考えています。
あの大岡越前は、いまだに名裁きとしていくつか語り草になっているものがあります。
この国の司法には、大岡越前はいません。
証拠を出せた、嘘を突き通せた、テクニックを持った被告が勝つ司法です。
そこに正義などありません。
原告が、無知な裁判官を教育し、証拠をすべて用意し、わかりやすい説明し、納得してもらわないと 正義は勝ち取れない
そんな 司法ってほんとうに正解なのでしょうか。
正義を持った大岡越前のような裁判官が、裁きをいれる そんな司法であれば、もっとこの国はよくなるのではないかと思う今日この頃です。
そして、遠山の金さんのような 入れ墨を見せて これに身に覚えがないのか?俺が証拠だ くらいの裁判官が出てきてほしいものです。