第12回 日本ろう者劇団(代表・江副悟史さん、顧問・井崎哲也さんインタビュー)

 

~日本ろう者劇団の成り立ちについて、教えてください。

 

江副 1979年に女優の黒柳徹子さんの尽力で、アメリカのろう者劇団、ナショナル・シアター・オブ・ザ・デフの日本公演が実現しました。黒柳さんは、アメリカの手話を日本の手話に訳したり、英語のセリフを日本語で話したりと、劇団と一緒に自らも舞台に立って、全国で公演を行いました。演劇好きのろうの若者がこの公演を観てカルチャーショックを受け、自分たちもと、仲間を集めて「東京ろう演劇サークル」をつくりました。一方、黒柳さんは公演への反響に手ごたえを感じて、ろう者が演劇活動のできる環境を日本にもつくりたいという思いをますます強め、そのために、著書『窓ぎわのトットちゃん』の印税を使おうと考えていました。そして1982年に社会福祉法人トット基金が設立され、演劇サークルは「日本ろう者劇団」に改称して、トット基金の付帯劇団となったのです。前身の演劇サークルの誕生から数えると、今年(2018年)で38年目となります。創立のときの中核メンバーが今も、劇団員として舞台に立ち、若手を指導しています。

 

~前代表代行の井崎さんご自身も、創立メンバーのひとりですね。

 

井崎 はい。80年代に日本で手話ブームが起こりました。1981年の国際障害者年も、一つの契機でした。テレビドラマや映画でろう者が手話を使って演じることも増え、手話に関心が寄せられて、各地に手話サークルができました。それで、手話を使った芝居を観たいと、各地のろう者大会などから招かれて、日本中で公演を行うようになったのです。

 

江副 ムーブメントシアターやサインマイムの新作を次々につくり、レパートリーを広げていきました。それと並行して、創立メンバーたちは、役者としてのスキルアップにも熱心でした。井崎さんは、1年間以上アメリカに滞在して、ナショナル・シアター・オブ・ザ・デフのメンバーとして、全米とカナダの巡回公演に参加しました。このアメリカの劇団との交流はその後も続き、東京国際演劇祭で共同制作作品を上演したり、ワシントンDCでのるう者の祭典「Deaf Way」で公演を行ったりしています。

1983年にイタリアのパレルモで開かれる世界ろう者会議・演劇祭典に、日本から芝居を出さないかと、誘いがありました。開催の、わずか半年ほど前のことです。トット基金の理事長になっていた黒柳さんの発案で、日本の伝統芸能である狂言を手話で演じて、世界中のろう者に紹介することになりました。黒柳理事長が懇意にしていた三宅右近先生が指導してくださることになり、三宅先生と劇団のメンバーで、狂言の一つ一つの所作に手話を使った表現を考え、半年間で作品を創りあげました。劇団のメンバーには、もちろん狂言の経験がありませんでしたので、ゼロからのスタートで、とても苦労したそうです。幸い、イタリアでの公演は成功し、その後、手話狂言のレパートリーも増えていきました。国内各地での公演や、海外での公演で、手話狂言は人気演目となって、今では、日本ろう者劇団のシンボルのようになっています。

 

井崎 手話狂言、ムーブメントシアター、サインマイムの3つを組み合わせて、これまでに、40くらいの都道府県で公演してきました。しかし、沖縄などへはまだ行っていないので、機会をつくって、全ての都道府県を制覇したいと思います。

 

~手話狂言とムーブメントシアターには、どのくらいのレパートリーがあるのですか。

 

江副 手話狂言のレパートリーは70くらいです。2~3年ごとに新作をつくっています。ムーブメントシアターは、劇団創設当初からのものを全部合わせると、15くらいあるでしょうか。

 

井崎 ムーブメントシアターは、声の無い、子どもから大人まで楽しめる芝居です。昔は、演劇の楽しさを知らないろう者が多かったので、地方公演では特に喜ばれました。

 

江副 ムーブメントシアターにもいろいろ種類があって、たとえば「大きな木」という作品は、声がつきます。

劇団のジャンルにはもう一つ、「創作視覚演劇」があります。創設メンバーの中心で、初代の代表を務めた米内山明宏は、寺山修司の舞台にインパクトを受けて、演劇活動をしている人です。創作視覚演劇は、高い芸術性を追求する作品群です。芥川龍之介やシェークスピアのテーマを扱う作品、幻想的な、あるいは抽象的なテーマの作品が主ですが、近年はストーリー性のあるものが増えています。声をつけますので、その部分だけプロの俳優に頼んでいますが、脚本、演出、舞台美術などはすべて劇団員の手でつくっています。地方ではなかなか上演の機会がありませんが、東京の、演劇ファンが足繁く訪れるような劇場での上演が中心です。毎年1度は新作をつくって発表しています。

 

井崎 演劇の幅が、昔よりずっと広がっています。変化するのは良いことです。

 

江副 エンタテイメントの幅も広がりました。観客層も昔とは違ってきました。楽しみの選択肢が増えてきたのは良いことだと私も思います。

 

~どのくらいの頻度で公演や稽古を行っていますか。

 

江副 毎年1月に、千駄ヶ谷の国立能楽堂で公演を行っています。黒柳理事長の「お話」に続いて、今年は、3つの演目を上演しました。2日間の公演はおかげさまで満席でした。毎年、楽しみにして来場くださるお客さまが多いので、有難く思っています。

 

この他に、手話狂言とムーブメントシアター、サインマイムを組み合わせるなどして、地方を含めると年に10~15回ほど公演を行っています。手話狂言は公演の都度、三宅先生が演目と配役を決めてくださり、再演のものでも1ヶ月間ほどは稽古をします。創作視覚演劇は、公演前2~3ヶ月前から稽古をします。劇団員のほとんどが別の仕事も持っているので、平日の夜と週末を使って週に3~5回、品川区にあるトット文化館に集まって、稽古をしています。

 

公演のない時期は基本稽古につとめています。今年度は文化庁の育成事業として、プロの役者、ダンサー、パントマイマーなど、それぞれの世界で活躍する方々に指導をお願いして、身体表現、演技技術などのワークショップを行っています。劇団員が学ぶのが主目的ですが、オープンにして、外部の人たちに参加してもらうこともあります。

 

~劇団員の勉強のためのワークショップとは別に、劇団員が学校などに出向いて指導者としてワークショップを行うことも多いそうですね。

 

江副 ろうの子どもが演劇を楽しむことができるのは、今でも、東京と大阪など大都市に限られます。地方に住む子どもには機会が少ないので、まず、ろうの役者が演劇活動をしていることを知って、身近に感じてもらいたいと思っています。演技指導の第一歩として、手話を使った芝居の所作の一つ一つに意味があることを紹介します。手話は後ろからは見えませんので、役者は舞台上で後ろを向くことができません。真横からでも、見えません。150度くらいが限界です。その範囲で動きをつくること、たとえば足を一歩動かすのも考えながらしなければならないことを説明して、理解してもらいます。

もう一つ大切にしているのが、手話のイントネーションを教えることです。声をつかう俳優がより聴きやすい発声のためにボイストレーニングをするのとちょうど同じように、私たちも、より見やすい手話、美しい手話をめざしてトレーニングして、舞台に立っています。手話のイントネーションとは、そういう意味です。子ども達にもそうした意識を持って、美しい手話をめざしてもらえたらと思います。

東京都内のろう学校にはよく招かれますが、地方のろう学校も毎年20校ほど訪れています。地域の人々も一緒に参加できるような機会も増えてきました。その他にもいろいろなところでワークショップを行っています。狂言を紹介して、体験してもらうこともあります。先日、少し前にワークショップを行った学校の先生に会ったら、その後、生徒たちの間で手話狂言の所作がブームになったと話してくださいました。日頃から、日本の伝統文化を広める一端を担いたいと考えているので、子どもに関心を持ってもらえるのは嬉しいことです。

ろう学校の生徒に、文化祭に向けて演技指導を行うこともあります。最近では、品川区にある私立のろう学校、明晴学園の小学校5,6年生と、『仁王』という作品をつくりました。4ヶ月間に10回ほど稽古に通いましたが、子ども達は、私が行かない日も自主練習も重ねたそうです。特に大切に教えたのは、間と、脚の向きや運びです。舞台、衣装、大道具などもひとつひとつ学校でつくって、文化祭では見事に、子どもだけの手話狂言が披露されました。これからも、子どもへの手話狂言の指導の機会をふやしていきたいと思います。

 

~米内山さんから代表を引き継いで、丸1年になりますね。新代表として、大切にしていることと、今後の目標を聞かせてください。

 

江副 トット基金設立時以来の黒柳理事長のモットー、「聞こえる人も聞こえない人も共に楽しめる演劇」を、何より大切に考えています。

日本ろう者劇団の長い歴史と伝統を大切にしつつ、ろう者の間でのイメージを刷新していきたいと思います。劇団のレベルを更に上げて、トップの劇団として定着し、東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式にかかわることが目標です。

もう一つ、「手話の美」を多くの人に知ってほしいと思っています。言葉と同じように手話も、世代によって変化するものですが、若い人たちの手話には少し乱れも見られます。本来の手話の動きの美しさを、私たちの芝居で感じてもらいたいと願っています。聞こえる人にも聞こえない人にも手話の魅力を知ってもらえることをめざしています。

 

 

公演の予定

2018年9月6~9日          視覚演劇公演「武士の心」             シアターχ(カイ)(両国)

2019年1月26~27日      第39回手話狂言・初春の会           国立能楽堂(千駄ヶ谷)

 

 

 

 

「日本ろう者劇団」

ホームページ: http://www.totto.or.jp/02/index.html

電話: 03-3779-0233  ファックス: 03-3779-0206

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