芝の苔取り
今日は、芝の手入れをした。手入れというか、しばらくほったらかしていたのでようやく芝の作業に着手した。張り替える前の準備として、芝の間に生えている苔を金属製の熊手で掻き出した。
2回掻き出した後に、残り草を掃き出した。日中はまだ暑いです。今日も26度ぐらいまで気温が上がった。
苔は植物の中でも地味な存在で、例えば苔=垢とか蚤しらみという共通語としても解釈されている。
芝の間に蔓延(はびこ)り湿気を含み、害虫を育成したり植物の中ではあまり歓迎されないかも知れません。
ところがこの『苔』という『語』は植物の名詞にもかかわらず。人の生き様に例える言葉としても用いられていると、云うことに気がついたので・・・
ちょっとメモっておく。
■古今和歌集343
「君が代は 千代に八千代に 細石(さざれいし)の 巌となりて 苔の生すまで 」
【君が代は、日本国歌である。千年も八千年も、細石が大きな岩になってそれにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますように】という意味だ。
苔が生すとは永久の例えに用いられている。その反対語としては苔の行方とか下という言葉があり死後という意味だ。
ここで、世界的に有名な『無頼の歌人 小林あきらめ太』氏の歌を紹介しておく。
■頼語-世話集1018
「庵戸の 草の褥(しとね)の 庭先に 苔の行方 知るも悲しく」
【古びた家の庭先に苔草が敷き詰められたように生えている。「苔の行方(下)」つまり死後の事は知る由もなく考えれば悲しくなるものだ】
う~む けっこう大変なのだ。。。
空気と光が入りすっきりした。
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