現役合格と浪人に壁はあるか
明日の午後1時ごろ、俺が志望校に現役合格するか浪人生になるかがはっきりする。
どっちかに決まってからごちゃごちゃ言っても言い訳くさくなりそうだから、比較的中立的な今のうちに、現役で志望校に受かることと浪人を経て受かることの差異について俺の考えをまとめてみる。
俺は受験前は、絶対に浪人はしないつもりでいた。浪人の可能性なんて一切考慮せず余裕で志望校に合格するつもりだったし、浪人にはなりたくも無かった。
でも現状としては、浪人を視野に入れざるを得ない。明日不合格だとわかれば否が応でもなるしかない。
しかし実際に浪人を考慮し出してみると、それも悪くないと思えてきた。
浪人っていうのは確かに現役合格していれば必要ないルートだけれど、逆に浪人することで得られうるものも多くあるのだと思う。
だが大学進学を目指すほとんどの現役生は、基本的に浪人することを忌避する傾向にあるだろう。
それはなぜか。
・経済的に浪人が困難
・高校生でも大学生でもない状態がいやだ
・もう1年受験勉強したくない
・現役で受からないことに劣等感を覚える
・落ちる=負けという認識
大別すると以上の理由がほとんどだと思う。
それぞれについてもう少し見てみよう。
・経済的に浪人が困難
これは家庭の事情だ。受験生本人にはなかなか動かしがたいものがある。
実際1年浪人するとなると、家計の教育費の予定がだいぶ変わってくる。
予備校に行けば多分年100万単位でかかったりするから、現役合格の予定でいたとなると確かになかなかのものだ。
でもその1年の投資で本人の人生が大きく左右されうるなら、それくらい許容されてもいいのではないだろうか。ここは親と十分に話し合う価値があるところだ。その1年分は社会人になってから何倍にもして返してあげればいい。
とはいえ現役合格ならそれが必要ないものだったのだから、これは確かに現役合格を好む大きな理由にはなるだろう。
それか自宅浪人になれば出費はそれほどかからないよな。
俺は浪人になったなら、教材は十分あるし自分で必要なだけ勉強する自信もあるから、宅浪するつもりだ。
・高校生でも大学生でもない状態がいやだ
これは基本的に学校に楽しみを見出している人の意見だろう。
高校生として受験するなら、クラスの仲間もいてそれなりに楽しいけれど、浪人生だとほとんど単調な毎日でつまらなさそうだ。大学生になればもっと楽しい毎日が待っているだろうに、他のクラスメートが大学生活を送ってるのに自分は予備校通いなんてつらい。そういう気持ち。
これは結構思う。現役合格ならもう東京に行けるのに、その場に留まっていなきゃならないのはもどかしい。
といっても俺は予備校は行かず、バイトはするしジムに通ったりもするしで、自分なりに相当充実した日々を送るつもりだからいいのだけど。
それに予備校にい行っても、クラスがある程度固定されてたりするなら結構友達も増えるらしいから、楽しみようもあるんじゃないかな。まぁ人付き合いにもよるだろうけど。
・もう1年受験勉強したくない
確かにそうだ。俺の場合受験モードになってたのはせいぜい半年だから、1年間なんて受験の為だけに勉強し続けるには本当に長い。モチベーションを維持して結果に繋げるのがなかなか大変だと思う。時間があると思ってだらけてるとあっという間に無為に過ぎていくだろうし、難しいものだ。
それに大学に行っていれば同じ1年間で、勉強を本気でする気なら同じ勉強にしてももっと幅広くおもしろいことをできるし、遊ぶなら自由にのびのびと遊べる。やっぱり大学生がうらやましくなるな。
でも、浪人生としての1年間には、浪人生だからこそできる成長もあると思うのだ。いろいろなもどかしさ、明確な目標へ向かって計画的に動くこと。その経験は貴重だ。
浪人になったなら、浪人としての全力を尽くすべきだろう。
・現役で受からないことに劣等感を覚える
現役合格者の方が、現役では合格できず浪人した人より優れているという意識。
だが果たしてそれは正しい認識だろうか。現役合格者にもいろいろいるし、不合格者にもいろいろいる。
例えば同じ大学の受験者で、高校3年間ずっと家庭教師付きで受験一直線に勉強してきて、高校に楽しい想い出は一つも無いけれど受験者中トップで合格した人と、高校3年間で部活動とか趣味とか遊びとかいろいろ楽しんで、3ヶ月くらい受験勉強を必死にやったけど1点足りなくて落ちた人がいたとする。この2人を比べて、単純に前者の方が優れているとはいえないだろう。
今のは極端な例だけど、大学入試で比べられるのは試験の点数だけであって、そこに至る背景やその人物の奥深さは見えてこない。現役合格と浪人の間には、本番の試験時における試験問題に対する実力のボーダーの上下という差はあったかもしれないが、それだけでしかない。
むろんほとんど努力もしないで東大・京大とか受かっちゃう人がいるのならそれはやっぱりすごいのだけど、現役と浪人に明確な差を求めるのは無意味だ。現役でも浪人でもすごいヤツはすごいし、大したことないヤツは大したことないのが現実だ。その割合で言えば現役にすごいのが多そうな気がしなくもないけれど、やはりそこで線引きできるものじゃない。
・落ちる=負けという認識
自己の能力の認識、希望と現実の比較、目標の設定、目標達成に至るプロセスの設定、プロセスの実行、効果の判定と修正、目標達成。受験っていうのは、この流れが出来ているかどうかっていう面もある。
自己評価、計画力、実行力、反省力があれば、受験は要領よく乗り越えられるだろう。そんなの気にせずただ勉強するだけで問題ないひとが大半だろうけど。
自分が受かるために、言い換えれば受かることを見込んで受験する以上、そこには自分の能力の判断、必要な勉強量の確保、志望校対策、その時々の反省と軌道修正が含まれなければならないはず。
その結果として落ちたのであれば、それまでに下した判断や実際の勉強などに問題があったことは間違いない。
そういう意味では受験で落ちることは、自分で立てたプロジェクトの失敗のようなものだ。
自分が受かるために受験する。それならば受かることにこそ意味がある。
ただし受験に慣れるため、もとよりチャレンジで、あわよくば受かっていてほしい、というものならもちろん関係ない。
この点は浪人になったときに大いに反省して成長材料にしなければならないものだ。
そういう反省を抱えているからこそ、その後1年間に浪人で得られるものも多いのかもしれない。
浪人2年目に入ってしまう人は、そこのところの反省がまるでできていないんじゃないだろうか。同じ過ちを繰り返すっていうのは、仕事のデキだけで言えばその時点では全く見込みがねぇな。
浪人が有効なのは基本的に1年間だけだと思う。
落ちるっていうのはその1回の受験においては間違いなく負けだ。でも負けたことから学べば、人生というレベルにおいてはプラスになる。
負けることが悪いことっていうのは先入観にとらわれすぎだ。負けは負けで認めればいいんだよ。
以上からまとめる。
受験生の気持ちとしてはやっぱり浪人になるよりは現役合格したいだろう。しなくてもいい苦労をわざわざしたい物好きはあまりいない。しかしだからといって、浪人にも積極的価値が見出せるのは間違いない。
ちなみに件名に掲げた命題「現役合格と浪人に壁はあるか」についての俺の考えとしては、質的な差異としての壁は確かにあるが、それが優劣の境界にはなりえず、現役合格にも浪人にもそれぞれ意義はある、という方向で今まで述べてきたつもりだ。
おわり
どっちかに決まってからごちゃごちゃ言っても言い訳くさくなりそうだから、比較的中立的な今のうちに、現役で志望校に受かることと浪人を経て受かることの差異について俺の考えをまとめてみる。
俺は受験前は、絶対に浪人はしないつもりでいた。浪人の可能性なんて一切考慮せず余裕で志望校に合格するつもりだったし、浪人にはなりたくも無かった。
でも現状としては、浪人を視野に入れざるを得ない。明日不合格だとわかれば否が応でもなるしかない。
しかし実際に浪人を考慮し出してみると、それも悪くないと思えてきた。
浪人っていうのは確かに現役合格していれば必要ないルートだけれど、逆に浪人することで得られうるものも多くあるのだと思う。
だが大学進学を目指すほとんどの現役生は、基本的に浪人することを忌避する傾向にあるだろう。
それはなぜか。
・経済的に浪人が困難
・高校生でも大学生でもない状態がいやだ
・もう1年受験勉強したくない
・現役で受からないことに劣等感を覚える
・落ちる=負けという認識
大別すると以上の理由がほとんどだと思う。
それぞれについてもう少し見てみよう。
・経済的に浪人が困難
これは家庭の事情だ。受験生本人にはなかなか動かしがたいものがある。
実際1年浪人するとなると、家計の教育費の予定がだいぶ変わってくる。
予備校に行けば多分年100万単位でかかったりするから、現役合格の予定でいたとなると確かになかなかのものだ。
でもその1年の投資で本人の人生が大きく左右されうるなら、それくらい許容されてもいいのではないだろうか。ここは親と十分に話し合う価値があるところだ。その1年分は社会人になってから何倍にもして返してあげればいい。
とはいえ現役合格ならそれが必要ないものだったのだから、これは確かに現役合格を好む大きな理由にはなるだろう。
それか自宅浪人になれば出費はそれほどかからないよな。
俺は浪人になったなら、教材は十分あるし自分で必要なだけ勉強する自信もあるから、宅浪するつもりだ。
・高校生でも大学生でもない状態がいやだ
これは基本的に学校に楽しみを見出している人の意見だろう。
高校生として受験するなら、クラスの仲間もいてそれなりに楽しいけれど、浪人生だとほとんど単調な毎日でつまらなさそうだ。大学生になればもっと楽しい毎日が待っているだろうに、他のクラスメートが大学生活を送ってるのに自分は予備校通いなんてつらい。そういう気持ち。
これは結構思う。現役合格ならもう東京に行けるのに、その場に留まっていなきゃならないのはもどかしい。
といっても俺は予備校は行かず、バイトはするしジムに通ったりもするしで、自分なりに相当充実した日々を送るつもりだからいいのだけど。
それに予備校にい行っても、クラスがある程度固定されてたりするなら結構友達も増えるらしいから、楽しみようもあるんじゃないかな。まぁ人付き合いにもよるだろうけど。
・もう1年受験勉強したくない
確かにそうだ。俺の場合受験モードになってたのはせいぜい半年だから、1年間なんて受験の為だけに勉強し続けるには本当に長い。モチベーションを維持して結果に繋げるのがなかなか大変だと思う。時間があると思ってだらけてるとあっという間に無為に過ぎていくだろうし、難しいものだ。
それに大学に行っていれば同じ1年間で、勉強を本気でする気なら同じ勉強にしてももっと幅広くおもしろいことをできるし、遊ぶなら自由にのびのびと遊べる。やっぱり大学生がうらやましくなるな。
でも、浪人生としての1年間には、浪人生だからこそできる成長もあると思うのだ。いろいろなもどかしさ、明確な目標へ向かって計画的に動くこと。その経験は貴重だ。
浪人になったなら、浪人としての全力を尽くすべきだろう。
・現役で受からないことに劣等感を覚える
現役合格者の方が、現役では合格できず浪人した人より優れているという意識。
だが果たしてそれは正しい認識だろうか。現役合格者にもいろいろいるし、不合格者にもいろいろいる。
例えば同じ大学の受験者で、高校3年間ずっと家庭教師付きで受験一直線に勉強してきて、高校に楽しい想い出は一つも無いけれど受験者中トップで合格した人と、高校3年間で部活動とか趣味とか遊びとかいろいろ楽しんで、3ヶ月くらい受験勉強を必死にやったけど1点足りなくて落ちた人がいたとする。この2人を比べて、単純に前者の方が優れているとはいえないだろう。
今のは極端な例だけど、大学入試で比べられるのは試験の点数だけであって、そこに至る背景やその人物の奥深さは見えてこない。現役合格と浪人の間には、本番の試験時における試験問題に対する実力のボーダーの上下という差はあったかもしれないが、それだけでしかない。
むろんほとんど努力もしないで東大・京大とか受かっちゃう人がいるのならそれはやっぱりすごいのだけど、現役と浪人に明確な差を求めるのは無意味だ。現役でも浪人でもすごいヤツはすごいし、大したことないヤツは大したことないのが現実だ。その割合で言えば現役にすごいのが多そうな気がしなくもないけれど、やはりそこで線引きできるものじゃない。
・落ちる=負けという認識
自己の能力の認識、希望と現実の比較、目標の設定、目標達成に至るプロセスの設定、プロセスの実行、効果の判定と修正、目標達成。受験っていうのは、この流れが出来ているかどうかっていう面もある。
自己評価、計画力、実行力、反省力があれば、受験は要領よく乗り越えられるだろう。そんなの気にせずただ勉強するだけで問題ないひとが大半だろうけど。
自分が受かるために、言い換えれば受かることを見込んで受験する以上、そこには自分の能力の判断、必要な勉強量の確保、志望校対策、その時々の反省と軌道修正が含まれなければならないはず。
その結果として落ちたのであれば、それまでに下した判断や実際の勉強などに問題があったことは間違いない。
そういう意味では受験で落ちることは、自分で立てたプロジェクトの失敗のようなものだ。
自分が受かるために受験する。それならば受かることにこそ意味がある。
ただし受験に慣れるため、もとよりチャレンジで、あわよくば受かっていてほしい、というものならもちろん関係ない。
この点は浪人になったときに大いに反省して成長材料にしなければならないものだ。
そういう反省を抱えているからこそ、その後1年間に浪人で得られるものも多いのかもしれない。
浪人2年目に入ってしまう人は、そこのところの反省がまるでできていないんじゃないだろうか。同じ過ちを繰り返すっていうのは、仕事のデキだけで言えばその時点では全く見込みがねぇな。
浪人が有効なのは基本的に1年間だけだと思う。
落ちるっていうのはその1回の受験においては間違いなく負けだ。でも負けたことから学べば、人生というレベルにおいてはプラスになる。
負けることが悪いことっていうのは先入観にとらわれすぎだ。負けは負けで認めればいいんだよ。
以上からまとめる。
受験生の気持ちとしてはやっぱり浪人になるよりは現役合格したいだろう。しなくてもいい苦労をわざわざしたい物好きはあまりいない。しかしだからといって、浪人にも積極的価値が見出せるのは間違いない。
ちなみに件名に掲げた命題「現役合格と浪人に壁はあるか」についての俺の考えとしては、質的な差異としての壁は確かにあるが、それが優劣の境界にはなりえず、現役合格にも浪人にもそれぞれ意義はある、という方向で今まで述べてきたつもりだ。
おわり