TOTSU DIARY ~とつダイアリー 凸日記~ -15ページ目

The Day is Comin'

調子こいて英語とか使ってんじゃねーよ。

はい、すいません。


アクセス解析見たら、なんか昨日の深夜帯に携帯からのアクセスが異常に多かったようなのだけど、なんかあったのだろうか。
まぁいいや。


いよいよ、明日だ。
俺の「運命」が明らかになる。

午後1時頃、俺の志望大学で前期日程の合格者および後期日程の第一次選抜合格者の発表が行われる。

それにともなって、前期合格者の自宅には合格通知が、後期選抜合格者の自宅には合格通知書が、後期選抜不合格者の自宅には不合格通知が電子郵便(レタックス)が送付される。
ちなみに前期だけ志願して、前期で不合格になった人の自宅には明日は何も送られない。前期不合格者には11日以降に個人成績表が郵送される。

俺は前期・後期ともに出願したから、合否に関わらず電子郵便(レタックス)が送られてくる。
たぶん中身を見るまで、前期合格か、前期不合格で後期選抜通過か、どちらも不合格で即刻浪人かはわからないはずだ。



さっき「運命」といったので、個人的な「運命」観について多少書いてみる。

「運命」を、初めから全て決まりきった筋道、としてとらえるのは大反対だ。
同様のものとして、物理学的な見地からは人間の意思決定論がある。人間の思考は既に脳内で決定されたものにすぎないというもの。これは人間の思考は脳から発生するもので、脳は完全に物理的存在であるという了解と、物理的運動は全て法則により支配されているのだから、脳の活動も物理的に全て決定されたものであるという了解、さらに人間が思考は先に脳の中で物理的に決定されたものをあたかも「考えた」ように感じているに過ぎないという了解を立てることによって唱えられているようだ。
どちらにしても、そこに人間の「自由」は存在しないということになる。

だが俺はそうは思わない。
というか、基本的に生きててそういう完全な「運命」を受け入れようと思う人はそうはいないだろう。
今この瞬間、俺はキーボードの"a"を打つことも、それを消して"b"にすることも、やっぱり消して"a"に戻すことも、それを10回繰り返してやっぱり何も書かないこともできる、という説明としてこんな文章を打つこともできる、ということを試行錯誤して推敲したうえで文章化している。これが全部決定されたことなんだぜ、って言ったってどこにも説得力はない。「運命」はそこまで暇じゃないだろう。

そうじゃなくて、「運命」っていうのは自分の手の届かない、関与しえないところでおきた結果について受け入れるための考え方じゃないかなと思っている。
「理不尽」も「偶然」も多分この仲間なのだけど、「運命」がこの中で一番ポジティブな思考に適した道具だと思うんだ。
だから俺はそういう意味では「運命」って言葉も好きだな。


俺自身の試験結果の「運命」は、俺自身の中では2月26日の試験が終了した瞬間に決定していることになっている。

もちろん厳密に言えば、その段階で完全に決まっているわけじゃあない。
採点官のめぐり合わせによっては点数が上下するかもしれないし、非現実的であるとはいえ採点官の買収・脅迫で結果を歪曲することも可能だし、日本で戦争でも勃発して試験自体取り消し…なんていうことになれば無くなることが「運命」だったことになってしまう。

だけどそれらは俺の関与しうることや試みることじゃない。
俺が受験の合否を左右し得たのは、試験までの間の勉強と、実際の試験問題に書く答案までであって、試験終了の合図が出た瞬間に、その先の結果は俺の手を離れたところで行われることを俺自身了解している。
そうであれば、その試験終了から明日の発表を見るまでの期間っていうのは、俺にとっては手の届かない「運命」が進行している時として見て差し支えないんじゃないだろうか。
試験後、数日間かけて採点が行われ、もう数日前には合否が確定しており、そして明日、俺は通知の中身を確認した瞬間に「運命」がいかなるものであったのかを知ることができる。

しかし、「運命」だと思っていたものも、自分の手で変えられるものになるときがある。
例えば採点において不正があり、本来合格だったのに不合格にされた場合。俺はそれに抗議することで、不合格から合格に訂正されるかもしれない。
結局は自分がどう行動し、どう世界と関わるかで「運命」ってものはいくらでも変わりうる。変えられるからこそ積極的に生きようっていう意欲にもなるんだよな。



明日は午前に皮膚科で花粉症の注射を打って、そのまま母さんとモーニングだかランチだか食いにいって、昼頃家に帰って通知を待つ予定。

もう気分が浮ついてしまって、まともに勉強できやしねぇ。
後期の過去問やるのはしんどすぎるから、辛うじて読書あたりで繋いでいる。


いい結果が報告できればいいのだが、ダメならダメでポジティブにいくべ。