変わらない朝の景色が、こんなにもありがたかったこと
森の住人ことはです。
おかえりの森へようこそ。
おかえりの森は、忙しい日常の中でふと立ち止まり、
「わたしはこのままでいいのかな?」
「わたしはどうしたいんだろう?」
と、自分の声が気になりはじめた人が、
食べること、呼吸すること、ヒューマンデザインを通して、
もう一度「わたし」に還っていくための場所です。
わが家のチワワ、そらが
突然、体調を崩しました。
ごはんは、食べられないわけではありません。
けれど、自分からいつものように食べようとはせず、
わたしの手から少しずつあげて、
ようやく口にするような状態でした。
食べることが大好きな、そらくん。
ごはんの気配がすれば、
誰よりも早く反応するような子です。
そのそらが、ごはんに近づこうとしない。
それだけでも、
いつもとは明らかに違っていました。
そして、とにかく動かない。
息が荒く、
からだを縮めるようにして、じっとしている。
以前は、
「本当に犬なのかな」
と思うくらい、
お腹を見せて仰向けになり、
無防備な姿で眠っていたのに。
その日は、からだをこわばらせ、
小さく丸まっていました。
眠りたいのに、眠れない。
横になっても、
楽な姿勢が見つからないように見えました。
犬は言葉で、
「ここが痛い」
「こんなふうに苦しい」
とは教えてくれません。
だからこそ、
いつもとは違う呼吸や姿勢、
目の動きや小さなしぐさを見ながら、
「どうしたのだろう」
「どこがつらいのだろう」
と、こちらは想像することしかできません。
一日様子を見ていましたが、
そらの状態はなかなかよくなりませんでした。
心配になり、病院へ連れて行きました。
レントゲンを撮ってもらったところ、
心臓や内臓には、目立った異常はなさそうとのこと。
診察では腰のあたりに痛みがあるようで、
「腰痛かもしれませんね」
というお話でした。
その日は痛み止めの注射をしてもらい、
家で飲む薬も処方していただきました。
けれど、家に帰ってからも
そらはほとんど動きません。
痛み止めを使っても、
まだ痛みが残っているように見えました。
次の日の朝、薬を飲ませ、
そのまま静かに様子を見ることにしました。
知人のヒーラーさんにも連絡をして、
そらにヒーリングを送っていただきました。
何がどのように作用したのかは、
わたしにはわかりません。
病院での処置や薬、
ゆっくり休んだ時間、
そら自身が持っている回復する力。
いろいろなものが重なったのかもしれません。
お昼を過ぎたころから、
そらの様子が少しずつ変わり始めました。
ほんの少し顔を上げる。
少しだけ場所を移動する。
ゆっくりではあるけれど、
自分から動こうとする。
小さな変化が見えるたびに、
「あ、さっきより動いている」
と、胸の中に少しずつ安心が戻ってきました。
そして、今朝!
そらは、昨日までの様子が
まるで嘘だったかのように、
いつもの動きに戻っていました。
歩いている![]()
ごはんを気にしている![]()
わたしたちの後をついてくる![]()
いつもの場所に、
いつものそらがいる![]()
本人は、すっかりケロッとした顔で、
「えっ? 何かありましたか?」
とでも言いたそうです。
あまりにも何事もなかったような顔をしているので、
思わず笑ってしまいました。
心配で胸がいっぱいだった時間と、
いつもどおりに動くそらの姿。
その差があまりにも大きくて、
笑いながらも、胸の奥がじんとしました。
いつもと同じようにごはんを食べること。
部屋の中を歩き回ること。
安心しきって眠ること。
名前を呼ぶと、こちらを見ること。
普段はあまりにも自然に繰り返されているから、
そこにあるありがたさを
忘れてしまうことがあります。
けれど、その「いつも」が少し揺らいだとき、
変わらない光景が
どれほど大切なものだったのかに気づきます。
特別なことが起きなくてもいい。
今日も同じ場所で、
同じように過ごせること。
それは決して、
当たり前ではないのかもしれないと思った瞬間でした。
元気になってくれて、よかった。
そら、ありがとう。
そらを診てくださった先生も、
力を貸してくださった知人も、
心配してくれた家族も、ありがとう。
そして何より、
またいつもの顔を見せてくれたことが
本当にうれしい。
この光景が、
できるだけ長く続きますように。
そう願いながら、
今日のわたしは
いつもの景色を、いつもより少し丁寧に眺めています。
このブログでは、
わたし自身のからだと心で感じてきたことの記録として
少しずつ綴っています。
気になる言葉があったときに、
必要なタイミングで
ふらりと森に立ち寄ってくださいね。
今日もおかえりなさい、わたし。
ことは![]()



