タイトル:海の見える理髪店
著者:荻原浩
発行:集英社文庫
発行日:2019年5月25日
2016年の第155回 直木三十五賞 受賞作品。
本書には6つの短編が入っており、解説を含め、素晴らしく良い作品だった。
荻原浩さんの他の作品を残念ながら知らないのだけど、
本書の作風は、どことなく切なく、後悔交じりの、人生の流れを辿るような物語が多かった。
収録短編の全部を語ったら、文字数オーバーしたので、
6つのうち4つのみの感想を置いておく。
●海の見える理髪店
主人公が、わざわざ遠く離れた理髪店に予約をして、髪を切ってもらうお話。
形式的には主人公の一人称語りなのだが、
多くは店主の過去の出来事の語りが占める。
店主の話が長いので、「 」ではなく段落や改行で分けられ、独特な雰囲気がある。
主人公はわざわざ遠くのこの理髪店に来た意味。
語られる店主の過去とは。
●いつか来た道
こちらも主人公の一人称で語られるが、『海の見える理髪店』とはまた違う雰囲気のものだ。
「でも、いま会わないと―――後悔すると思うんだ」
弟の言葉で、主人公は16年ぶりに実家に帰り、母と対面を果たす。
主人公視点で語られる過去の母親との出来事。
ずっと過去に縛られてきた主人公が、『いま』の母と出会い、変化する。
P88
来た時には夏はまだ続くのだと思っていたのに、季節がいつのまにか秋に変わっていることを帰り道の私は知る。
母に会った前後で、主人公の感じ方がかなり変わったと示すこの一文!!
なんとなく、国語の教科書的解説を入れたくなる感じ、西の魔女が死んだを思い出した。
●時のない時計
主人公が、父の形見である古い時計を修理するために時計屋を訪れる話。
『海の見える理髪店』のように、修理という作業の中で、店主は自身の過去を語っていく。
過去に縛られ続ける店主。死んだ父の知られざる面を知っていく主人公。
止まったままの時を選んだ店主と、歩き出した主人公。
P204-206(抜粋)
「時計の針を巻き戻したいって思うことは、誰にでもあるでしょう」
私が答えるまで帰さない、という口調で時計屋が言う。
「あなたにだって、あるんじゃないですか」
時計屋が、自分の小さな世界に誘いこもうとするような笑顔を見せた。
少し考えてから、私は時計屋に答えた。
「いえ、ありません」
それでも時計の針は前へ進むためにある。
父から貰ったパタパタ時計のように。
抜粋したせいで、この3ページの本当の良さが伝わらない・・・
是非、主人公の心情変化に立ち会っていただきたい。
●成人式
5年前に娘が死んだことで、前に進めなくなった夫婦の話。
死んだ娘宛てに送られてきた成人式のパンフレットから、主人公は妻に「替え玉成人式」を提案する。
P243
私たちは、同じところを揺れてばかりの悲しみのパラメーターを、どこかで大きく振り切らねばならないのだ。
私と美絵子にも成人式が必要なのだ。
この話・・・泣けたわ・・・
正統派の家族愛って感じ。
紹介できなかった2つの短編含め、どの話も、
主人公の過去や、家族の話に結びついている。
とてもいい解説を斎藤美奈子さんが書かれているので、
本書を読んだ際には、解説まで読んでほしい。
どれも、国語の教科書に載せたい物語だった。
本書にマッチしたイラストは以下からお借りしました!
海の見える高台からの風景イラスト - No: 1170894/無料イラストなら「イラストAC」 (ac-illust.com)
海と、ひまわり。帽子はきっとおかっぱ頭の女の子がかぶってる。
(読んだ人には伝わるはず・・・)
全然関係ないけど、国語の教科書に載っていた、
あまんきみこさんの『白いぼうし』をまた読みたいな。すごい好きだった。