毎日展関係のパーティが続く初日は、日本詩文書作家協会の講演からでした。
観世流能楽師の観世清和氏は観阿弥から数えて二十六代目になります。
観世清和氏のお話しは、分かりやすく楽しく能についてお話しをしてくださり、最後には待謡「高砂」の指導まで^_^❣️
会場がひとつになって朗々と?歌い上げました^_^
{DB86CADD-0D4C-40A2-A4D5-3585E2BC53EE}

第二十六世観世流宗家観世清和
{6AD1CBD1-27E5-4682-BE34-200AC7FB3936}

頂いたパンフレットより抜粋します。

☆歴史  能の歩んだ道☆
日本は古事記、日本書紀の神々と英雄の叙事詩を出発点に、万葉集で抒情詩を、そして世界に先駆けて小説 源氏物語を完成させます。しかし演劇が確立するには、中世まで時間を経ねばなりませんでした。
観阿弥 世阿弥という天才父子によって生まれた「能」という演劇は、現代まで七世紀近く演じ継がれているのです。
室町の将軍たちの優れた美意識もそれを支えました。そして信長も秀吉も家康も能の大ファンでした。
江戸の幕府によって能は国家指定芸能となり、演技の密度をますます高めました。

☆能舞台・・・小さな宇宙☆
能舞台はひとつの哲学を持っています。
「無」の空間にさまざまなドラマが生まれ、それがまた「無」に戻って鎮まるということです。これは「禅」の精神と共通するものではないでしょうか。
 能楽堂という能と狂言の専門劇場が生まれるのは明治からのことです。それまでの舞台は野外または屋外に独立して建てられていました。現在最古の能舞台は、国宝になっている京都 西本願寺のものですが、信長時代の建造物です。

☆能を演ずる人びと☆
能は分業制度によって成り立っています。そしてすべて専業であります。
シテ方と呼ばれる人びとは、まず能の中心です。能面をつける(かける)特権を持ち、神にも鬼にも、女性にも老人にも亡霊にも、あらゆる役を演じます。
ワキ方と呼ばれる職能は、室町時代の末頃に独立したとされています。現実の男性の役だけに扮する専門職。シテが言わば夢幻の、詩の中の人物であるとすれば、ワキは現実を代表するわけで、観客の代表者として古典の夢を見る存在でもあります。

☆能の音楽・・・極限のエイトビート☆
能は音楽性の最も重い演劇であります。謡(うたい)という腹の底から出す、息の強さにすべてを賭けた声楽と、笛、小鼓、大鼓、太鼓というオーケストラと…。
能の音楽は八つのリズムに支配されています。ジャズやロックなどとの対比も面白いでしょう。
第一、四分の三が打楽器なのですから…。
唯一の管楽器である笛も、メロディではなく、実はリズムを吹いているのです。
能の音楽がきわめたのは、リズムの複雑さと、気迫の強さの表現でした。

☆能の演技・・・その幾何学的美学☆
日本舞踊の繊細かつ複雑な指先の表現に比べるまでもなく、能はほとんど手を使わない演劇です。それは常に直線か大きな円運動にとどまるのです。涙を押さえるとか、相手を刀で切るとか、お酌をするとかの具象的な幾何学的演技です。
もっとも豊富な感情表現の顔を能面で覆い、次に伝達能力を持つ指と手の動きを極限まで減らす。それに対し、足の演技は何よりも重要です。舞台をすべる白い足袋の美しさ。「運び」と呼びますが、すり足による体全体が描く舞台の軌跡で、能は大きなテーマを表現しようとするのです。

☆能面・・・能の命そのもの☆
能が創作された時代に、すぐれた能面作家が大勢生まれたのはなんという幸せか…。
能面はいわゆる「仮面」ではありません。能面こそが真実の顔であり、素顔の役は世阿弥の時代から直面(ひためん)と呼ばれました。つまり自分の顔を能面として使えということです。

「オメン」とも「オメンヲカブル」とも言いません。能面は「オモテ」。つまり能面こそがすべてのオモテなのです。

銀座の GSIXに能楽堂が新しくなりましたので、是非観に行って観たいと思います❣️