備忘録的日記PartⅢ-論語入門

8月20日から24日まで…こんな暑い時に五日間、しかも9時~5時の集中講習なんて!!

と渋々出かけた教員免許更新講習でした…


 平成19年6月の改正教育職員免許法の成立により、平成21年4月1日から教員免許更新制が導入されました。

 教員免許更新制は、その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。(文科省HPより抜粋)


だいたい教員免許更新講習なんて正直なところ、自分の授業だけ出勤の非常勤講師の私には必要あり?と思っていて…小・中・高のプロの先生集団と一緒に何をどうしろというの!?という気持ちがあるものの、文科省が決めたことだからイヤでも受けなければならず…しかも高いお金を払って!とりあえず一番近い大学で30時間をこなせればそれでいいと。

講習を終了してから、この安易な選び方に少し後悔しましたが。


(1) 教育の最新事情に関する事項(12時間以上)
(2) 教科指導、生徒指導その他教育の充実に関する事項(18時間以上)

                               (文科省HPより抜粋)


大学の講義なんて30年以上も昔の話で…始まってみれば久々に新鮮な気分!

前半12時間は興味深く聞くことができ、これなら大丈夫と思ったのも二日間だけ。18時間のほうは結構キツイものがありました。


そんな中で『論語』を読み直す機会を得ましたので、さっそく担当教授おすすめの本を購入!

よく知られている言葉を2,3書きとめておきたいと思いましたので…

以下 井波律子「論語入門」より抜粋いたします。


「子曰、我非生而知之者。好古敏以求之者也。」

子曰く、我れは生まれながらにして之れを知る者に非ず。古を好み敏にして以って之れを求むる者也。


先生は言われた。「私は生まれながらにして知識をもっているわけではない。古代の事柄を好み、そのなかから敏感に知識や法則を追究しようとする者だ」。


 孔子は、ここでまず自分の知性すなわち知識や知恵は先天的に備わっているものではなく、後天的な学びによって習得されたものだと言う。ついで、自分は過去の事象(歴史、古典)を好み、その錯綜した累積の中から鋭敏にポイントをつかむことを追究しつづけてきたのだと、その習得の方法を述べる。

 ここでも前条と同様、「古を好み」と、学問の道に進み入る初発の動機として、自発的なインタレスト(興味、面白いと思う心の動き)をあげているのが、注目される。孔子は、「之れを知る者は之れを好む者に如かず。之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず」とも述べており、好むこと、楽しむことを何よりも重視したのである。また、その好ましい古のことも、一切合財うけいれるのではなく、敏感にポイントを把握して吸収しようとする、みずからの姿勢をはっきり示している。まことに自覚的にして主体的な学びの態度である。(第1章17頁より)


「子曰、学而不思則罔。思而不学則殆。」

子曰く、学んで思わざれば則ち罔し。思うて学ばざれば則ち殆し。

先生は言われた。「書物や先生から学ぶだけで自分で考えないと、混乱するばかりだ。考えるだけで学ばないと、不安定だ」。


やみくもに読書をしたり、また先生から次々に教えを受けるだけで、自分の頭で考えないと、つめこんだ知識がふえるばかりで「罔し(くらし)」、すなわち焦点ぼけしてまとまらず、混乱に陥ってしまう。かといって、ただ思索にふけっているでけで学ばないと「殆し(あやうし)」、つまり独善的になって客観的なとらえ方ができなくなり、はなはだ危うく不安定だというのである。学びつつ思索すること、思索しつつ学ぶことのバランスを説くこの発言は、はるか時間を超えて現代にもそのまま通じる知性論、学問論だといえよう。(第1章21頁より)


「子曰、學而時習之、不亦説乎。有朋自遠方来、不亦楽乎」。人不知而慍、不亦君子乎。」

子曰く、学んで時に之れを習う、亦た説(よろこ)ばしからず乎。朋有り遠方より来たる、亦た楽しからず乎。人知らずして慍(いか)らず、亦た君子ならず乎。


先生は言われた。「学んだことをしかるべきときに復習するのは、喜ばしいことではないか。勉強仲間が遠方から来てくれるのは、楽しいことではないか。人から認められなくとも腹をたてない。それこそ君子ではないか」。


…さまざまな形で学んだことを、それが身についた時期に、もう一度おさらいして、自分のものにするのは喜ばしいことではないか。同じように学びの体験を積んでいる友人が遠方から訪ねてきてくれ、うちとけて語り合い共感するのは、楽しいことではないか。こうして学ぶことの喜び、共感できる友人との談笑する楽しみがある以上、世間から評価されなくとも腹を立てない。それこそ「君子」ではないか。なお、君子については、すでに前章で述べたように、もともとは上層階級に属し、美的・倫理的に修練を積んだ人物を指すが、孔子の描く君子像は階層を超え、より広がりをもつ理想的人間像である。(第2章42頁より)




講習ではもっとたくさんの言葉を読み解いていきましたが… 自発的、積極的に学び、学ぶことと思考することが重要だということ。学ぶこと、知ることは覚る(さとる)ことであり悟ることであるということ。楽しい毎日を過ごすための珠玉の言葉がたくさん詰まっていることをあらためて感じ、人生半ばですが、まだまだこれからも向上心をもって前向きに!と思ったのでした(^-^)/