写真は永井隆博士の書で
【如己愛人】 己のごとく人を愛せよ
この長崎の地で医学を学び、
77年前の今日8月9日
ご自身も被爆しながらも
生涯を医療に身を捧げ
病に倒れた後も、
最期まで平和を祈り続けた永井博士。
【如己愛人】この写真を撮ったのは、
今年の2月23日のこと。
お祝い事があり家族で集まっていたところ、
たまたまつけていたテレビで、このことばが紹介されました。
「これうちにあるね」
ちょうどその部屋に、
ずっと前から飾ってあったこの書。
このとき、どうしても写真に収めておきたくて、
食事を終えてからそっと撮りました。
そして、この次の日、
世界中に激震が走ったのです。
私は、永井博士が今もなお、
平和を祈り続けていらっしゃる、
そんな気がしてなりませんでした。
【如己愛人】 己のごとく人を愛せよ
永井博士は、この長崎で洗礼を受けられ、
このことばは、聖書の一節からとのことです。
この書をじっと見ていると、
温かく愛にあふれたやさしさと、
決して揺るがない芯の強さを感じます。
ほんとうに、この言葉のように、
ひとりひとりがそうであれば、
争うことなどないのだろうに、
と思うと同時に、ふと疑問もわきました。
【如己愛人】 己のごとく人を愛せよ
このことばには、
人を愛する前に、「己」自分があります。
「自分を愛するように、人を愛せよ」
私はこういう意味にとらえたのですが、
果たして人はみな自分のことを愛することが
出来ているのだろうか。
そう思うのは、
過去に私自身が自分のことが嫌いで、
とても自分を愛することなどできていなかったからです。
それは、まだ私が若いころのこと。
子どものころから引きずっていた、
いえ、たぶん気づかないふりをして、
やり過ごしてきた想いを
やはり昇華することができず
「こうありたい」
そう思うけれど、できない
そんな自分のことが、また許せなくて、
自分を責めてばかりいました。
仲間や仕事など、とても恵まれていましたが、
心の奥にある、こんな気持ちのままでは、
本当の意味で、芯から幸せにはなれない、
とも感じていました。
だからこそ、自分を好きにならなければならない、
そのためにも「こうあるべき」という自分にならなければと、もがいていました。
そして、そう思えば思うほど、現実は空回りして、ますます自分を苦しめることになるのでした。
今思えば、その頃の私は、
「許せない自分」を
どうにかして負かしてしまいたい、
と自分自身とずっと戦っていたのだと思います。
ありのままの自分を受け入れることができず、
否定し続け、心の中でいつも自分と戦っていた私では、目の前の人を本当に愛することなどできていなかっただろう、と今、思います。
けれど、
不器用ながらも、懸命に生きていた私を
「嫌いだ」と言ってしまったあの頃の自分に、
今、心から謝りたい。
ごめんなさい
平和は、「己」自身から。
自分自身を認め、受け入れ、
心の平和があってこそ、
はじめて目の前の人を認め、受け入れ、
愛することができるのだと
このことばが、あらためて教えてくれました。
そして、ひとりひとりの小さな平和が広がって、大きな大きな平和へと繋がっていくのだと、
私は信じます。
今日は、仕事が終わってからになりましたが、
初めて原爆記念日のこの日に
平和公園を訪れました。
日が暮れてからも訪れる人は絶えず、
そこには、いつまでもいつまでも
祈る人々の姿がありました。
【如己愛人】 己のごとく人を愛せよ
心に留めておきたい言葉です。