書籍レビュー「暴力はどこから来たか?」

 

 

まず、最初になぜ?この書籍のレビューを書こうと思ったのか?を説明すると

 

近年は日本と隣国の関係がにわかに緊迫してきているのはご存じかと思う。

ネット右翼、通称ネトウヨなんて言葉もあるけど(若干私はネトウヨだけど)日本人の民族として存続の危機感を感じる人が増えてきて「ナショナリズム」傾向の人が増えてきている。

 

ナショナリズム、つまり愛国心がある事は結構だと思うが、時にそれは過激になると「レイシズム(人種主義)」になってしまう事がある。

 

ネットを見ると、中国や北朝鮮という言葉に過剰反応して、中国企業が日本に進出すると「侵略だ!」と脊髄反射的に過剰反応しているケースも多く見られる。(最近だと熊本TSMC問題が記憶に新しい、台湾半導体ファブ企業のTSMCの創業者が中国人だというだけで大騒ぎした)

 

また、イスラエルとパレスチナ問題などではニュースを見ればガザ地区の小さな子ども達が空爆に巻き込まれて悲惨な姿になっている映像が流れ、それを見て心優しい人などは自分の無力さからくる自責の念に苛まれ、時に心を病んでしまう人もいる。

 

そんな悲惨な状況を見て、中にはイスラエル軍に強い怒りを感じてしまう人も多いと思う。

 

冷たい言い方かも知れないが、僕はそのようなニュースに余り感情的になるべきじゃないと思っていて、冷静になる事こそが世界平和につながるのではないか?と思っている。

 

というのも、感情的になると問題の本質を見失ってしまうのでは?という気持ちがあるからだ…

 

更にレイシズムのような状態になると収拾がつかず、時にそのようなレイシズムは為政者に悪用され、世界平和と真逆の方向に世論を誘導されかねないとも思っている。

 

イスラエルとパレスチナの問題はレイシズムによる「報復に対する報復」の繰り返しである事は間違いない。

 

この憎しみと暴力の連鎖をどうやって人類は克服すべきなのか?皆さんはどう考えますか?

 

この「暴力はどこから来たか?」は、京都大学名誉教授の山極寿一氏の著書である。

山極教授の専門は霊長類学、人類学者であるので、正にこの書籍のテーマを説明する人物としてうってつけだと思う。

 

学者らしく、感情を排除して冷静な目で霊長類のコミュニティー、または人間の文化、歴史を観察している。

そして、その観察から「人間の暴力の起源はどこから来たのか?」という謎に迫っている。

 

例えばゴリラの「子殺し」について書いている項では、群れのボスが入れ替わった時に新しいボスゴリラは古いボスの子供をその母親ゴリラの目の前で殺してしまう事がよくあるのだと言う。

そして、恐ろしい事に母親ゴリラは全く子供を助ける事なく、時には容認するような素振りを見せる事もあるらしい。

 

その上に母親ゴリラは子供が殺された後に、目の前で子供を殺した新しい群れのボスゴリラと交尾をすると言う。

 

このような話を聞くと「なんて残酷なんだ!人間と違ってゴリラは野蛮な生き物だ!」と感情的に思ってしまいがちだが、これには理由があって、簡単に言うとゴリラの生存戦略だと言う。

 

母ゴリラは子供がいるとホルモンの関係で新しい子供を宿す事が出来ない為に殺すのだという。

 

詳しい説明を本文から引用すると…

「授乳が止まった事によってプロラクチンの抑制が解かれ、エストロゲン量が上昇して発情するようになったと考えられる」

 

つまり、子供がいると授乳の際にホルモン分泌されて発情出来ないので、強く若い新しい群れのリーダーの子供を産むためにやむを得ず子殺しをしているというのだ

人間ではちょっと考えれない事だ…

 

なんて残酷なんだ!ゴリラは自分勝手だ!酷い!と思う人もいるだろう。

 

しかし、人間を少し考えて欲しい。

 

人間は冒頭書いたように、自分達と民族が異なるというだけの理由で、宗教が異なるというだけの理由で、直接的な利害関係の無い、何の罪もない子供たちを殺しているではなかろうか?

 

また、人間の殺戮には制限がないのも特徴で、ゴリラの子殺しはより若く強い子孫を残すという現実的な目的があってされる事であり、最終目的は種の存続であり我儘と言えるだろうか?

 

対するイスラエルとパレスチナの問題は複雑ではあるが「宗教」「領土問題」「人種問題」が原因である。

 

そこには制限がない。

 

「一族郎党根絶やしにする」という言葉があるが、現在のパレスチナ情勢などを見ると分かりやすいが、さながら民族浄化のような状況になっている。

 

ガザの住民は繰り返される空爆と兵糧攻めで住み慣れたガザ地区から放出されようとしていて、残った住民の命も風前の灯である。

 

このままだとガザ地区の住民は根絶やしになる危険性も出てきている。

ここまでする必要があるのだろうか?なぜ?ここまでするのだろうか?

 

こんな事をしても新たな「憎しみ」を生み出し、憎しみのループは無限に繰り返してしまうので、全く合理的ではない。

 

こんな事をする生き物は人間だけだと言える。

人間とゴリラの殺戮はどちらが我がままなんだろうか?

 

山極氏はこのような人間だけが行う理不尽な殺戮には特徴があると言う。

それは全てが人間の「想像力」が作った「概念」が元で始まる殺戮だと言う。

 

例えば、分かりやすいのは「宗教」である。

本来は人間の幸せの為の宗教だが、時に大量虐殺のきっかけになるのも宗教である。

猿に宗教はあるか?と言えば絶対に無い。

神を語る人は多くいるが、実際に見た人はわずかである、宗教はリアルというよりは概念の産物といえる。(全てとは言ってない事に注意)

 

「土地」の概念も人間特有のものであると言う。

例えば、小鳥は止まっている枝が「これは私の枝だ」と主張して、他の鳥と喧嘩になる事があるだろうか?

しかし、人間は本来は誰の所有物でも無いはずの土地を巡って争いが起こる。

実際の地面には土地を示す線などは一切に見当たらない、土地や領土は人間の想像力が作った概念だ。

 

なぜ?土地の概念が出来たのか?山極氏は「家系図」と「農耕の発展」が関係すると言う。

 

実は「家系図」「土地」は農耕文明特有のものだと言う。

事実として、世界中の多くの狩猟民族には「家系図」に当たるものや「土地」に当たるものはないそうである。

 

理由はそもそも狩猟民族は特定の場所に定住しないからだと言う。

その時その時で捕れる獲物は生息する場所が変わってくるために絶えず移動するのが狩猟民族である。

 

また、家系図はそもそも「豊かな農作物が育つ土地」や「備蓄した食物」などを子孫に継承するために作られたもので、やはり人間の想像力の産物だと言う。

 

なので、家系図や土地と言う概念は豊かな土地に定住する農耕文明が想像した概念だと言うのだ。

 

そして、その概念は人間の最大の暴力である「戦争」と関係する。

世界中で大規模な戦争の痕跡が見つかるのは、おおよそ農耕が始まった1万年前以降からだと言う。

日本でも13000年前~3000年前の縄文時代の間

約10000年間は大きな戦争の痕跡は見当たらず、痕跡が見つかるのは農耕が始まった弥生時代以降からと言われている。

 

一般的なイメージとして「狩猟民族は野蛮」であり、狩猟の為に武器を作って、火を使う事を通して、人間の脳みそが大きくなっていったという俗説があるが

 

これは第二次世界大戦後に、戦争を経験する事で得た心の痛手を癒したい世間の雰囲気と、当時レイモンド・ダートが発掘した霊長類の化石に対する間違った報告が元で生まれた一種のプロパガンダの様なものだったそうだ。

 

それに当時のハリウッドが飛びついて「猿の惑星」やら「2001年宇宙の旅」などの暴力的な猿が武器を持ち「智恵」を身に付けたという物語が流行ったらしい。

この辺りの話はめちゃくちゃ面白いので、是非書籍を購入して確認して欲しい。

簡単に言うと私たちは過去のプロパガンダに今も洗脳されている状態だと言う事である。

 

少し脱線したが、このような人間の争いの元になる創造力が作った「概念」には、言ってみるとこれといった「実態」は無い。

 

「宗教」だと「神」を語る人は沢山いるが、実際に見たと言う人は限られる。

「土地」や「領土」の境界線は実際の地面に線が引かれている訳でも無い。

「家系」や「財産」は実際にあるではないか?と言うかもしれないが、動物には「家系」も「財産」も無いので、人間の頭が作った概念なんだろう。

 

特に家族とは異なる血筋が作る共同体概念で、山極氏によると「財産」を共同体間で「非互酬的」に共有するために作りだした概念だと言う。

 

簡単に言うと嫁の借金は旦那の借金であり、嫁の財産は旦那の財産でもある。

また、時には嫁の借金を旦那のお父さんが肩代わりする事もあるだろう。

そこには貸し借りの感覚はなく、非互酬的に財産は共有されている。

 

また、家族の優れた点は本来は不可分である「性」を共有する事が出来る事だと言う。

例えば、お嫁さんは結婚すると両家にとっての所有物となる。

 

こういう事を書くと私が「差別主義者」と思われかねないが、これは書籍に書いてある事だと念の為に注釈を入れておきます。

 

簡単に言うと異なる血筋のA家とB家の財産、また互いの不可分の財産である娘と息子を「夫婦」とする事で、A家とB家で財産を共有できるようにした仕組みが「家族」という概念だと言う。

 

人間はこの「家族」という仕組みを作る事で、猿の「群れ」より巨大で強力なコミュニティを作る事が出来るようになったという。

 

財産も「貨幣」などは分かりやすいが、明かに人間の想像力が作り出した「概念」だ。

現在の「不換紙幣」による「貨幣」は「信用創造」と言って、金、銀を担保にしていた「兌換紙幣」と全く異なり実態は無いに等しい。

 

どれも実際には存在しない、感情を排除して事実を観察すると人間が生み出した概念だと分かる。

そんなドライに生きて何が楽しいと言われそうだが、いくつかメリットがある。

逆に言うとこれらの概念には人間特有の非現実的な「暴力」に繋がるデメリットがある。

 

「宗教」「土地」「人種」「財産」これらは概念だからこそ、それから生まれる「怒り」「憎しみ」には限界が無い。

 

例え話をすると…殴られた時の物理的な痛みは「発痛物質」が無くなれば消えるが…

恋人を失った時の心の痛みは脳が作り出した「概念」である。

言い換えると「妄想」なので、それについて思考出来る限りは「痛み」は無限に膨れ上がってしまう可能性がある。

 

それと同じく「人種」「宗教」「領土」「財産」などで生まれた「怒り」「憎しみ」は概念なので、どこかで歯止めをかけないと場合によっては無限に膨らんでいく。

 

それが時には「一族郎党皆殺し」「子々孫々根絶やし」などの大量殺戮に繋がる事がある。

 

動物はリアルを生きているので「怒り」「憎しみ」があったとしても一瞬のことで、シマウマが自分の子供を殺したライオンを付け回して、あの子の恨みを晴らすとばかりに寝ている隙に殺したとか聞いた事あるだろうか?絶対に無い。

 

それはそもそも、人間以外の生き物には「長期記憶」が余り出来ない事や、文章の文節が作れない為に「文脈」での思考が出来ないからである。

 

想像というのは記憶力と言語力が無いと出来ない事だ。

特に人間の言語は「リカージョン(入れ子構文)」と言って、無限に文節を作る事が出来る為に理論上は無限に妄想をする事が出来る。

 

その妄想は社会に役立つ時は「想像力」と言われ褒めたたえられるが、間違った使い方をするなら暴力や大量虐殺の源にもなる。

 

この人間特有の「想像力」の危険性を説いている著名人は他にも結構いて、私が知る限り「利己的遺伝子」のリチャード・ドーキンス「サピエンス全史」のユヴァル・ノア・ハラリなどである。

 

 

 

多くの著名人が警鐘を鳴らすように、21世紀の私たちが「戦争」に終止符を打ちたいと真に願うなら、人間とは何か?と言う事や、人間特有の能力であり、人類をここまで発展させた「想像力」のデメリットについても真剣に考えていく事が重要ではないか??と個人的には考えている。

 

この「暴力はどこから来た」は、ここで述べた内容以外にも「食物の質と分布と群れの関係」「猿はどうやって?インセストタブー(近親間性交渉)を回避するか?」「母系と父系」など、人間でも起きうる同様の問題を考える上で参考になる話がたくさん載っているので、興味が沸いた方はおススメなので是非ご購入頂きたいと思う。

 

最後に…

 

実は私たち運動指導者はこの問題の事を真剣に考えないといけないと思っている。

なぜなら、私たちの運動指導の仕事内容に密接に関係している問題だと思っているからだ。

「なんで?」と思われる人も多いと思うが、それは書くと相当長くなると思うので別の機会に書こうと思う。

 

興味ある方は「いいね」ボタンをよろしくお願い致します。

皆さんこんにちは!

 

トータルコンディショニング研究会代表の奥川です。

 

さて、一時の体幹トレーニングブームが過ぎ去り、現在は「ファンクショナルトレーニング」「ムーブメントトレーニング」であったり、中枢神経系の疾患に対するリハビリテーション分野の知識も加えた新しいトレーニング理論などもブームとなっているのではないか?と個人的には思っています。

 

より多角的に人間の運動を見る事は素晴らしい事ですが、その流れに個人的に私が懸念を感じるのは

 

トレーニング法にブームがあるのは仕方が無い事かもしれませんが、そのブームの多くは人間の運動を身体機能の一側面にのみフォーカスを当てるものだからです。

 

《ブームの弊害》

 

例えば、いわゆる「プランク」に代表される「体幹トレーニング」は、体幹の「剛性」を高める事に注目をしていました。

ファンクショナルトレーニングは「運動連鎖」にフォーカスしました。

ムーブメントトレーニングは「MOVEMENT」の著者であり、FMS(ファンクショナルムーブメントスクリーニング)の考案者であるグレイ・クックが「基本的運動パターンの修正」の重要性を述べています。

 

 

 

後述しますが…考案者は別として、ブームに乗る側はそのブームでフォーカスしている人間の身機機能の一要素を中心に人間の運動全てを考えてしまう傾向があります。

 

その傾向はともすれば、人間の運動を「全人的」に見る目が疎かにしてしまうのではないか?と言う事です。

 

《コアスタビリティの概念の一部が体幹トレーニング?》

 

そもそも論になりますが、体幹トレーニングの目的としてよく言われる「コアスタビリティ(体幹の安定)」と言う言葉の定義は、私たちのイメージする「体幹トレーニング」と大きく異なるようです。

 

スポーツ整形外科医として著名なKiblerは「コアスタビリティ」の定義として「体幹、肩甲骨、骨盤、大腿部の一連の活動、つまり多関節運動連鎖であり、予測的にも反射的のも効率的に動ける安定性」と記しています。

 

 

つまりは「人間が効率的に全身運動する為の体幹の安定性」と言う事です。

多関節運動連鎖や、予測姿勢制御を思わせる文言もある事からKiblerがコアスタビリティの要素を部分でなくより包括的で、かつ「動きの改善」を含めている事が分かると思います。

 

また、後ほど紹介しますがKiblerは明確にコアスタビリティ能力は、いわゆる体幹トレーニングが求める、固定する能力では無いと言及しています。

 

どうでしょうか?私たちの考える、いわゆる静止した動きの無い「プランク」に代表される「体幹トレーニング」のイメージと随分と違うのではないでしょうか?

 

《いわゆる体幹トレーニングの原点は腰痛リハビリ?》

 

「プランク」の様な静止状態で体幹の剛性を高める、いわゆる体幹トレーニングのルーツは「腰痛リハビリ」の歴史変遷が大きく関わっています。

 

腰痛リハビリは大きく3回変遷しています。

「腹腔内圧理論」➤「後部靭帯系理論」➤「体幹深層筋制御理論」の3回です。

この3回の変遷を経てPanjabiの「脊柱安定化システム理論」や、腰痛リハビリエクササイズとして考えられたMcGillらの考案した「積極的表層筋トレーニング」Hodgesの「深層筋制御理論」を融合して作られた腰痛リハビリのエクササイズを一般向けに紹介したものが、いわゆる「体幹トレーニング」だと思われます。

一体誰が?それを体幹トレーニングとして広めたのか?は具体的には分かりませんが…

医療分野でのリハビリ技術に先見性のある(パクリ?)トレーナーにより、リハビリ技術がそのままアスリートや一般のトレーニング愛好家に転用された例は過去にも多数ありました。

 

例えば、PNFはポリオ症患者のリハビリテクニックでしたが、今はアスリートも多くが実施します。

バランスボールは元々脳性麻痺の子供のリハビリに使われていました。

フォームローラーもアメリカでリハビリに使われていたものを、日本人のトレーナーがアスリートに紹介して広まりました。(そもそもフェルデンクライスメソッドのツールです)

 

 

さて、いわゆる「体幹トレーニング」として普及されたエクササイズの「形」はMacGillのエクササイズ(写真)そっくりですし、理論体系はPanjabiの「脊柱安定化システム理論」やHodgesの「体幹深層筋制御理論」を使っていますので、先に述べた私の予想が多分あってると思います

このように医療分野のリハビリ技術がアスリートや一般スポーツ愛好家のトレーニングに転用される事自体は悪い事では無いのですが、気を付けるべき点がいくつかあります。

その一つはアスリートや一般のスポーツ愛好家の多くは「健常者」であると言う事です。

 

例えば、体幹トレーニングの元ネタの腰痛リハビリは「急性腰痛後の慢性腰痛への移行」を防止するために作られています。

1980年後半に急性腰痛を経験した患者の多くが、体幹深層筋群の事前収縮に収縮遅延や弱化が見られ、それが原因で局所的なストレスが増加して慢性腰痛に繋がっている事が様々な研究により判明しました。

現在の腰痛リハビリはそのような経緯から理論構築され作られたものです。

 

 

つまり、簡単に言いますと腰痛など無く、体幹深層筋群の事前収縮が正常で、ある程度の下部体幹の剛性があるならば、アスリートや一般スポーツ愛好家では必ず実施する事は無いと言う事です。

 

まぁ、健康な人が体幹トレーニングをやっても身体が悪くなる事は無いですし、近年はデスクワーク中心の方が多く、運動量の低下から体幹が弱ってる人が多いので、むしろ効果が出る人の方が多いと思いますが…万人に推奨すべきか?というと少し疑問も残ります。

 

全く健康な一般人のなかには体幹トレーニングの効果を全く感じない人も出てくる事でしょう。

それは栄養が足りない人に「サプリメント」が有効なのであって、栄養が足りている人には効果が無いのと同じ理屈です。

また、同様の理由でクライアントに処方して効果が感じれなかったトレーナーなどの中には「体幹トレーニングは必要無い!」と公言してしまってるケースもあります。

 

まぁ、それも私からしたら「極論」なんですよね。

皆さんもここまで読んでいただいた方なら「体幹トレーニングは要らない」という意見は極論だと感じるのではないでしょうか?

 

だって、そもそも作られた経緯を考えたら万人の為には作られてないからねぇ…必要無い人に効果が出ないと言うだけです。

 

また、そもそも論になりますが前述のKiblerはアスリートに求められるコア・スタビリティについて「スポーツ動作などの運動連鎖の中で四肢末端に最適な力 と動きの産生・伝達・制御を可能とする,骨盤-体幹の 位置と動きを制御する能力とし,体幹をただ固定すれば よいだけではない」と強調したと有ります。

 

つまりは、冒頭に戻りますがメソッドの考案者と言うのは「人間全体」を考えてメソッドを作っていますが、ブームにするにはどこかに「フォーカス」を当てないとインパクトが無いのです。

 

で、大体のブームになるメソッドは人間の運動のどこかに「フォーカス」を当てて流行らせようとしますから、それに素直に乗っかかってしまう人は「全人的」に人間の運動を見れなくなる傾向があります。

 

つまり、体幹トレーニングに関しては「コアスタビリティ」の概念の「切り抜き」

しかも「脊柱安定化システム」に関する部分の切り抜きですから…

 

効果が出る人も多いでしょうが、効果が無い人がいる事なんて「当たり前」なんですね。

 

そういう歴史的、理論的な経緯を知らない人は「体幹トレーニングなんて必要ない!」とか簡単に言ってしまう結末になりかねません。

 

私は一般の方は仕方が無いかも知れませんが…

プロである指導者はもう少し深堀してから発言してみては?と個人的には思います。

 

その理由は最後のまとめに記しますね。

 

《まとめ》

 

トレーニングメソッドのブームは今後も繰り返されるでしょうが、指導者側は安易に繰り返されるブームに流されるのではなく「全人的」に人間の運動を考察する視点を軸(コア)に持たなくてはいけないと思っています。

 

指導者がしっかりと軸(コア)を持てない事には、クライアントも軸(コア)を見失いかねませんからね。

 

トータルコンディショニング研究会では、特に「全人的」「総合的」に人間の健康を考える視点を軸(コア)に持つことを推奨しています。

 

 

参考文献
ファンクショナルトレーニング 渡辺ら著
バランスコンディショニング 阿部ら著
非特異性腰痛の運動療法 荒木ら著

脳卒中の動作分析 金子著
MOVEMENT GRAY・COOK著

こんにちは

トータルコンディショニング研究会の奥川です。

 

私は施術家、トレーナーとして両方の仕事で「姿勢評価」を、割と重視しています。

と言うのも、姿勢と動きは関係無いと仰る方もいらっしゃるかもですが、私は十二分に関係していると思っているからです。

 

さて、姿勢と言う言葉を聞くと「静止状態」をイメージされる方が多いと思いますが、実は「静的姿勢」「動的姿勢」の二種類があります。

静的姿勢は分かると思いますが、動的姿勢とは何でしょうか?

動的姿勢とは「ジャンプ姿勢」などの運動時の切り抜きのような状態の事です。

言われてみたらそうですよね?
私たちは「今のジャンプ姿勢は良かった!」とか知らない内に普通に使っていますが、頭の中で姿勢を考える時にはついつい「静止立位」を考えてしまいます。

 

と言う事で、姿勢という言葉は割と大きな枠組みでして「動的姿勢」などは動きの評価と言っても過言ではないと思います。

なので、姿勢評価は動きと関係無いという事は私自身は無いと思っております。

 

<いわゆる立位での「良い姿勢」はニュートラルポジションのこと>

静止立位での良い姿勢の事を「ニュートラルポジション」と呼びます。
これは車の「ニュートラルギア」から発想されたそうです。


ニュートラルギアは「前」にも「後ろ」にもすぐにギアが入る場所になります。

そこから姿勢のニュートラルポジションも「すぐに色んな方向に重心移動が出来る」姿勢だと考えた人が作った言葉の様です。

姿勢のニュートラルポジションは静止立位が基準になります。

その中でも私は静止立位での骨盤アライメントが重要だと思っています。

以下は座位での骨盤ニュートラルポジションのチェック法です。

 

 

立位も座位と同じ方法でチェック出来ます。



ちなみにこの記事では骨盤アライメントのニュートラルは動画にある
・左右の上前腸骨棘と恥骨結合を結んだ三角形が立位、座位では垂直、仰臥位、背臥位では水平とさせていただきます。

さて、立位姿勢改善の要は骨盤のニュートラルポジションだと思っています。
というのも、骨盤は家で言うなら「土台」になります。
背骨は家で言うなら「柱」になります。
胸郭や頭部は「屋根」かも知れませんが、土台が方向けば柱や屋根も傾くのは自明の理だと思いますが、それを改善する時に屋根だけ直しても土台が傾いたままなら意味が無いように、姿勢が悪い人の骨盤を評価しないで姿勢改善するのは余り意味が無いと思っています。

よくあるケースが「猫背」のクライアントに胸を張る事を指導したり、背中の筋肉を鍛える事を指導するケースですが、結局のところ骨盤のアライメントが悪いのなら家の例えと同じく対処療法的になるので余り意味が無い。

むしろ、骨盤から改善しない事で無理に胸を張り、筋肉を緊張させる事で疲労が溜まりやすくなる可能性が高いと考えています。

さて、静止立位の改善は動的な姿勢においても重要です。

例えば「腰椎骨盤リズム」というのがありますが、これも静止立位で骨盤がニュートラルだから正常なリズムが生じます。

『腰椎骨盤リズム』

⇒ https://ameblo.jp/totalconditioning/entry-12263672722.html #アメブロ @ameba_officialより

 

例を出すと、後屈時の正常な腰椎骨盤リズムは「股関節伸展」→「骨盤後傾」→「腰椎伸展」です。

静止立位で骨盤が前傾している人は相対的に立位では股関節は屈曲状態なので、腰椎骨盤リズムにおいて股関節伸展や骨盤後傾が上手く出ない事が多く、腰椎の伸展に制限が掛かる事があります。

よく運動指導などで「反り腰」の人だから、ブリッジなどが出来るだろうと思って、体幹の伸展動作を見せてもらったら全然反れなかった事はないでしょうか?

それは反り腰の人は骨盤が前傾している事が多いので、正常な腰椎骨盤リズムが出ない事が原因です。

また、静止立位の骨盤アライメントはO脚、X脚にも関係します。

下行性下肢回旋運動連鎖では、骨盤が前傾すると股関節は「内旋」「内転」「屈曲」します。(下のイラストは骨盤後傾)

そうしますと脚は一般的にはX脚のような見た目になりやすいです。

骨盤が後傾すると逆にO脚のような見た目になりやすいです。

この投稿のスライドでは正常な下肢アライメントの方が、骨盤前傾、後傾でX脚、O脚になっている写真が取り上げられていますので是非ご覧ください。

最後に、姿勢を静止したものと考える人は勘違いで「いつでも、どんな時でも骨盤はニュートラルポジションが良い」と思いがちです。

ですが、当然骨盤がニュートラルでない方が良い時は沢山あります。

歩行ではやや前傾の方が前方への重心移動がしやすいので良いと言われています。

お客様の中にもいつでも骨盤ニュートラルが良いと勘違いされている方が時々いらっしゃるので、そのような方々に私は「骨盤のニュートラルポジションとは別名ホームポジションとも呼ぶんですよ」と説明します。

皆さんはパソコンのキーボードを打つ時に「ブラインドタッチ」で打つでしょうか?

私はブラインドタッチで打つのですが、ブラインドタッチの練習時に真っ先に覚えるのが「ホームポジション」です。

必ずホームポジションに指を置いて、そこから実際にはキーを見ないで文字を打つ練習をします。

そして、「ホームポジション」からどれくらいの場所にどのキーがあるのか?を都度フィードバックしてブラインドタッチを習得していく訳です。

姿勢も同じくで、日常では様々な姿勢を取る必要がありますが、骨盤のニュートラルポジションが分かっていると便利なのです。

つまり、パソコンのブラインドタッチと同じく「基準となる場所」があれば、自由自在に変化しても戻るべき場所に戻れる訳です。

パソコンのブラインドタッチももしかすると、めちゃくちゃ位置感覚の良い人ならホームポジション無くても出来る人いるかもですが…普通はあった方が良いですよね?

たまに「立位姿勢が悪くても動けたら良いじゃん」と言う人がいますが、それは以上の理由から難しいと思いますね。

つまり、動く為にも良好な立位姿勢が必要だと言う事なんですね。