TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第3回
なぜ「体幹」が重要だと
言われるようになったのか?
前回のコラムでは、人間は姿勢が崩れてから立て直しているだけではなく、これから起こる運動を予測して、動く前から姿勢を準備しているという話をしました。
いわゆる、予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:APA)です。
そして最後に触れたのが、上肢などを動かす前から生じる体幹深部筋の事前活動でした。
現在では、「体幹を安定させる」「インナーマッスルを働かせる」「モーターコントロールを改善する」といった言葉は、リハビリテーションだけでなく、トレーニングの世界でも当たり前のように使われています。
しかし、ここで一つ疑問が生まれます。
そもそも、なぜ体幹深部筋の事前活動がこれほど重要視されるようになったのでしょうか?
そして、なぜ表層の大きな筋肉ではなく、腹横筋や多裂筋といった深層筋が注目されるようになったのでしょうか?
この背景を理解するためには、現在行われている体幹トレーニングだけを見ていても十分ではありません。
なぜならば、体幹深部筋の事前収縮は腰痛リハビリ(非特異性腰痛)の進化の歴史から発見されたからです。
なので、体幹トレーニングを理解するには腰痛リハビリの文脈を理解する必要があります。
少し時間を巻き戻して、非特異性腰痛のリハビリテーションの歴史をたどってみましょう。
腰痛リハビリの歴史は「脊柱不安定性との戦い」だった
かなり大きく捉えるなら、非特異性腰痛に対するリハビリテーションの歴史は、「不安定になった脊柱を、どう安定させるのか?」を追い続けてきた歴史と言ってもよいでしょう。
その背景にある重要な概念の一つが、機能的脊柱単位(Functional Spinal Unit:FSU)です。
FSUとは、隣接する2つの椎体、椎間板、椎間関節、靱帯などを含めて、脊柱の機能を考えるための最小運動単位です[1]。
脊柱は一本の硬い柱ではありません。小さな運動分節が連続することで、身体を支えながら、同時に動くことを可能にしています。
ところが、椎間板や靱帯などの組織に損傷や変性が起こると、この運動分節の力学的特性が変化します。
「動かなければいけない。しかし、動きすぎてもいけない」
という脊柱特有の問題が出てきます。
脊柱の不安定性は、力学的にはスティフネス(剛性)の低下として捉えられてきました[2]。
つまり腰痛のリハビリテーションでは、必要な可動性を残しながら、必要な安定性をどう確保するのか?という問題が長年追究されてきたわけです。
そして、この歴史をたどっていくと、現在行われている「体幹トレーニング」が、なぜ今の形になったのかが見えてきます。
それだけではありません。歴史を知ることで、「腹圧を高める」「体幹を固める」「インナーマッスルを働かせる」という、一見すると別々に見える方法が、「脊柱をどう安定させるか?」という同じ問いに対して、それぞれの時代が出してきた答えだったことが見えてきます。
最初の答えは「腹圧を高めれば腰椎を守れる」だった
脊柱の安定性を考えるうえで、古くから注目されていたものの一つが、腹腔内圧(Intra-Abdominal Pressure:IAP)です。
腹筋群を収縮させて腹腔内圧を高めれば、腹腔が一種の「支柱」のように働き、体幹の伸展モーメントを補助する。その結果、脊柱起立筋の負担が減り、腰椎への負荷を軽減できるのではないか。
これが古典的な腹腔内圧理論です[3]。

実際、重量物の挙上などでは腹腔内圧が上昇します[4]。また、意図的に横隔膜などを活動させて腹圧を高めることで、背筋群の活動が低下するという報告もありました[5]。
ここだけを見ると、「なるほど。腹圧を高めれば脊柱は安定するのか」となります。
現在でもトレーニング現場でよく聞く、「腹圧を入れる」「お腹を固める」という考え方の源流の一つです。
ところが研究が進むにつれて、この理論だけでは説明できない問題が出てきます。
「腹圧を高めれば安定する」は、本当に成立するのか?
腹腔内圧理論には、大きく二つの問題がありました。
一つは、静的な状況では説明できても、実際の運動になるとうまく説明できないことです。
静的条件では、体幹にかかるモーメントと腹腔内圧との関係を説明できても、動的な挙上動作では同じような関係が成立しないことが報告されました[6]。
さらに、腹筋群を強く収縮させること自体が体幹の屈曲モーメントを発生させます。それを打ち消すためには背筋群も活動しなければならず、結果として脊柱への圧縮力が増加する可能性も指摘されました[7]。
つまり、「腹圧を上げれば、その分だけ腰椎が楽になる」というほど単純ではなかったのです。
そして、もう一つ。こちらは腹腔内圧理論にとって、かなり致命的な問題でした。
必要な腹圧を計算すると、とんでもないことになった
重量物を持ち上げるとき、体幹には大きな外力が加わります。
では、その外力に対抗できるだけの伸展モーメントを、腹腔内圧によって作ろうとすると、どれくらいの圧力が必要になるのでしょうか。
力学的に検討していくと、腹圧だけで大きな挙上負荷を支えるためには、250mmHgを超えるような非常に高い腹腔内圧が必要になると試算されました[8]。
ところが、そこまで腹腔内圧を上げれば別の問題が起こります。腹部大動脈を圧迫し、内臓や下肢への血流を阻害しかねないほどの圧力になるからです。
つまり、脊柱を安定させるために必要とされる腹圧を計算すると、生理学的に現実的とは言い難い。
さらに、バルサルバ動作によって腹腔内圧を上昇させても、椎間板内圧も同時に増加することが報告され、腹圧が単純に脊柱を「免荷する」という考え方にも疑問が生じました[9]。
ここで研究者たちは、別の可能性を考え始めます。脊柱を安定させているのは、本当に腹圧だけなのか?
次に注目された「後部靱帯系」
そこで登場してきたのが、後部靱帯系を利用した安定化という考え方です。
腰椎の後方には、椎間関節包、棘間靱帯、棘上靱帯、胸腰筋膜などがあります。
これらの組織に加えて、大臀筋、ハムストリングス、広背筋、腹筋群などの筋活動を利用しながら力を伝達することで、脊柱を安定させられるのではないか。
特に胸腰筋膜は重要な役割を持つと考えられました[10]。
腹横筋や内腹斜筋などが収縮すると胸腰筋膜に張力が生じ、それによって腰椎の抗屈曲作用や剛性を高める。また、前屈位では後方の靱帯組織そのものが緊張し、受動的に体幹屈曲モーメントへ抵抗する。
つまり、腹圧という「内側から押す力」だけでなく、筋膜や靱帯を含む後方の構造を利用して脊柱を支えるという考え方へ発展したわけです。
しかし、この理論にも問題が残りました。
「大きな筋肉で固めればいい」わけでもなかった
後部靱帯系を利用した安定化には、姿勢による制約があります。
たとえば後方靱帯の受動的な張力を利用するためには、基本的に腰椎が前屈し、靱帯系に十分な張力が生じる必要があります。中間位や伸展位では、同じようには利用できません。
さらに重要だったのが、剪断力の問題です。
脊柱に加わる力は、単純な圧縮だけではありません。椎体同士を前後へずらそうとする剪断力も発生します。
こうした剪断力は、わずかな体幹角度の違いによっても変化します[11]。
そして表層筋を強く共同収縮させれば、すべて解決するわけでもありません。むしろ表層筋群の過剰な共同収縮は、機能的脊柱単位に大きな圧縮負荷を与える可能性があります[12]。
つまり、「腰が不安定なら、とにかく強い筋肉で固めればいい」という考え方にも限界が見えてきたのです。
そして、ここから脊柱安定化の考え方は大きく変わっていきます。
問題は「体幹全体の強さ」ではなく、「分節をどう制御するか」ではないか?
脊柱は一本の棒ではありません。複数の椎骨が連なり、その一つひとつの運動分節が協調して動いています。
だとすれば、体幹全体を大きな筋肉で強く固定することと、一つひとつの運動分節を適切に制御することは、同じではないはずです。
ここで注目されるようになったのが、多裂筋や腹横筋などの体幹深層筋でした。
実験的に受動組織を損傷させ、脊柱のニュートラルゾーンを拡大させた状態でも、筋活動によって分節の安定性が高まることが示されました[13]。
また、多裂筋などの短い分節間筋は、大きな体幹運動を生み出すというより、隣接する椎骨同士の微細な動きを調節し、分節単位の安定性に寄与すると考えられるようになります。
ここで「体幹を安定させる」という言葉の意味が変わってきます。
大きな力で脊柱全体を固めることから、必要な分節を必要なタイミングで制御することへ。
この変化は非常に重要です。
脊柱を安定させるのは「筋肉」だけではない
そして1992年、Panjabiは脊柱の安定性をさらに包括的に捉えるモデルを提示しました。
脊柱の安定化システムを、
① 受動的サブシステム
骨、椎間板、関節、靱帯など
② 能動的サブシステム
筋・腱など
③ 神経制御サブシステム
感覚情報を受け取り、必要な筋活動を調整する神経系
という3つのサブシステムの相互作用として捉えたのです[14]。

これは、それまでの議論とは少し意味が違います。
脊柱の安定性を、「どの筋肉が強いか」だけでは説明できなくなったからです。
受動組織の状態を感知し、必要な安定性を判断し、適切な筋を、適切な強さで、適切なタイミングに活動させる。
つまり脊柱の安定性とは、構造と筋力だけではなく、神経系を含めた「制御」の問題として捉えられるようになったわけです。
これが、体幹深層筋制御理論へとつながっていきます。
次回・最終回
体幹深層筋制御理論と、
体幹深層筋の事前収縮の発見へ
なぜ体幹深層筋の特異的なトレーニングが必要なのか? また、体幹深層筋制御理論の限界と体幹トレーニングの現在地を紹介いたします。
参考文献
[1] Junghanns H, Schmorl G. The Human Spine in Health and Disease. Grune & Stratton, New York, 1971.
[2] Pope MH, Panjabi M. Biomechanical definitions of spinal instability. Spine. 1985;10:255-256.
[3] Bartelink DL. The role of abdominal pressure in relieving the pressure on the lumbar intervertebral discs. J Bone Joint Surg Br. 1957;39-B:718-725.
[4] Kumar S. Physiological responses to weight lifting in different planes. Ergonomics. 1980;23:987-993.
[5] Wedin S, Leanderson R, Knutsson E. The effect of voluntary diaphragmatic activation on back lifting. Scand J Rehabil Med. 1988;20:129-132.
[6] Marras WS, Joynt RL, King AI. The force-velocity relation and intra-abdominal pressure during lifting activities. Ergonomics. 1985;28:603-613.
[7] McGill SM, Norman RW. Reassessment of the role of intra-abdominal pressure in spinal compression. Ergonomics. 1987;30:1565-1588.
[8] Hemborg B, Moritz U, Lowing H. Intra-abdominal pressure and trunk muscle activity during lifting. IV. The causal factors of the intra-abdominal pressure rise. Scand J Rehabil Med. 1985.
[9] Nachemson AL, Andersson BJ, Schultz AB. Valsalva maneuver biomechanics. Effects on lumbar trunk loads of elevated intraabdominal pressures. Spine. 1986;11:476-479.
[10] Gracovetsky S. The Spinal Engine. Springer, New York, 1988.
[11] Macintosh JE, Pearcy MJ, Bogduk N. The axial torque of the lumbar back muscles: torsion strength of the back muscles. Aust N Z J Surg. 1993;63:205-212.
[12] Mirka GA, Marras WS. A stochastic model of trunk muscle coactivation during trunk bending. Spine. 1993;18:1396-1409.
[13] Kaigle AM, Holm SH, Hansson TH. Experimental instability in the lumbar spine. Spine. 1995;20:421-430.
[14] Panjabi MM. The stabilizing system of the spine. Part I. Function, dysfunction, adaptation, and enhancement. J Spinal Disord. 1992;5:383-389.
「体幹モーターコントロール」金岡編著 中外医学社
「非特異性腰痛の運動療法」荒木著 医学書院
※本コラムは教育目的の一般的な解説です。個別の評価・治療・運動処方を目的としたものではありません。

