【トータルコンディショニング研究会 原点回帰の理由(第1回)  ——知識が増えるほど現場で迷う…】

 

 

今回から3回に分けて、トータルコンディショニング研究会が、これまでの「セミナー中心」の活動から、当初行っていた「勉強会中心」のスタイルへと、なぜ今このタイミングで“原点回帰”しようとしているのか、その理由についてお話ししていきます。

 

その前提として、まずお伝えしたいのは、私たち運動指導者を取り巻く学習ジャンルの「多様化・複雑化」です。


■ 12〜13年前のトレーナー像と現在の違い

 

トータルコンディショニング研究会を立ち上げたのは、今から約12~13年前になります。当時のトレーナーに求められていたのは、主に「ストレングストレーニング(筋トレ)」の知識でした。それさえしっかり押さえておけば、ある程度の仕事はこなせる、という雰囲気があったように思います。

そのうえで、バランストレーニングやSAQ(スピード・アジリティ・クイックネス)トレーニング、あるいは体幹トレーニングが少しずつ注目されはじめ、そういった知識やスキルを身につけているトレーナーは、アスリート対応やパーソナルトレーニング、チームトレーナーなどの現場でも重宝されていました。

 

当時は、「体幹を鍛えれば強くなる」といった言説がようやく浸透し始めた時期で、その段階でこれらの複数分野をカバーしていれば、かなり優れたトレーナーという評価を受けていたと思います。


■ 増え続ける専門領域と複雑化する学び

 

しかし、それから10年以上が経過した現在、状況は大きく変わりました。

今では、ストレングスや体幹トレーニングに加えて、「コーディネーショントレーニング」や「ムーブメントトレーニング」といった、より神経科学や運動連鎖をベースにした知識・手法が注目を集めています。

 

これらは、特に理学療法の世界で発展してきた運動学の知見と強く結びついており、近年ではこれらを知らなければ特段「専門的」とは言えない時代になってきました。

 

さらに、「機能的な身体操作」「動作の質」に目を向ける機会も増え、単に筋力を高めるだけではなく、「どのように動くか」「どう効率よく動作を学習させるか」まで踏み込むことが求められています。

 

そして現在では、ギブソンのアフォーダンス理論の知見を取り入れた「エコロジカルアプローチ」など、従来の運動学とは異なる枠組みでのトレーニング理論も登場しています。

これらの理論では、従来よりも「感覚と環境との関係性」を重視する内容になっています。

 

 

特にサッカーの世界では、このエコロジカルアプローチがかなり広まりつつある印象があります。


■ 「ボディメイク」や「徒手療法」などの融合

 

もうひとつ、12〜13年前とは明らかに違うのが、トレーナー業界において「ボディメイク」や「徒手療法」といった分野が大きく台頭してきたことです。

 

「ベストボディ・ジャパン」や「フィジーク」などの大会ブームによって、筋肉質でかっこいい身体づくりへの需要が高まり、トレーナーにもボディメイクの知識やスキルが強く求められるようになりました。

 

また、筋膜リリースや関節モビライゼーションといった徒手的アプローチを取り入れ、「まず身体の状態を整えてからトレーニングを行う」というスタイルが主流になりつつあります。

 

これらの流れに私自身は違和感はありません。

なぜなら私は、15年以上前から徒手療法とトレーニングを組み合わせた指導を行ってきたからです。

 

しかし、これまでトレーニング一筋でやってきたトレーナーにとっては、少なからず戸惑いがあるかもしれません。

 

さらに、徒手療法の世界自体もここ数年で複雑化が進んでいます。

 

たとえば、「筋膜リリース」が主流だった時代から、「筋膜マニピュレーション」などの手法が広がりを見せ、理学療法士の間で急速に普及しています。


■ 神経科学だけでは足りない「認知科学的」視点

 

人間の運動を解明するためには、単に脳神経系の知識だけでは不十分だという意識も、近年ますます強まっています。

 

そこで注目されているのが、「認知神経リハビリテーション」など、生態心理学や認知科学の視点を取り入れた新しいリハビリ手法です。

 

これらは、運動制御の理解に「感覚」「知覚」「環境との相互作用」などを組み込み、脳と身体を一体的にとらえようとする試みです。

 

更にはこれらの運動制御システム自体にも新しい考え方が採用されています。

それは元よりデザインされたシステムが人間に組みこまれていると言うよりは、環境であったり、経験の中から「自己組織化」されると言う理論です。

 

代表的なものは「オートポイエーシス」になります。

そのように、これまでとは異なる角度から運動やリハビリを見直す必要がある中で、トレーナーにもこのような新しい視点が求められる日が刻一刻と近づいていると私は感じています。

 

 


■ セミナーも細分化・高度化し、「学び迷子」も増加

 

このように、運動指導者に求められる知識・技術は年々、複雑化・細分化し、さらに高度化しています。

 

当然、それに連動するように、セミナーも同じく複雑・高度化しています。

 

一つひとつのセミナー内容が専門的になる一方で、それぞれのセミナーがカバーする範囲はどんどん狭くなってきており、「何をどの順番で学べば良いのか分からない」「どの講師のセミナーを受けるべきか迷う」といった“学びの迷子”が増えているように感じます。

 

10年以上前の段階でも、すでに「どの資格を取れば良い?」「どの団体に所属すべき?」と迷う人は少なくありませんでした。

 

今後はさらに複雑化、高度化、していく事が考えられますので、そうした「セミナー難民」が更に増加することを私は懸念しています。


■ 学問の宿命と分業化の課題

 

このような「専門領域の複雑化と高度化」は、なにも健康産業や運動指導業界に限ったことではありません。

 

たとえば物理学を例に取ると、かつてはニュートン力学という比較的シンプルな理論からスタートし、そこから一般相対性理論へと進化し、さらに現代では量子力学が最先端のテーマとなっています。

 

学問というのは本質的に、時代とともに分野が細分化され、内容が複雑になり、そして高度化していくものです。

 

それはある意味で、避けられない「宿命」でもあるでしょう。

 

そのような状況では、当然「一人ですべてを網羅する」のは不可能になっていきます。

そのため、多くの分野では自然と“分業”が進みます。たとえば理論物理学の研究者と、実験を専門とする研究者は分かれていても、特に問題は生じません。


■ 運動指導の世界では「分業」が難しい現実

 

しかし、私たちが向き合っているのは「人間の身体」という非常に複雑で多様な存在です。

トレーナーや施術家といった現場に立つ者は、「理論だけを考えていればよい」というわけにはいきません。

 

というのも、目の前のクライアントは解剖学も神経科学も、心理学や認知科学も、すべてを包括した存在、つまり「人間」なのです。

 

理論上正しいだけでは不十分な訳です。

目の前のクライアントという世界でたった一人の人間に対して「成果」が出せるというのが、我々の業界の現実です。

 

その為にはスペシャリストであってもゼネラリストの視点も必要だと思います。

 

つまりは「全体を見渡す俯瞰力」と「専門を繋ぐ横断的な知識」です。

 

すなわち、トータルコンディショニング研究会のコンセプトでもある「人間全体を見る能力」を持つことは、近い将来には特別な能力ではなく“必須条件”になると思っています。


■ 次回予告:なぜ原点回帰なのか?

 

このように、運動指導業界は年々、高度化・専門化の一途をたどっています。

それはある意味、進化でもありますが、一方で「何をどう学ぶべきか」「どこに帰ればよいのか」が分からず、学びに迷い、疲弊する人も増えています。

では、なぜ今トータルコンディショニング研究会は「原点回帰」という選択をするのか?

次回はその理由について、創設当初の活動を振り返りながらお話ししたいと思います。