・痛みは学習される
また、痛みは学習して癖付けることができます。つまり、反復練習により痛くなるのが上手くなるのです。ちょうど、 行動を繰り返すことで、動作の癖が定着していくのと同じです。繰り返し痛みを感じることで、刺激が加わること で"脳の溝"が深まり、より少ない刺激で痛みを感じることができるようになります。
腕を挙上する度に 肩を痛めるとしましょう。損傷と痛みを作り出すことになります。これ 繰り返すと、動きの神経活動と痛みの神経活動が同時に起こります。もっと繰り返すと、この挙上の動きと痛みが紐付けされます。そうなってしまうと、損傷が治癒したとしても挙上の動きは引き続き痛みを伴うかもしれません。なぜなら、脳内で動きと痛みが強く結び付いているからです。
これは 何も動作に限ったことではないと思います。職場環境や視覚、聴覚、思考でさえ、痛みとリンクする可能性があります。もし、職場で毎日腰痛を感じることが数年続いたとしたら、その職場にいるだけで痛みの閾値は下がることでしょう。
最も極端な例では、CRPSがあげれます。 痛みのある部位を動かすことを考えただけで痛みを感じるのです。
誰しも、思い出の曲を聞くと、ある種の感情がわき上がってきたり、身体感覚がよみがえってくることを経験したことがあると思います。痛みについても同じようなことが起こるといえると思います。
・ボディーマップ
正確なボディーマップが良い身体ポジションや運動を知覚するのには重要です。 慢性痛を有する人々にとってはそれらが障害されていると言われています。
例えば、
背部の輪郭や脊柱の位置
二点弁別域
身体部位の左右の識別
外乱刺激
骨盤や腰部のコントロール
などです。慢性痛患者は知覚と運動を支配するエリアの脳構造に変化を来していると言われています。
・身体感覚の影響
ラバーハンド錯覚という現象があります。
偽の手を自身と認識し、自身の手を無視してしまうのです。当たり前だと思っている、自己、非自己の認識も絶対ではないのです。
興味深いことにラバーハンド錯覚の影響下にある本当の手の血流は減少しているといいます。また、免疫機能にも影響を与え、炎症反応が起こり易くなっていると言います。
このような状態は何も錯覚の影響を受けた場合だけではありません。慢性腰痛患者は背部の輪郭の知覚に問題を生じますし、CRPSの患者は罹患した部位 (その周辺のスペースさえも) を無視してしまうし、血流の変化も生じます。
自己の感覚といのは単純なものではなく、影響を受けることがあるのです。
・感覚と運動のミスマッチ
運動を起こす際に脳は必ず、その運動の結果を予想しているといいます。 常に予想と結果は比べられています。予想と結果が常時ずれることをセンソリーモーターミスマッチと言います。慢性痛患者のミスマッチを助長させると疼痛は増強し、ミスマッチを是正すると疼痛は軽減するそうです。
以下のようにミスマッチを作り出すことができるといわれています。
右手と左手の間に鏡を置き、右手を鏡の背面に、左手が鏡側になる様に設置します。右手は鏡の死角になり見えません 。見えるのは鏡に写った左手です。 あたかも鏡に写った左手は右手のように見えています。
左手は動かしません。そこで、見えていない右手を動かしてみます。動かしているはずなのに目に見える右手(鏡に写った左手)は動いていません。 ミスマッチです。違和感を覚えることは容易に想像できますが、痛みを感じる人もいます。線維筋痛症の方にこの実験をするとかなりの割合で痛みが増強するそうです。
サーマルグリル錯覚も有名です。 これは熱い部分と冷たい部分(どちらも中程度)が格子状に並んでいる場所に手を置くと、痛みを伴う焼けるような感覚を覚えるというものです。どうやら脳が混乱するようです。
運動と感覚のミスマッチを解消するのが恐らく“良い状態”につながると考えています。
まずは自分がどんな状態であるか体で理解することが大事だと思います。たとえ、それが外から見て望ましい状態とはいえなくても。例えば、肩が100°しか挙上できないとします。それが、本人の体の理解として160°挙がっていると感じているとすれば、そこに感覚と運動のミスマッチが起こっています。まずは100°までしか挙上できない状態を認識できることが重要と考えます。自分をなるべく正確に知ることが不必要な痛みや不快感を改善するには大切と考えています。
●まとめ 〜痛みや不快感が無い状態は良い〜
痛みや不快感は基本的には体の機能や構造に不具合があること知らせる「警告」の役割があります。また、危険にさらされる恐れがあると神経系が判断した際の「叫び」という側面があることも知っておいて良いと思います。ですので、損傷の度合いと痛みの度合いは必ずしも一致するとはいえません。
当たり前ですが怪我があるときは痛いものです。逆に痛みが無いと怪我があるにもかかわらず動かし、更に破壊しています。介入によってクライアントが自らの体にアジャストして正確な痛みを感じられる様になるのは大事なことです。怪我がないのに痛いのは困りものですが、正しく痛がるのは良いことでしょう。
私は痛みの原因を必ずしも同定しなくて良いと考えています。痛みの原因を正確に突き止めることはそんなに簡単なことではない様に思います。この観点は自分がクライアントの痛みの原因を「知った気になっている」という過信を防ぐことにもなります。
痛みや不快感が無い状態をつくるのは簡単では無いかもしれません。その状態に近づくには、運動と感覚のミスマッチを是正し「動きに多様性があり、体全体がチームとして働いている」状態に近づくことが大切だと考えています。
【執筆者紹介】

宮井健太郎先生
1977年生まれ
2001年 理学療法士資格取得
以後、老人総合病院、老人保健施設、老人ホーム、小児病院、スポーツ整形外科、一般整形外科にてリハビリテーションに関わる
2006年 ロルフィングプラクティショナー認定
2010年 フランクリンメソッド エデュケーター認定
2014年 ロルフィングムーブメントプラクティショナー認定
現在、東京 有楽町線・副都心線 小竹向原駅近く、東久留米市内にて、ロルフィングとボディーコンディショニングを行う
日本ロルフィング協会会員
