皆さん こんにちは TC研究会 理学療法士の梅澤です。
今年度は 『触察』と『川平法』のセミナーを4回開催させて頂いており、残すところ 最後の1回となりました。 特に触察に関しては、クライアントの身体に触れる仕事をする上では最も必要な技術の一つであると言っても過言ではないと思います。そして様々な技術の基礎となっており、もう一つのセミナーである川平法もしかりです。例を挙げると 川平法では歩行しながら中殿筋や腸腰筋に促通をしていくのですが、目的とした筋を正確に触察できなければ、期待した治療効果が得られなくなってしまいます。
そして、今回のコラムの内容は 基礎である触察の“もと”となる“解剖学”についてです。何ごともそうだと思いますが“本質”を知ることが重要であり、人間の運動の原理原則は“解剖学”ですよね。
解剖学とは “身体の形態と構造” を研究する学問です。身体は複数の器官が集まって構成されており、器官とは生体を構成する“組織=細胞集団”の単位が組み合わさった一つの“臓器”です。各器官には 「 消化器 循環器 呼吸器 泌尿器 生殖器 内分泌器 感覚器 神経器 」 そして 『 運動器 』 などがあります。 これらすべてをマクロからミクロへと解明するのが解剖学です。 今回は その中でも 人間の 運動・動作・行為の実行器官でもある 『運動器の解剖学』 に限定して述べていきます。
我々人間が自分の身体を自由に動かせる前提条件して運動器が存在しています。運動器は運動を可能にする形態と構造を有しており、“骨”“関節”“靭帯”“筋”のことを指します。
まずはこの解剖学の歴史についてですが、医学としての解剖学は16世紀のルネサンス期のボローニャ大学に始まり、1543年にヴェサリウスが『人体の構造』を出版しました。また、この時代には かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの『人体解剖のスケッチ』が描かれています。レオナルド・ダ・ヴィンチは運動器の形態と構造を理解したうえで絵画を描いています。その中の1枚が<図1>に示しており、手掌を上に向けると前腕の2本の骨が平行になり、手掌を下に向けると2本の骨が交叉する仕組みが描かれています。この動きは橈骨と尺骨による前腕の回旋運動と呼ばれるが、これによって手掌を様々な空間に置くことができ、人間に特有な形態と構造であり、レオナルド・ダ・ヴィンチがこの秘密を解き明かしたことを示しています。私も学校の解剖学の講義を受けるまでは前腕にこの様な動きがあることを知りませんでした。というより橈骨と尺骨の2本あることも知らなかったようにも思います。このルネサンス期はそれ以前に殆ど行われていなかった人体解剖が頻繁に行われるようになり、解剖学の発展とともに絵画のリアルで美しい人物表現を可能にしました。

< 図1 レオナルド・ダ・ヴィンチによる“前腕の骨運動のスケッチ” >
さらに、1632年のレブラントが描いた<図2>の『テュルプ博士の解剖学講義』では、テュルプ博士が前腕部の2つの筋をハサミの先端でつまみ上げている。1つは長母指屈筋でもう1つは触察セミナーでも出てきた深指屈筋です。この絵画で示しているのは、筋の付着部(起始と停止)を確認したうえで、筋が手のどのような関節運動に作用するかを確認していることである。注目すべきは、テュプル博士の左手が母指を曲げて示指と「対立運動」をしている点で、長母指屈筋や深指屈筋の解剖上の所見と、筋収縮によって生じる現実の対立運動とが比較されている。加えて、ハサミを持つ右手も対立しており、そうした道具使用に長母指屈筋と深指屈筋の筋作用が不可欠であることをレンブラントが強調していると解釈できる。

< 図2 レブラントによる“テュプル博士の解剖学講義” >
18世紀になるとベルナルド・アルビヌスが身体を皮膚の表層から深層へと描いた立体的な解剖図の本を出版。
19世紀初頭の1804年にはスカルパが詳細な解剖図の本を出版し、その一枚である頚部と上腕の図には靭帯、腱、筋、動脈、皮膚の層などが精密に描かれた。そして、1858年に『グレイの解剖学』が出版され、この本は医学における権威ある教科書となり、現在でも世界標準の地位を保持している。つまり、19世紀中期に運動器の解剖学は確立されたのである。
当時の解剖学者たちは皮膚で区切られた身内の内と外をつなぐ “まなざし” をもっていた。物理的な骨-関節-筋を『運動』という概念でつなぐ思想の誕生である。
解剖学の歴史をある程度理解して頂いたところで、ここからは運動器における解剖について具体的な内容を簡潔的に述べていこうと思います。
身体は体幹と四肢で構成されており、他の脊椎動物と同様に左右対称形で、これが変化することで『姿勢』がつくられる。そして体幹の内部には生命維持に必要な各種の内臓と中枢神経が収められ、四肢(体幹にも存在するが)は骨、関節、靭帯、筋、血管、神経、皮膚、爪などから構成されている。
“骨”について
“骨”は“骨格”を形成する。骨格とは関節で結合した複数の骨および軟骨によって構成される構造で、昆虫や甲殻類のような「外骨格」と脊椎動物や人間のような「内骨格」がある。

骨は身体の支持器官であり、骨の連結構造が運動の可動性を決める。また、骨がなければ重力に対抗した座位や立位が保持できない。骨には筋が付着しており、筋が収縮すると骨に物理的な力が加わり「関節運動」や抗重力的な「身体の移動」が生じる。骨がなければ軟体動物のような地面に貼りついた動きになってしまう。
骨は一般的に「長骨」「短骨」「扁平骨」「不規則形骨」といった形状で分類され、四肢の骨には長骨が多く、細長い管状の形をしている。その中央部を「骨幹」、両端を「骨端」という。この骨端部が他の骨と関節を形成し「関節軟骨」となっている。
骨の表面は「骨膜」で包まれており、内部に「骨質」と「髄腔」がある。骨質は骨の硬さを保ち、髄腔は造血作用がある。また、骨膜と骨質はシャーピー線維という結合組織によって強く結合している。骨質は表層部の「緻密質」と深部の「海綿質」がある。海綿質の力学的な密度の配列を「骨梁」という。
“関節”について
“関節”は骨の連結器官であり、運動の空間性をもたらす。つまり関節の形態と構造によって運動の方向性と可動域が決まる。通常、一方の骨の骨端部が凸面をなし、もう一方の骨端部が凹面をなしている。凸面を「関節頭」、凹面を「関節窩」そいい、その間を「関節面」という。関節面は「関節軟骨」で覆われていて滑りやすい。
また、関節を線維性の「関節包」が取り巻いており、その内部に「関節腔」を形成する。
関節包の内面は「滑膜」で覆われ、「滑液」を分泌する。滑液は潤滑油のようなもので関節運動時の摩擦を軽減する。関節包の外面には感覚受容器があり、関節運動の位置を脳に伝達する。
関節腔の関節面には「関節半月」や「関節円板」と呼ばれる線維軟骨性の輪状のヒダが介在する場合もある。関節腔の隙間を満たし、関節面の微妙な動きを誘導し関節に加わる力をショック吸収する働きがある。
また重要なこととして、関節は運動器であると同時に空間を探索する感覚器としての役割を有している。それは関節包に存在する感覚受容器が関節運動の位置や動く方向性を情報として脳に伝達するからに他ならない。それによって、目を閉じていても、自己の身体がどのような姿勢をとっているか、四肢がどのような位置にあるのかがわかる。また、手足で物体に触れると身体周辺のどこにあるかもわかる。人間は関節運動を介して、自己の身体空間と身体周辺空間の両方を知ることができるのである。
“靭帯”について
“靭帯”はラテン語の“ligare=縛る”に由来しており、関節の保護器官で運動の安定性を与える。すなわち、関節運動における「自動安全装置」のようなものである。但し、靭帯の緊張は意識的にコントロールできない。靭帯は関節に密着しており、通常は関節包の外にあるが、関節包内にあるものもある。
全ての靭帯は関節運動の可動性が過度に生じても関節窩から骨頭が脱臼しないように、骨運動に急ブレーキをかける役割を果たしている。特に、急ブレーキであって、段階的なブレーキでないことが重要である。靭帯が筋収縮による運動中の関節運動を妨害することはない。あくまでも正常な関節運動の可動域を超えた瞬間に強く緊張して関節を守る働きである。例えば、走っていて転び足首を捻挫しそうになる時、その過度で急激な動きを靭帯が限界で止める。しかしながら、衝撃が強すぎれば靭帯が切れてしまうこともある。これが靭帯損傷である。
また靭帯も筋と同様に起始停止がある。通常は弛緩しており、安静時の関節は比較的ルーズで固定されていない。そのため他者が他動的に骨頭を動かすと、どの方向にも少し動く。このことを『関節の遊び(joint play)』という。逆に何かの原因で関節拘縮の状態になると靭帯が関節包に癒着して伸縮性を失い、関節の遊びがなくなり可動域に制限が生じてしまう。
靭帯について簡単にまとめると、2つの作用があり、1つは今も述べた正常な可動域を超える運動に対して緊張して急ブレーキをかける保護作用で、もう1つは関節の構造として規定されている運動方向以外の運動が生じないようにする固定作用である。
この保護作用と固定作用により、常に関節頭は関節窩の中心との接触関係を維持し、それぞれの関節の構築学的な特性に応じた多方向への骨運動を行うことが可能となっている。
本来、関節の連結性は不安定であり、靭帯の緊張は関節の「可動性」よりも「安定性」に大きく寄与していることが理解できる。
“筋”について
“筋肉”には“骨格筋=体幹や四肢の横紋筋“と”内臓筋=横隔膜、食道などの横紋筋 と 血管、心臓などの平滑筋“がある。横紋筋は「随意筋」で、平滑筋は「不随意筋」である。随意筋とは意思によって筋収縮を起こせることである。
そして、“筋力”は筋線維の走行、腱の長さ、生理的横断面、関節角度などによって変わるが、特に生理学的断面が重要であり、これにより絶対筋力が決まっている。つまり筋線維の横断面積が大きいと絶対筋力が強いということである。そして、筋の生理学的横断面1㎠あたりの筋力は4㎏/㎠であり、男女あるいは個人により筋力は違うが、1㎠あたりの筋力は同じである。
筋力増強は筋線維の直径が増して全筋線維の横断面積が増えることで、筋線維の数が増すことではない。また、筋の生理学的横断面の増加を「筋肥大」、減少を「筋委縮」という。
また、筋はどのような運動を行うにあたっても「収縮」する。筋収縮の逆を「弛緩」といい、収縮・弛緩共に“神経系”によって制御されている。その脊髄の運動神経は複数の「筋線維」を支配するが、その筋線維の数は各神経で異なる。したがって、筋が運動の実行器官であるのは、正確には運動の力源という意味に限定される。
人間の意図的な運動を「随意運動」といい、神経系が複数の筋の収縮力を調節し、随意運動を空間的、時間的、強度的に制御して「行為」を生み出している。筋は神経系の支配下で運動を表現しているのである。
そのため「筋線維」には「筋紡錘」と呼ばれる感覚受容器が付いていますし、腱にも「腱紡錘」と呼ばれる感覚受容器が付いている。神経系である脊髄の運動細胞が活性化すると遠心性に筋線維が収縮するが、筋紡錘や腱紡錘は筋線維の「張力情報」を求心性に脊髄にリアルタイムに送っている。つまりは、筋は運動器官であると同時に、運動制御に寄与する感覚器官としての役割も有しているのである。
今回もコラムを読んで頂き、本当にありがとうございました。
今回の内容は触察に関連する『解剖学』についての内容でしたが、次回も11月8日の開催予定の『体幹の触察』セミナー に関連する “脊柱” についての内容をお届けしたいと思いますので、是非楽しみにしていて下さい。
*コラムは2020年のものでセミナーは既に終了しております。
<参考文献 人間の運動学 協同医書出版社>