【あらまし】

「年はいくつにかものしたまひし」との源氏の問いに、

「十九でしたでしょうか。私は、姫様とは乳母子(めのとご)の間柄でしたが、乳母である私の母が早くに亡くなったので、三位の中将様に可愛がられて、共に育てられました。そのご恩を思いますと、どうして生きておられましょう。

思いますと、「いとしも人に」、どうしてこうも慣れ親しんでしまったのか、と悔やまれます。

頼りげのないお人を頼りに過ごしてきたことです。」

 

源氏も切ない気持ちで、

「女は頼りなげなところが、可愛いのだ。しっかりしていて、男の言いなりにならないようなのは、よろしくない。

私自身、要領がわるく、しっかりしていない性分なので、ことさら女は従順で、どうかすると男にだまされそうでいて、しかし慎みがあって男の言うことに従うような、そういう女に親しみを覚える。自分の思い通りにしつけ直したら、一緒に暮らしたいと思うであろうよ。」

 

源氏は、いつぞや長雨の夜に、男四人が宮中の源氏の居室で女談義にふけった時、だれかが勢いぶって垂れたような能弁を、さも自分の弁のように吐露しました。

 

「そういうことでしたら、夕顔さまはぴったりのお人でございました。残念なことでございます。」 そう言って、右近は泣きました。

 

 

【本文】

「十九にやなりたまひけむ。

"I believe my lady was nineteen.

 

右近は、亡くなりにける御乳母の捨て置きてはべりければ、三位の君のらうたがりたまひて、

Her nurse's death left me an orphan, and when I remember now how kind my lady's father was, 

 

かの御あたり去らず、生ほしたてたまひしを思ひたまへいづれば、いかでか世にはべらむとすらむ。

and how he brought me up with his own daughter, I hardly know how I shall go on living.

 

いとしも人に、と悔しくなむ。

By now I wish I had not been so close to her.

 

ものはかなげにものしたまひし人の御心をたのもしき人にて、年ごろならひはべりけること」と聞こゆ。

I spent such long years depending on a mistress who was after all so very fragile!"

 

「はかなびたるこそはらうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。

"It is frailty that gives  woman her charm, though.  I do not care for a woman who insists on valuing her own wits.

 

みづからはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、

I prefer someone compliant, perhaps because I myself am none too quick or self-assured---someone easy for a man to take advantage of if she is not careful,

 

さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、あはれにて、わが心のままにとり直して見むに、なつかしくおぼゆべき」などのたまへば、

but still circumspect and happy enough to do as her husband wishes.  I know I would like such a woman more, the more I lived with her and formed her to my will." 

 

「このかたの御好みにはもて離れたまはざりけり、と思ひたまふるにも、くちをしくはべるわざかな」とて泣く。

"I am very, very sorry, my lord," said the weeping Ukon, "when I think how perfectly my mistress matched your ideal."

 

 

【語句の説明】

いとしも人に:「思ふとていとしも人に馴れざらめしかならひてぞ見ねば恋しき」(拾遺集・読人しらず)による。(恋しいと思ったとしても、それほど馴れ親しむことはあるまいに、馴れ親しんでしまったがために、逢わないと恋しくてたまらない)。

 

みづからはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、:「私自身(源氏)はきはきせず、しっかりした性分でないので、女は従順で、どうかすると男に騙されかねないような女が」の意。

ここの英訳は、

I prefer someone compliant, perhaps because I myself am none too quick or self-assured---someone easy for a man to take advantage of if she is not careful, "

(私としては、女は従順なのがよい。というのも、私自身要領がわるく、しっかりした人間でないから。どうかすると、男に付け入られそうな危うい女がよい。)

 

 

【余説】

思い返すと、四か月程前、五月雨の夜に、四人の貴公子が源氏の居室に集まって、長々と女談義にふけっていましたが、その時、源氏だけはものを言わず、他の三人の話を聞いているだけでした。(「帚木」の巻)

源氏はなぜ黙っていたのか。もしかして、その前夜に藤壺と実事に及んでいて、気持ちはあらぬところあったか、などと勝手な想像もできそうなところでした。

 

源氏は、ここで自分好みの女の性格を開陳しています。

「女はただやはらかに」、だけども、「ものづつみし、見む人の心には従はむなむ」" I prefer someone compliant"  だけども、"but still circumspect and happy enough to do as her husband wishes."

 

源氏は、空蝉の折れない強情さにも、正妻葵の上の気位の高さにも、閉口していましたから、右近の言葉通り、夕顔は源氏好みぴったりの女だったでしょう。

源氏より二歳年上、十九歳で生涯を終えました。

 

 

(岩波文庫(一)342~344ページ/タイラー英訳)