【あらまし】
前回に続き、源氏の垣間見の場面。
碁を打っている大柄の、「あいぎやうづき、はなやかな」女の方が、
「わたしの負けです。隅は何目でしょうか。どれどれ。」
と指を折りながら、まるで伊予国の道後温泉の湯げたを数え上げてしまうくらいの勢いで数えています。
ちょっと品がない、と垣間見る源氏。
もう一人の方は、口元を袖で覆って、顔を露わにしたくない様子。よくよく見ると、目がすこし腫れぼったくて、鼻のあたりも老けた感じ。どう見ても「わろきに寄れるかたち」。器量がわるそう。本人もそのことを気にしているのか、たしなみ深い様子。
【本文】
「いで、この度は負けにけり。隅のところどころ、いでいで」と、
“I've lost, I've lost. Let's just see what I have in the corners.”
指(および)をかがめて、「十(とを)、二十(はた)、三十(みそ)、四十(よそ)、」などかぞふるさま、伊予の湯桁(ゆげた)もたどたどしかるまじう見ゆ。
She counted up on her fingers. “Ten, twenty, thirty, forty.” She would have had no trouble, he thought, taking the full count of the baths of Iyo―
すこし品(しな)おくれたり。
though her manner might have been just a touch inelegant.
たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、
The other woman, a model of demureness, kept her face hidden.
目をしつけたまへれば、おのづからそば目に見ゆ。
Gazing at her, Genji was able to make out the details of the profile.
目すこし腫れたる心ちして、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず、
The eyelids seemed a trifle swollen, the lines of the nose were somewhat erratic, and there was a weariness, a want of luster, about the face.
言ひ立つれば、わろきに寄れる容貌(かたち)を、いといたうもてつけて、
It was, one had to admit, a little on the plain side. Yet she clearly paid attention to her appearance,
このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。
and there were details likely to draw the eye to a subtler sensibility than was evident in her lively companion.
【語句の説明】
隅のところどころ、いでいで:「隅の所は何目でしょうか。どれどれ。」
伊予の湯桁:伊予国の道後温泉は古代から有名で源泉も豊富だったとのこと。
ねびれて:「ねびる」は、老けて見える、草木がなえしぼむ(宣長)。ここの英訳、
"the lines of the nose were somewhat erratic" (鼻筋もいくぶん歪んでいた)。
【余説】
平安貴族は、遊戯としての囲碁が女子にも好まれたようで、碁を打つ場面が何回か出てきます。また、女が碁を打つ姿は垣間見のいい構図になったでしょう。二人の対照的な女が描かれていますが、まじまじと観察して、見目がよくない女の方が源氏には「心あらむ」と見えました。
そこでちょっと引っかかるのが、前帖の(帚木ー28)に源氏と紀伊の守との次のやり取りです。英訳が明解なので、
(源氏)"People speak well of her. Is it true that she is pretty?"
(紀伊の守)"I expect so, my lord. She keeps me at such a distance that I am no closer to her than a stepson should be."
要するに、評判では美人ということなので、源氏も触手が動いたのでしょう。
そして、紀伊の守は、自分の義理の母をまじかに見たことがないのでしょう。
源氏の垣間見はまだ続きます。
(岩波文庫(一)206ページ/サイデンステッカー英訳)