前回、日本大正村=明智町(私の居住地)は地勢的水系的に見て奥三河地方がふさわしいと投稿しました。また、天然岩魚絶滅を止めるにはとりあえず、手つかずの源流を守ることだと論じました。今回は、中部地方を代表する河川の状況を地図を参考に紹介したいと思います。

 地図を見ていただくとわかるのですが、東海地方の大平野である濃尾平野は、木曾三川によって形成された平野で、その東にある矢作川は岡崎平野を、豊川は豊橋平野を形成し、美濃三河高原を流れるのが矢作川・豊川(延長77km)と網の目のような支流群です。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

巴山(ともえさん)は、日本愛知県三河地方新城市作手清岳(つくできよおか)・作手高里(つくでたかさと)と岡崎市千万町町の境界にあり、標高は719mである。巴川 (豊川水系)巴川 (矢作川水系)及び男川の三つの河の源流である。周辺は自然公園法に基づき本宮山県立自然公園に指定されている。

1145年久安元年)12月30日、歌人としても有名な藤原俊成は三河国の国司となり、三河国へ赴任した。そして、三河国各地の神社へ参詣し、国司としてのまつりごとを始めた。その中で、俊成は三河国の由来が豊川水系巴川と矢作川水系巴川と男川の3つの河であると聞き、この3つの河の歌を詠んだ。この3つの和歌が歌碑として巴山の頂上周辺の白髭神社にある。

 

 また一説では、三河の国で大河川だった矢作川は平安時代以前は御川(みかわ)と呼ばれていたようでそれで三河となったともいわれています。

 さて、木曽三川の木曽川水系の木曽川が延長229㎞と一番長く、水源は長野県鉢盛山です。次が長良川で延長166km水源は岐阜県郡上市大日ヶ岳。三番目は揖斐川で延長121km水源は岐阜県揖斐郡揖斐川町冠山。

 

 矢作川は、それに比べ、延長117km水源は水系としての水源 長野県大川入山とされています。

 ただし、前回申し述べた通り、地図上は矢作川の名があるのは根羽川上流部で、愛知県と長野県にまたがる茶臼山を源流とされ、源流碑もそこに立っている。

 水系としての源流が大川入山とされているのは、次の通り河川の延長が長いほうが水系としての本流とされるからです。

·         上村川 延長:25km 流域面積: 211km2

·         根羽川(矢作川上流部) 延長: 16km 流域面積: 125km2

    残念なことに木曽川の源流はワサビ沢だが、林道がしっかりついている。また、長良川もさらに残念なことに源流はスキー場 高須スノーパーク ダイナランドです。揖斐川はどうかと言えば、さらにさらに残念なことに徳山ダムで昔の源流の渓はダム湖の底。その上流は、しっかり沢沿いの道がある。

 ということで、完全に手つかずでまず人が立ち入らない源流は矢作川の大川入山西側の渓のみになってしまったようです。