ジャズ歌 BTE翻訳ノート■Amazing Grace | 日本語で歌うジャズ詩

日本語で歌うジャズ詩

スタンダードジャズ詩の日本語訳詩のためのブログ。

Amazing Grace:

以前、こんなことを書きました。
「この歌を、米国では特別な記念の日などに歌いますが、そこで歌われる言葉に対する間合いが分からず、日本語的には普通歯が立たない歌です。賛美歌にしましたが、その言葉を米国人が歌うとは思われません。彼らは彼らなりに聞いて理解しているはず。どうしてこう訳せたのか..、ですね。」

 

この歌は、ずいぶん研究されています。作詞、作曲者のことも含めて、歴史的な事柄として、多くのことが知られていますし、語られます。日本では、賛美歌として、明治期に訳詩されました。などなど、

 

この詩について、解説すべきことは多いのですが、むしろ、それらは、世の中に広く出回っているものを見て頂けるものと思います。それよりも、上に述べたように、この訳詩が、どうしてそう訳せたのか、それは、説明しておいた方がよさそうですね。

 

Amazing Grace (1779)
 music by (Wikipedia)1835 a tune named "New Britain"
 lyrics by John Newton.
 Artist:Aretha Franklin

 

曲名:アメイジング・グレイス
美艇香津 訳

 

Amazing grace
  アメイジング・グレイス
How sweet the sound
  やさしいひびき
That saved a wretch like me
  たおれた、わたしをすくう
I once was lost
  わたしはまよい、
But now i'm found
  そして、いまわかる
Was blind but now i see
  みえずにいて、でも、いまはみる

 

'twas grace that taught
  それはやさしさ、
My heart to fear
  おそれることを、
And grace that fear relieved
  すくわれることを、
How precious did
  おしえてくれた
That grace appear
  すばらしい、やさしさ、
The hour i first believed
  いま、しんじられるとき

 

Through many dangers
  おおくのきけんと
Toils and snares
  ゆうわくとわな
I have already come
  わたしはとおりすぎた
'twas grace that brought me
  それはやさしさ、
Safely thus far
  ここまでみちびき
And grace will lead me home
  そして、いえまでも

 

And when this heart
  このこころとからだが
And flesh shall fail
  たおれ
And mortal life shall cease
  いのちおわるとき
I shall possess
  こうべをたれ
Within the vail
  たのしくおだやかな
A life of joy and peace
  いのちをいきる

 

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歌の出だしは、

 

Amazing grace

 

いきなり、この重要な言葉を訳さなければならないとしたら、明治の人は、相当の気概で、頭を絞ったはずです。

 

「Amazing」は「驚くべきほどの」、「grace」は「恩寵」でしょうか。これも、いろんな解説資料にありますね。ちょっと、字余りですが、試しに、「おどろくべき おんちょう」と、この曲の出だしの音符で歌ってみます。何のことやら分かりませんね。でも、このキーワードをおろそかにはできないので、何とかしようとします。一方、テレビなどで見たり聞いたりすると、この歌は、米国においては、どの歌手も、素晴らしくよく歌っています。歌の言葉が分かってるんですね。「おどろくべき おんちょう」という言葉の理解と同じ理解の仕方ではないと言えます。やはり、「Amazing grace」と理解しているのです。こういう文化的違いを、乗り越えるには、新しいルートで登る道筋を見つける必要がありますね。

 

詩の翻訳で困ったとき、そのもともとの言葉をそのまま使用してしまう、ということは、もしかしたら、外来文化の影響を常に受けてきた日本の持つ知恵かも知れません。それに、この出だしの言葉は、この曲の主題であり、現に、もともと、それを歌っている人たちの理解を、そのまま受け止めることは大事なことです。


アメイジンググレイス


これでよいと思います。我々は、ある程度英語は分かります。カタカナという外来語の表記方法も持っているのです。また、本来の英語で歌う人たちと同じ言葉で始めることになることは、この歌に対して、敬意を表すよいスタートであると思います。

 

How sweet the sound
やさしいひびき

 

「sweet」は「甘い」ですね。「sound」は「音」、そうすると、このフレーズは、「何て甘い音」になります。それで、考えてみると、人の発する言葉は、そもそも、「音」ではなく、「言霊」として理解されるということがあります。そうすると、それは、「響き」でよいかなと思います。ことだま→こだま→ひびき、何ていう繋がりもありますね。それから、耳に聞こえるものを、「甘い」と聞くのは、代表的なものは、恋人同士の会話ですね。神様を讃える言葉の在りようとは、ちょっと違いますね。というわけで、「やさしい」にしました。どうして、そうなのかっていうのは、それは、前の「Tennessee waltz」のときにあったように、学問的課題として置きます。


とにかく、最初の2行を歌い進みました。

 

That saved a wretch like me

 

ここから、しばらくは、言葉の通りに訳せそうです。
 

たおれたわたしをすくう


「a wretch」、「遭難者」、でしょうか。「たおれたわたし」、同じ意味ですね。漢字を使うと、「斃れる」なんていうのもあります。


I once was lost
わたしはまよい、そして、

 

But now i'm found
いまわかる

 

Was blind but now i see
みえずにいて、でも、

いまはみる

 

「lost」、道に迷った、昔、
「found」、「見つける」の受動態表現で、「見つけられた」、ですね。
「blind」、目の見えないこと、でも、今は、見えます。


「見つけられた」、それは、道に迷っていたから、よかったことです。誰か、知ってる人に出会ったのかも知れません。それもありますが、道に迷って、あるところに来て、不意に、自分の回りの地図が一遍に分かったとき、それって、考えてみると、自分が見つけたというよりは、「見つけられた」って思うことがありませんか?この後者の感じが、「いまわかる」です。どうしてそうなのかは不思議ですが。


「blind」は、目の見えないこと、または、その状態にいる人、です。この後、「I see」と続くので、見るという機能の、対極にある2つの言葉の連続による、対句となります。詩的表現のテクニックでもあります。


最初の1連が終わりました。次の始めが、ちょっと、大変なんです。文法的に、クリアになってなくて、いわば、ある意味、言葉が昔風なんですね。これを、ぐいぐい、訳しきらないといけないし、それに、「grace」、の訳も必要になります。カタカナで、「グレイス」で行くことは、もうできません。「グレイスって何?」ということに、答える必要があります。

 

'twas grace that taught
それはやさしさ

 

「やさしさ」にしました。普通に、理解できる、ある特性で、それは、この後、「..を教えた」、というようなことですから、それを考えると、「学恩」とかの言葉もありますし、「やさしく、厳しい、先生」、という言い方は普通にありますから、ということです。また、ここで、よく使われそうな、「めぐみ」、「恵」、という言葉が、意味の把らえづらいところがあるからです。自然の恵みの多い日本の国土では、ついつい、それを、当たり前のことのように受け取ってしまうからでしょうか。とにかく、この重要なキーワードを決めてしまえば、1つの山を越えたことになります。

 

My heart to fear
おそれることを

 

自分の心に、「恐れる」ことを教えた、ですね。それが、「やさしさ」なの!?、となりますが、この後を聞いてみましょう。

 

And grace that fear relieved
すくわれることを

おしえてくれた

 
それと、その「恐れが」取り除かれて、「すくわれること」、も教えてくれた「やさしさ」、なのです。ここまでくると、神学論争が起こりそうですが、それは、学者の課題としましょう。文法的には、

 

1つの「grace」があって、それは、taught My heart to fear、そして、もう1つ「grace」があって、勢いを付けて読むと、「fear」が「relieved」される、と読むしかありません。そして、ここまで取って置いた「おしえてくれた」で、この3行分の訳が終わりました。
 

How precious did
That grace appear

すばらしい、やさしさ

 

「precious」と「appear」、そうです、その通りで、「すばらしい」ことが、目の前に、はっきり分かるのです。

 

The hour i first believed
いま、しんじられるとき


そのときこそ、自分が、初めて、信じる、ということのできた時だった、ですね。

 

この宗教的動機付けは、異なる文化の我が国の言葉で把え切ることはできなさそうですが、キーワード「やさしさ」を持って来たことで、たぶん、我々も理解できますね。

 

次の連は、もう少し、訳しやすいものです。

 

ところで、YouTubeには沢山アップされています。そういうのを見ながら、聞きながらで、ついでに、ちょっと、歌ってみてはどうでしょう。
 

Through many dangers
Toils and snares

おおくのきけんと
ゆうわくとわな

 

これは、その通りですね。いろんな事があって、です。

 

I have already come
わたしはとおりすぎた


「もう、今は、ここにいる」です、そういうことです。

 

'twas grace that brought me
Safely thus far

それはやさしさ
ここまでみちびき

 

ここまで、安全に、連れて来てくれた、です。それが「grace」なんです。

 

And grace will lead me home
そしていえまでも

 

「grace」は、「home」に連れて行ってもくれます。この「ホーム」は、「天国」とも理解されるようですね。色々なことがあっても、やっと家に帰って、ほっとできる、そういうことが伝わります。また、そればかりでなく、この曲の歴史としては、多くのエピソードを持っているかも知れませんね。
 
And when this heart
And flesh shall fail

このこころとからだがたおれ

 

「shall fail」の「shall」ですね。自然のこととして、そうなるはずのことです。心と体が終わるんですね。


And mortal life shall cease
いのちおわるとき

 

死すべき命が終わる、です。

 

I shall possess
Within the vail

こうべをたれ


「possess」、「持っている」は、も少し後に取って置kます。「vail」は、今、見ている辞書では、「頭を下げる」とか「脱帽する」などとあります。でも、英語の古語です。古い言葉なんですね。辞書によって違いもあります。それに、「vail」でなくて、「veil」というのも見た事があります。原詩のテキストのことは、ここでは、何も言えません。学問的な事になりますね。

 

A life of joy and peace

たのしくおだやかな
いのちをいきる


最後のとき、喜びと平和を心に持つ、のです。それが、「grace」の結論です。
まさに、「amazing grace」として、そのまま理解できるのではないでしょうか。

 

ここまで来て、それは「天国」に行けたからと、理屈を付けたくなるのも人情ですね。でも、自分の心が、楽しく、平和なときの思い出でいっぱいになるとき、そこが「天国」であることの客観的な証拠を探し、見つけることに、それほど熱心にならなくてもよいのでは、と思います。


蛇足ながら、昔、日本で、平家物語の頃、修羅の道を彷徨する武将が得られなかったものが、ここにあります。碇(いかり)知盛が、戦敗れて、大船から海に、碇綱を体に巻き付け、身を投げるとき、その心の落ち着く所は見付けられていません。でも、知盛は、何とか、その窮地を逃れて、「Amazing Grace」を歌おうともしていたのです。義経や頼朝、信長、秀吉、家康が、それを歌えたかどうか難しいところです。彼らの心の恐れと、その克服を見つけ出す、世阿弥のような、解釈し、理解する人がいなかったということでもあります。ところで、ごく我々に近い時代で言うと、宮沢賢治の「春と修羅」を思い起こしてもいいですね。


以上、まさに、蛇足。この歌の訳詩者が、日本で生まれ、育ったことを表す、自己証明署名というところです。
 

英語の歌と、日本語の歌を、同じ気持ちで、一緒に歌えたらいいですね。
YouTubeから拾っておきましょう。この歌も、歌い方が、とても大きな要素になっています。言葉の抑揚や、1つの言葉の区切りでの音の上げ下げで、歌手の解釈の違いが明示されます。

https://www.youtube.com/watch?v=HsCp5LG_zNE (Celtic Woman) 

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https://www.youtube.com/watch?v=ZJg5Op5W7yw  (Mahalia Jackson) 

言葉の意味が分かり、自分の言葉なら、こんな風に歌っていいことが分かります。敢て、演歌であり、民謡である、と言いたくなります。 

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漢字かな混じりの、歌詞の通常の表記も書いておきます。どの漢字を選ぶかという選択肢がありますね。

 

[漢字かな混じり訳詩]
アメイジング・グレイス Amazing Grace
美艇香津 訳

 

アメイジンググレイス
優しい響き
斃れた私を救う
私は迷い、そして、
今、分かる
見えずにいて、でも、
今は見る

 

それは優しさ
恐れることを
救われることを
教えてくれた
素晴らしい優しさ
今、信じられる時

 

多くの危険と
誘惑と罠
私は通り過ぎた
それは優しさ
ここまで導き
そして家までも

 

この心と体が斃れ
命、終わる時
頭を垂れ
楽しく穏やかな
命を生きる

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ジャズ・ソングズ リスト 

川畑文子・ソングズリスト

ジャズ歌 BTE翻訳ノート

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