容疑者Xの献身(9点) | 日米映画批評 from Hollywood

容疑者Xの献身(9点)

採点:★★★★★★★★★☆
2008年10月14日(映画館)
主演:堤 真一、福山 雅治、柴咲 コウ
監督:西谷 弘


 今回、一時帰国するのにあわせて、見たい邦画が3本あったのだが、テレビドラマから見ていたのと、スペシャル版を見たのをきっかけに、最終的にこの作品を選んだ。そしてそれが大正解だった。


【一口コメント】
 福山雅治が主演と思わせて、堤真一が主演の映画です。


【ストーリー】

 ある日、天才数学者・石神は隣人の花岡靖子がしつこく言い寄っては金をせびる元夫の富樫を殺害してしまったことに気づく。密かに彼女に思いを寄せていた石神は彼女のためにアリバイ工作を行う。
 富樫の死体を見つけた警察は、いつも通り帝都大学准教授湯川に捜査協力を依頼に行く。そして、捜査を進めていくうちに花岡靖子が捜査線上に浮上し、湯川の知人である石神が彼女の隣人であることも発覚する・・・。


【感想】
 "実に面白い!"
 ドラマの台詞を借りるなら、感想はこの一言に尽きる。

 東野圭吾原作映画を見たのは「
g@me. 」、「手紙 」に続き、これで3作目。そのすべてが"実に面白い!"のだ。
 中でも今作は推理モノの推理部分の要素が非常にレベルが高いにも関わらず、幾多あった手の込んだトリックなどはなく、誰もが理解できる非常にシンプルな心理トリックになっているだけでなく、人間ドラマがそこに非常に上手く練りこまれている。
 また"TVドラマの映画化"と世間一般では認識されているのだろうが、映画の感想として言わせてもらうなら、"映画化の前振りとしてのドラマ"というのが、この企画に関しては正解だろう。その証拠にこの作品のタイトルは「容疑者Xの献身」であり、「ガリレオ 劇場版」ではない。
 更にTVドラマでは定番となっていた突然、場所を問わず計算し出す湯川が登場しないし、決め台詞も決めポーズもない。そもそも物理学で解けるような事件ではない。しいて言えば、オープニングで観客をTVドラマの世界へといざなうために大掛かりな実験を行っているが、これすらも、TVドラマのファンを最初に世界観へ引き込んでしまうためだけの大掛かりな心理的トリックとも言える。
 それだけ、今作にかける製作者サイドの意気込みが本気だという証拠になるのだろう。TVドラマがヒットしたから、とりあえず映画にしてみよう!でもって、映画を見てみたらテレビの2時間スペシャルで良かったじゃん!という作品が枚挙している昨今で、この作品は上述したように"TVドラマの映画化"ではなく、あくまでも"映画化の前振りとしてのドラマ"というコンセプトだった。

 そして何よりそのトリック。石神の言葉を借りるなら、「幾何の問題と見せかけて実は関数の問題」という、あまりにも鮮やか過ぎるトリックに素直に感嘆してしまいました。ロープを使ったり、氷を使ったり、いろいろと小道具を使ったトリックが幅を利かせるこの時代に、ここまでシンプルなトリックで、鮮やかに騙されてしまうともう、気持ちよい。
 そのトリックは警察だけでなく、本当の意味での真犯人すら鮮やかに騙してしまう。本当にシンプルかつ鮮やかなのだ!金田一少年、名探偵コナン、シャーロック・ホームズ・・・古今東西いろいろな名探偵がいろいろなトリックを謎解きしてくれたが、ここまでシンプルなのに、ここまで素直に感嘆できるトリックは初めてかもしれない。
 「ホームレスが社会の歯車である」というような台詞、それに続く川沿いの映像、花岡母子が映画館で映画を観た事実、石神の勤務表など、細かな映像的な前振りも綺麗につながって、すべて最後に解き明かされる爽快感はこの上なく心地良い。

 さらに、物理学者vs数学者としての対決も見ていて面白い。
 例えば湯川が石神に対し、次のような台詞を投げかけるシーンがある。
 「誰にも解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか?ただし答えは必ず存在するものとする」
 学者同士らしいやり取りというだけでも面白いのだが、これが湯川の石神に対する"疑惑"が"確信"に変わった瞬間に発せられた台詞であることを念頭において見ると、さらにその面白さが増す。要するに石神の出した"殺人事件"という問題を湯川が"解く"と宣言したようなものだから。
 ただし、湯川がどれだけ天才物理学者なのか?というのはドラマ全10話+スペシャル1話を通して描かれているし、映画の冒頭でも十分に描かれているのに対し、石神がどれほどの天才数学者なのか?というのがトリックが明かされる最後までわからないのがやや物足りない。最初に石神が天才数学者であることをもっと強烈に描写するシーンがあれば、より面白いものになっていたかもしれず、この点は残念と言えば、残念である。
 また劇中に登山のシーンがあるのだが、これがまた数学者と物理学者の考え方を具体的に比喩として表現されていて面白い。さまざまな角度から問題を見る数学者と、実験、考察を重ねて結論付ける物理学者の違いが、この登山のシーンを追加することで非常に分かりやすくなる。そしてここで起こる事件もドラマとしての人間描写の上で絶妙に物語に絡んでくる。

 トリックだけではなく、ドラマという意味においても、この作品は素晴らしい。それは全て堤真一演じる石神あってのものだ。
 そういう意味でこの作品の主役は福山演じる湯川ではなく、石神なのである。
 俳優というのは基本的にその人の個性を出すべき職業である。でなければ、誰が演じても一緒になってしまうから。しかし、この作品前半における堤真一は逆に個性を消すことを個性だとでも言わんばかりに個性を消している。しかもその個性を消した演技が最後の最後に感情を爆発させるシーンに生きてくるのだから、見事としか言いようがない。日本アカデミー賞主演男優賞を受賞しても良いくらいの演技である。
 上述した登山のシーンの演技も素晴らしい。吹雪の中、斜面を滑り落ちる湯川。見捨てるように先にいく石神に宿る殺気のような鋭い目線。しかし、石神は湯川を助け、何事もなかったかのように、二人は山小屋で語り合うというシーン。この登山シーンには、二人が親しく話せる"親友"という関係性を表現するだけでなく、殺人事件の影響で二人それぞれが"理性"と"感情"の狭間で葛藤しているということも表現しており、作品全体を通して、二人にとって最も内的心境を示したシーンとも言える。

 一方の福山の演技も実に面白い。特に石神の恋心に気付いた瞬間、石神に疑惑を抱いた瞬間、そして上述した疑惑が確信に変わった瞬間、更にクライマックスで見せる涙。この4つのシーンは親友に対する共感・疑惑、そして葛藤を端的に示していて、普段何があっても冷静なはずの湯川が、最後に見せる涙へと着々とつなげていく演技構成となっていて、これが福山の演技力なのか、監督の演出力なのかはわからないが、一観客としては素晴らしいものを見せてもらって感謝である。

 数学者vs物理学者というのがトリックにおける二人の関係性として、この作品にいかに重要なのか?は先に述べたが、この二人が親友であるという設定が、トリックではなく、人間ドラマにおける大きな要素でもある。
 他者には理解できないほどの天才同士の親友だからこそ、互いを尊敬し、普通の人とは違うレベルで互いを理解し合える。この2人の関係性に2面性を持たせた点もこの作品のうまいところである。

 満足だらけのこの作品で唯一不満があるとすれば、花岡靖子役のキャスティング。元ホステスという設定だけであれば、松雪泰子は素晴らしいキャスティングなのだが、元ホステス+現弁当屋という設定になってしまうと、松雪はミスキャストである。弁当屋で働く彼女を映すシーンが何度も出てくるのだが、こんな顔の作りの弁当屋はいない。どうしても顔の作りが豪華すぎて、弁当屋で働くという設定には不似合いなのだ。
 中谷美紀や松嶋菜々子あたりがキャスティングされていれば、この作品は欠点のない、ほとんど完璧な作品となっていたのではないだろうか?

 今年見た邦画の中ではダントツの作品であることは間違いない。改めて、東野圭吾原作の映画化は面白いということを証明してくれた作品でもあります。