電子マネーの一つとして、イオングループが発行している『WAON』がありますが、今回実際に使ってみました。
私は、電子マネーと言えば『ICOCA』程度の利用です。ちょうど平成に入る前後に流行ったあらゆるプリペイドカードを思い出します。でも偽造されやすく、やめたプリペイドカードも珍しくありません。阪急の『ラガールカード』は今も現役ですが、『PiTaPa』がほぼクレジットカードに入らないと利用出来ない(『ICOCA』での代用は可)ことから今も現役、と思われます。
先日JALのマイレージカードを、『WAON』が使えるタイプに変更して、そして使ってみました。
チャージは通りすがりの『ミニストップ』で行いました。1000円単位でチャージ可能ですが、今回は1000円のみでした。チャージする時に音が鳴りますが、その時の音が「ワオン!」でした。何だか犬の鳴き声を思い出します。
今回は特に多くは買わず、合計は401円でした。普段は計算をせずに買っていましたが、200円単位でその最小限に収まるように(例えば、400円弱ではなく400円ちょっとになるように)しました。これはJALマイレージが200円単位で1マイル(今月中は同額で2マイル)貯まりますので、買うならそれ位は……、と思いました。もっとも、200円単位でドンドン買って貰おう、と言う魂胆があるのかも知れませんが……。
家電量販店は別にして、大抵のポイント(『TSUTAYA』のTポイントなど)は価格の1%です。今回は200円で1マイルで、ささやかかも知れません。しかもかなりのマイルを貯めないと使い道はありません。さて、どうなのでしょうか。
商品によっては、ポイントを多めにくれる商品がありましたが、JALのマイレージは対象外とあり、今回は見送りです。別の機会でマイルを多めにくれる場合があり、その時に買えたら買います。
でもIC電子マネーばかりになって、お金を使っていると言う感覚が麻痺しそうな気がするのは、私は古い人間でしょうか?
私は、電子マネーと言えば『ICOCA』程度の利用です。ちょうど平成に入る前後に流行ったあらゆるプリペイドカードを思い出します。でも偽造されやすく、やめたプリペイドカードも珍しくありません。阪急の『ラガールカード』は今も現役ですが、『PiTaPa』がほぼクレジットカードに入らないと利用出来ない(『ICOCA』での代用は可)ことから今も現役、と思われます。
先日JALのマイレージカードを、『WAON』が使えるタイプに変更して、そして使ってみました。
チャージは通りすがりの『ミニストップ』で行いました。1000円単位でチャージ可能ですが、今回は1000円のみでした。チャージする時に音が鳴りますが、その時の音が「ワオン!」でした。何だか犬の鳴き声を思い出します。
今回は特に多くは買わず、合計は401円でした。普段は計算をせずに買っていましたが、200円単位でその最小限に収まるように(例えば、400円弱ではなく400円ちょっとになるように)しました。これはJALマイレージが200円単位で1マイル(今月中は同額で2マイル)貯まりますので、買うならそれ位は……、と思いました。もっとも、200円単位でドンドン買って貰おう、と言う魂胆があるのかも知れませんが……。
家電量販店は別にして、大抵のポイント(『TSUTAYA』のTポイントなど)は価格の1%です。今回は200円で1マイルで、ささやかかも知れません。しかもかなりのマイルを貯めないと使い道はありません。さて、どうなのでしょうか。
商品によっては、ポイントを多めにくれる商品がありましたが、JALのマイレージは対象外とあり、今回は見送りです。別の機会でマイルを多めにくれる場合があり、その時に買えたら買います。
でもIC電子マネーばかりになって、お金を使っていると言う感覚が麻痺しそうな気がするのは、私は古い人間でしょうか?
今日、免許を更新しました。本当は6月9日に申請しましたが、今日は講習を受けるために交通安全協会へ向かいました。
今日交換して貰った免許証ですが、デザインはそのままですが、次の点が変わりました。
本籍が空欄(別紙本籍確認表に本籍が記載)
個人情報漏洩防止のためです。
ICカード化
偽造防止などのためです。
普通免許から中型免許へ
以前の普通免許からの人は、今度から中型免許となりました。但し車両重量が8トン未満の車両までとなります(今中型免許を取得すると車両重量11トン未満まで運転可)。『種類』欄は“普通”から“中型”となりました。
今日交換して貰った免許証ですが、デザインはそのままですが、次の点が変わりました。
本籍が空欄(別紙本籍確認表に本籍が記載)
個人情報漏洩防止のためです。
ICカード化
偽造防止などのためです。
普通免許から中型免許へ
以前の普通免許からの人は、今度から中型免許となりました。但し車両重量が8トン未満の車両までとなります(今中型免許を取得すると車両重量11トン未満まで運転可)。『種類』欄は“普通”から“中型”となりました。
今日は七夕です。私は2箇所で笹を見掛けました。
飛行機を見に伊丹空港へ行って来ました。そこでも笹があり、願い事を書いて貰おうと短冊を用意していました。
私は2つ(反則?)ですが、次のように書きました。
私がお世話になっております皆々様の御健勝御多幸
そしてもう一つは次のように書きました。
JALの再生!!
JALが用意した笹でしたので、こう書きましたが、今思うと次の事も書くべきだったでしょうか。
安全なフライト
安泰な世の中
阪急箕面駅前には、近くの小学校でしょうか、短冊が飾られていました。
短冊には、色々と願い事が掲げられています。中には……
億万兆者になりたい
もありました。本当は“億万長者”ですが、誤字かわざと掛詞かはべつにして、“億万兆者”と書いてありました。
皆さんの願い事が、一つでも多く叶いますように……。
飛行機を見に伊丹空港へ行って来ました。そこでも笹があり、願い事を書いて貰おうと短冊を用意していました。
私は2つ(反則?)ですが、次のように書きました。
私がお世話になっております皆々様の御健勝御多幸
そしてもう一つは次のように書きました。
JALの再生!!
JALが用意した笹でしたので、こう書きましたが、今思うと次の事も書くべきだったでしょうか。
安全なフライト
安泰な世の中
阪急箕面駅前には、近くの小学校でしょうか、短冊が飾られていました。
短冊には、色々と願い事が掲げられています。中には……
億万兆者になりたい
もありました。本当は“億万長者”ですが、誤字かわざと掛詞かはべつにして、“億万兆者”と書いてありました。
皆さんの願い事が、一つでも多く叶いますように……。
無事に旅を終えることが出来、安心しております。ただその一言に尽きます。
現在は、ほぼ平常に戻り、現実と闘うと言えば大袈裟ですが、慌ただしさに追われる毎日です。しかし思い出はしっかり残り、又新たな日々を過ごしつつも、次回の旅を楽しみにして過ごして降ります。
題名『新しいものと去りゆくものとを追って』としたのは、次の通りです。
まず、“新しいもの”ですが、私にとって新しい気持ちで体験させてくれるものでした。初めて乗ったスカイマークの旅客機におさむ君、初めての北海道に初めてのJAL(実は“アラフォー”なのにJAL初体験)その他色々なものでした。
一方“去りゆくもの”ですが、これはJALのジャンボジェット機です。以前にも書きましたが、ジャンボジェット機はJALの象徴でした。それが今年度中に姿を消すことになり、乗るなら今のうち、と言う気持ちになりました。ジャンボジェット機そのものは引き続き乗れるでしょうが、JALのジャンボジェット機そのものは乗れなくなってしまいます。今回無事に乗れて、変な言い方ながら、別れを告げることが出来ました。今後はボーイング777か同787が主流となりましょうが、空の旅の楽しさが増すことを願わずにはいられません。
航空券予約後気付いたことですが、JALが神戸空港から撤退(休止?廃止?)することに気付きました。最終日にパイロットがコックピットから“We Shall Return(私達は必ず帰ってくる、恐らくダグラス・マッカーサーの言葉“I Shall Return”からか?)”の張り紙を貼って訴えていた、と報道などで知りました。マッカーサーは言葉通り帰ってきましたが、JALも是非有言実行して頂けることを願っております。
今回の主役は、やはり航空機でした。普段は“お鉄”の私ですが、今回ばかりは“お空”となりました。列車や航空機に乗ると、どうしても“アラフォー”の端くれから、流石に身体は無理ですが、少年に戻ってしまいます。
“ひとり反省会”の続編ですが、JALのクルー達によって「機会があれば乗ります」と申してしまいましたが、それではなく「次も乗ります」と申した方が良かったかも知れません。確かに私は十数年振りの飛行機で、そう乗れる機会はありません。しかし後者の方が喜びが大きく受け止めてくれる筈です。勿論何時になるかは未定ですが、次も乗る気でないといけません。
最後になりましたが、今回の旅行でお世話になった皆々様と、ご理解下さった皆々様に、この場を拝借して感謝申し上げます。どうもありがとうございました。
現在は、ほぼ平常に戻り、現実と闘うと言えば大袈裟ですが、慌ただしさに追われる毎日です。しかし思い出はしっかり残り、又新たな日々を過ごしつつも、次回の旅を楽しみにして過ごして降ります。
題名『新しいものと去りゆくものとを追って』としたのは、次の通りです。
まず、“新しいもの”ですが、私にとって新しい気持ちで体験させてくれるものでした。初めて乗ったスカイマークの旅客機におさむ君、初めての北海道に初めてのJAL(実は“アラフォー”なのにJAL初体験)その他色々なものでした。
一方“去りゆくもの”ですが、これはJALのジャンボジェット機です。以前にも書きましたが、ジャンボジェット機はJALの象徴でした。それが今年度中に姿を消すことになり、乗るなら今のうち、と言う気持ちになりました。ジャンボジェット機そのものは引き続き乗れるでしょうが、JALのジャンボジェット機そのものは乗れなくなってしまいます。今回無事に乗れて、変な言い方ながら、別れを告げることが出来ました。今後はボーイング777か同787が主流となりましょうが、空の旅の楽しさが増すことを願わずにはいられません。
航空券予約後気付いたことですが、JALが神戸空港から撤退(休止?廃止?)することに気付きました。最終日にパイロットがコックピットから“We Shall Return(私達は必ず帰ってくる、恐らくダグラス・マッカーサーの言葉“I Shall Return”からか?)”の張り紙を貼って訴えていた、と報道などで知りました。マッカーサーは言葉通り帰ってきましたが、JALも是非有言実行して頂けることを願っております。
今回の主役は、やはり航空機でした。普段は“お鉄”の私ですが、今回ばかりは“お空”となりました。列車や航空機に乗ると、どうしても“アラフォー”の端くれから、流石に身体は無理ですが、少年に戻ってしまいます。
“ひとり反省会”の続編ですが、JALのクルー達によって「機会があれば乗ります」と申してしまいましたが、それではなく「次も乗ります」と申した方が良かったかも知れません。確かに私は十数年振りの飛行機で、そう乗れる機会はありません。しかし後者の方が喜びが大きく受け止めてくれる筈です。勿論何時になるかは未定ですが、次も乗る気でないといけません。
最後になりましたが、今回の旅行でお世話になった皆々様と、ご理解下さった皆々様に、この場を拝借して感謝申し上げます。どうもありがとうございました。
どこかのテレビ番組で“大反省会”と称して流れる場合があります。私も今回の紀行をひとりで反省会を開いております。
茨城行きは妥当だったか?
これはスカイマークが神戸‐茨城間の空路を開設したのがきっかけで、“ついで感”ではないにせよ、やはり茨城空港の見聞や、何より話題になっている“おさむ君”も見られる!でやってみました。スカイマークも体験してみたかったことなどで、妥当だった、と結論づけております。
茨城で一泊すべきだったのでは?
茨城県で宿泊経験はありません。これを機に茨城県で一泊すべきだったのかも知れません。しかもひたちなか海浜公園のネモフィラも見てです。ネモフィラはスケジュールを組んだ後知りましたが、スケジュール変更も容易でした。しかし東京で以前行ったことのある飲み屋さん優先だったこともあり、今回は見送りました。
優先順位:飲み屋さん>ネモフィラなど
これはちょっと妥当ではなかったような……。
東京での宿は遠すぎでは?
今回は宿泊費用のことで八王子市のホテルにしました。都心から電車を使っても、比較的安く済みました。結果的に富士山が見られたものの、多少高くても都心にすべきだったのかも知れません。しかも終電ギリギリでした。
『つばめグリル』行ってもよかったのでは?
品川で『つばめグリル』行ってもよかったのですが、面倒になり、駅構内の立ち喰いそば屋さんで済ませました。
機内では“落ち着きのない子”だった?
流石に離着陸時のデジタルカメラ撮影禁止時間帯には撮影しませんでしたが、窓からあらゆる光景を撮影しまくりました。時には私が座っていた窓と反対側の窓まで行って撮影したこともありました。こちらも流石に機内の様子までは撮影しませんでした。他のお客さんが嫌がってもおかしくありません。
着陸後コックピットお邪魔を控えたのは当然?
私が中高生位の頃に読んだことのある航空雑誌では、着陸後にコックピットに入らせて貰ったという投稿がありました。当時でも着陸後なら、機長の都合次第で入れて貰えたと受け取れますが、流石に飛行中では厳しいでしょう。とは言え飛行中も入れて貰ったと言う情報もあります。
現在は飛行中のコックピットは、パイロット以外立ち入り厳禁(CAも航空会社社員も入れないとか)となっていて、法律にも引っかかります。私が悪いのではありません。ハイジャック犯どもが悪いのです。ハイジャック犯どもが子供達の夢を剥奪したのです。もっとも、飛行中のコックピットは近寄れる雰囲気ではなく、離着陸時は尚更……。
着陸後に関しては何も聞いておりませんが、着陸後でも私はパスしました。CAに頼んでも断られるのは火を見るよりも明らか、と思っておりました(実際は不明ですが……)。
北海道の気候を把握すべきだったか?
北海道の夕方の気温は摂氏8度と聞き、ちょっと失敗したかな?と思ってしまいました。でも荷物が多くなってしまい、着るものの調節が厳しくなることを考えると妥当だったのでしょうか。札幌市内では、大阪での冬の服装もよく見掛けました。春の服装の人は、全員ではないでしょうが、旅行者丸わかりでしょうか?
北海道で1泊のみは少ないか?
札幌は1泊のみでした。しかも夕方に東京から移動しました。理由はジャンボジェット機のダイヤの都合上でした。北海道ならもう1泊、しかも他所も行くべきだったのかも知れませんが、予算の都合上パスしました。
反省になっていない?“ひとり反省会”でした。
茨城行きは妥当だったか?
これはスカイマークが神戸‐茨城間の空路を開設したのがきっかけで、“ついで感”ではないにせよ、やはり茨城空港の見聞や、何より話題になっている“おさむ君”も見られる!でやってみました。スカイマークも体験してみたかったことなどで、妥当だった、と結論づけております。
茨城で一泊すべきだったのでは?
茨城県で宿泊経験はありません。これを機に茨城県で一泊すべきだったのかも知れません。しかもひたちなか海浜公園のネモフィラも見てです。ネモフィラはスケジュールを組んだ後知りましたが、スケジュール変更も容易でした。しかし東京で以前行ったことのある飲み屋さん優先だったこともあり、今回は見送りました。
優先順位:飲み屋さん>ネモフィラなど
これはちょっと妥当ではなかったような……。
東京での宿は遠すぎでは?
今回は宿泊費用のことで八王子市のホテルにしました。都心から電車を使っても、比較的安く済みました。結果的に富士山が見られたものの、多少高くても都心にすべきだったのかも知れません。しかも終電ギリギリでした。
『つばめグリル』行ってもよかったのでは?
品川で『つばめグリル』行ってもよかったのですが、面倒になり、駅構内の立ち喰いそば屋さんで済ませました。
機内では“落ち着きのない子”だった?
流石に離着陸時のデジタルカメラ撮影禁止時間帯には撮影しませんでしたが、窓からあらゆる光景を撮影しまくりました。時には私が座っていた窓と反対側の窓まで行って撮影したこともありました。こちらも流石に機内の様子までは撮影しませんでした。他のお客さんが嫌がってもおかしくありません。
着陸後コックピットお邪魔を控えたのは当然?
私が中高生位の頃に読んだことのある航空雑誌では、着陸後にコックピットに入らせて貰ったという投稿がありました。当時でも着陸後なら、機長の都合次第で入れて貰えたと受け取れますが、流石に飛行中では厳しいでしょう。とは言え飛行中も入れて貰ったと言う情報もあります。
現在は飛行中のコックピットは、パイロット以外立ち入り厳禁(CAも航空会社社員も入れないとか)となっていて、法律にも引っかかります。私が悪いのではありません。ハイジャック犯どもが悪いのです。ハイジャック犯どもが子供達の夢を剥奪したのです。もっとも、飛行中のコックピットは近寄れる雰囲気ではなく、離着陸時は尚更……。
着陸後に関しては何も聞いておりませんが、着陸後でも私はパスしました。CAに頼んでも断られるのは火を見るよりも明らか、と思っておりました(実際は不明ですが……)。
北海道の気候を把握すべきだったか?
北海道の夕方の気温は摂氏8度と聞き、ちょっと失敗したかな?と思ってしまいました。でも荷物が多くなってしまい、着るものの調節が厳しくなることを考えると妥当だったのでしょうか。札幌市内では、大阪での冬の服装もよく見掛けました。春の服装の人は、全員ではないでしょうが、旅行者丸わかりでしょうか?
北海道で1泊のみは少ないか?
札幌は1泊のみでした。しかも夕方に東京から移動しました。理由はジャンボジェット機のダイヤの都合上でした。北海道ならもう1泊、しかも他所も行くべきだったのかも知れませんが、予算の都合上パスしました。
反省になっていない?“ひとり反省会”でした。
窓からは、和田岬にある三菱重工の造船所が見えました。緊張の一瞬です。滑走路が見えて暫くすると、機体が小刻みに揺れました。着陸しました。機体は段々速度を落として行きました。
機体は駐機場へ向かって誘導路を進み、駐機場へ着きました。乗客達は降りようと準備を進めます。私も荷棚から荷物を降ろします。私は、降りるのは最後にしました。降りる前に、無事に飛んでくれた機体をねぎらいます。
私も旅客機を後にします。CA達が一礼しながら乗客達を見送ります。私は、見送ってくれる一人一人のCA達に、「ご苦労様」だけでなく、一言ずつながら思わず「楽しかった!」や「又乗ります」とまで申しました。飛行機の旅がこんなにも楽しいものと、今更ながら知りました。一人のCAは「会社がこうなっちゃいました……」と苦笑いで仰っていました。
ボーディングブリッジを通り、預けた荷物を受け取る場所へ向かいます。荷物はまだ出ていません。乗客達が今か今かと待ちかねています。その時キャリーバッグをコロコロ~と転がしながら、先程のCA達が通り過ぎて行きます。何だかテレビなどで見たことのある光景と思いました。挨拶をしようと思いきや、そのまま通り過ぎて行きました。挨拶は先程済ませたことなので、見送るだけにします。しかし凜とした姿に何かしらオーラを感じたものでした。
その後で壁際に男性が4人程並んで立っています。先程の旅客機のパイロット達でしょうか。上着の袖に4本の金色の線があると機長、同じく3本だと副操縦士、線なしだと訓練生です。後の一人は確認出来ずでしたが、訓練を受ける人がいる飛行機に乗るのはそうありません。この人達にも思わず、「皆さんどうもお疲れ様でした」と声をかけずにはいられませんでした。機長だったと記憶しておりますが、その中の一人が受け答えをしてくれました。簡単に挨拶を済ませた程度でしたが、この人達も凜とした雰囲気が漂いました。
預けていた荷物を受け取り、空港を出ます。それは今回の旅の終わりを迎えることになります。勿論“自宅に帰るまでが旅行”とまるで校長先生のようなこともありますが……。
神戸三ノ宮駅まではポートライナー、三ノ宮駅からはJRに乗ります。途中大阪駅で降り、飲み屋さんでビールを一杯飲み、旅を締めくくりました。そして無事に帰宅しました。
今回はこれにて旅を終えました。日常では経験しにくい事が経験出来る、本当に素晴らしい機会です。これが終わりを意味するのではなく、私には新たな旅の始まりなのです。次は一体何処へ行くのかは未定ですが、素晴らしい体験をさせてくれることでしょう。私は又旅に出ます。
最後までお読み下さりありがとうございました。
新しいものと去りゆくものとを追って‐完‐
機体は駐機場へ向かって誘導路を進み、駐機場へ着きました。乗客達は降りようと準備を進めます。私も荷棚から荷物を降ろします。私は、降りるのは最後にしました。降りる前に、無事に飛んでくれた機体をねぎらいます。
私も旅客機を後にします。CA達が一礼しながら乗客達を見送ります。私は、見送ってくれる一人一人のCA達に、「ご苦労様」だけでなく、一言ずつながら思わず「楽しかった!」や「又乗ります」とまで申しました。飛行機の旅がこんなにも楽しいものと、今更ながら知りました。一人のCAは「会社がこうなっちゃいました……」と苦笑いで仰っていました。
ボーディングブリッジを通り、預けた荷物を受け取る場所へ向かいます。荷物はまだ出ていません。乗客達が今か今かと待ちかねています。その時キャリーバッグをコロコロ~と転がしながら、先程のCA達が通り過ぎて行きます。何だかテレビなどで見たことのある光景と思いました。挨拶をしようと思いきや、そのまま通り過ぎて行きました。挨拶は先程済ませたことなので、見送るだけにします。しかし凜とした姿に何かしらオーラを感じたものでした。
その後で壁際に男性が4人程並んで立っています。先程の旅客機のパイロット達でしょうか。上着の袖に4本の金色の線があると機長、同じく3本だと副操縦士、線なしだと訓練生です。後の一人は確認出来ずでしたが、訓練を受ける人がいる飛行機に乗るのはそうありません。この人達にも思わず、「皆さんどうもお疲れ様でした」と声をかけずにはいられませんでした。機長だったと記憶しておりますが、その中の一人が受け答えをしてくれました。簡単に挨拶を済ませた程度でしたが、この人達も凜とした雰囲気が漂いました。
預けていた荷物を受け取り、空港を出ます。それは今回の旅の終わりを迎えることになります。勿論“自宅に帰るまでが旅行”とまるで校長先生のようなこともありますが……。
神戸三ノ宮駅まではポートライナー、三ノ宮駅からはJRに乗ります。途中大阪駅で降り、飲み屋さんでビールを一杯飲み、旅を締めくくりました。そして無事に帰宅しました。
今回はこれにて旅を終えました。日常では経験しにくい事が経験出来る、本当に素晴らしい機会です。これが終わりを意味するのではなく、私には新たな旅の始まりなのです。次は一体何処へ行くのかは未定ですが、素晴らしい体験をさせてくれることでしょう。私は又旅に出ます。
最後までお読み下さりありがとうございました。
新しいものと去りゆくものとを追って‐完‐
機体は揺れています。遠くに夜景が見えますが、どの辺りなのかの判断は出来ません。
午後8時、段々着陸が近付きつつあります。機体は福知山付近でしょうか?それとも篠山付近でしょうか?機内のディスプレイによると、高度は6,700メートルまで下がりました。速度は時速603キロまで下がりました。外気温度は摂氏イナス27度です。
高度は更に下がります。遠くには大阪平野が見えました。その前後でしょうか。室内の照明が暗くなりました。間接照明だけの薄明るいイメージを思い出すといいでしょうか。全ての航空会社でやっているとは限らないようですが、JALのHPには次のようにありました。
人間の目には、眼球に入る光の量を調節するための瞳孔がついています。瞳孔の仕組みは、カメラの「絞り」に似ていて、光の量の多いところでは瞳の黒い部分が小さくなり、少ないところでは大きくなります。明るいところから、突然暗いところへ移動すると、しばらくの間、何も見えないことがあります。たとえば、昼間ドライブをしていて、急にトンネルに入ったときなどに、初めのうちは周囲が見えにくいという経験をした方は多いと思います。そんなときでも、しばらくすると瞳孔が広がってきて、周囲が見えるようになります。
実は、飛行機が夜間の離発着時に照明を暗くするのも、この人間の目の仕組みに関係があります。万が一、お客様が緊急脱出をしなくてはならないような場合、急に暗い機外に出ると、周囲の暗さに慣れるまでに時間のかかる可能性があります。しかし、初めから暗くしておくことで、目が早く慣れることができます。
要するに安全面のためにわざと暗くしているのです。但し読書灯は問題なく点灯出来ます。
私は読書よりも、いい年して?窓の景色に夢中です。午後8時10分頃、加古川か高砂付近でしょうか、見えてきました。そして機体は神戸へ向けて左旋回です。播磨灘上空を徐々に高度を落として行きます。窓から明石市街が見えてきました。もうすぐ明石海峡大橋が見えてきます。
光のアーチが見えました。明石海峡大橋上空を飛んでいます。橋脚は1本のみ見えましたので、恐らく橋の中央部分上空を飛んでいるのでしょうか。機内の画面表示には、約850メートルとありました。橋の橋脚の倍以上高い高度を飛んでいます。
コクピットでは、無事着陸しようと格闘中の筈です。大阪市内で高さ200メートル超のビルが殆どないのは、大阪市内で超高層ビルが建ちそうな場所が大抵伊丹空港の着陸航路になっていて、高さ制限に引っかかっているからです。明石海峡大橋の橋脚の高さは約300メートル弱、開通後に神戸空港が着工しましたので、この辺りはどれだけの高さ制限かは別にして、完成後である故高さ制限の対象外となりましょうか。着陸はちょっと神業と言えば大袈裟でしょうが、何とか明石海峡大橋をかわして行きます。
ここまで行くとは、ごく当たり前の事かも知れませんが、本当にパイロットの腕は凄いとしか言えません。世間一般では、高給で異性にモテモテ、などと言うイメージがあります。しかしそれらが特権なのかは別にして、大変な訓練を受けないといけません。ある程度条件の厳しい場面でも無事に着陸しないといけません。健康面も気を遣うのも仕事のうちです。
須磨海岸を経て、神戸市街が見えてきました。もうすぐ着陸です。
参考文献:JAL航空豆知識
http://www.jal.co.jp/entertainment/knowledge/agora10.html
次回最終章『旅の終わりは又新たな旅の始まり』
午後8時、段々着陸が近付きつつあります。機体は福知山付近でしょうか?それとも篠山付近でしょうか?機内のディスプレイによると、高度は6,700メートルまで下がりました。速度は時速603キロまで下がりました。外気温度は摂氏イナス27度です。
高度は更に下がります。遠くには大阪平野が見えました。その前後でしょうか。室内の照明が暗くなりました。間接照明だけの薄明るいイメージを思い出すといいでしょうか。全ての航空会社でやっているとは限らないようですが、JALのHPには次のようにありました。
人間の目には、眼球に入る光の量を調節するための瞳孔がついています。瞳孔の仕組みは、カメラの「絞り」に似ていて、光の量の多いところでは瞳の黒い部分が小さくなり、少ないところでは大きくなります。明るいところから、突然暗いところへ移動すると、しばらくの間、何も見えないことがあります。たとえば、昼間ドライブをしていて、急にトンネルに入ったときなどに、初めのうちは周囲が見えにくいという経験をした方は多いと思います。そんなときでも、しばらくすると瞳孔が広がってきて、周囲が見えるようになります。
実は、飛行機が夜間の離発着時に照明を暗くするのも、この人間の目の仕組みに関係があります。万が一、お客様が緊急脱出をしなくてはならないような場合、急に暗い機外に出ると、周囲の暗さに慣れるまでに時間のかかる可能性があります。しかし、初めから暗くしておくことで、目が早く慣れることができます。
要するに安全面のためにわざと暗くしているのです。但し読書灯は問題なく点灯出来ます。
私は読書よりも、いい年して?窓の景色に夢中です。午後8時10分頃、加古川か高砂付近でしょうか、見えてきました。そして機体は神戸へ向けて左旋回です。播磨灘上空を徐々に高度を落として行きます。窓から明石市街が見えてきました。もうすぐ明石海峡大橋が見えてきます。
光のアーチが見えました。明石海峡大橋上空を飛んでいます。橋脚は1本のみ見えましたので、恐らく橋の中央部分上空を飛んでいるのでしょうか。機内の画面表示には、約850メートルとありました。橋の橋脚の倍以上高い高度を飛んでいます。
コクピットでは、無事着陸しようと格闘中の筈です。大阪市内で高さ200メートル超のビルが殆どないのは、大阪市内で超高層ビルが建ちそうな場所が大抵伊丹空港の着陸航路になっていて、高さ制限に引っかかっているからです。明石海峡大橋の橋脚の高さは約300メートル弱、開通後に神戸空港が着工しましたので、この辺りはどれだけの高さ制限かは別にして、完成後である故高さ制限の対象外となりましょうか。着陸はちょっと神業と言えば大袈裟でしょうが、何とか明石海峡大橋をかわして行きます。
ここまで行くとは、ごく当たり前の事かも知れませんが、本当にパイロットの腕は凄いとしか言えません。世間一般では、高給で異性にモテモテ、などと言うイメージがあります。しかしそれらが特権なのかは別にして、大変な訓練を受けないといけません。ある程度条件の厳しい場面でも無事に着陸しないといけません。健康面も気を遣うのも仕事のうちです。
須磨海岸を経て、神戸市街が見えてきました。もうすぐ着陸です。
参考文献:JAL航空豆知識
http://www.jal.co.jp/entertainment/knowledge/agora10.html
次回最終章『旅の終わりは又新たな旅の始まり』


