【自転車で巡る四国遍路:後編 抜粋版(伊予・讃岐)】
【2025年 4月15日~22日】
【メンバー:上田】
詳細版は下記に掲載しています。よろしかったらどうぞ。
昨年、5/13~22の10日間で二国参り(阿波と土佐)を自転車でお参りしました。
https://toyokawa-ac.jp/sonota/38938
また昨年5月に自転車での四国遍路前半に行った折に、たまたまご一緒に走れた群馬のTさんが奈良来訪、5月17日にご一緒に車で高野山 奥の院へお参りし無事に満願となりました(^o^)


5/18は奈良見物ということで、超国宝展開催中の奈良国立博物館と唐招提寺を訪れました(^o^)
◆今回のあらましと感想
詳細版は下記に記しました 自転車で巡る四国遍路:後編(伊予・讃岐) – 豊川山岳会
今回、4/15~22の8日間のお遍路(4/14は移動日)で、伊予と讃岐の88番札所まで廻ることができ無事に結願できました。お宿の方や同じお遍路さん、道中の地元の方との暖かい交流ができ感謝の気持ちでいっぱいです。道中安全を祈願したお大師さん、連れ合いと母の見守り、行っておいでと暖かく送り出してくれた家族に感謝です。結願の日には88番から1番に廻り(八日間で約620kmの走り)、同日徳島港から和歌山港までのフェリーを使って奈良に無事に帰宅できました。
今回も第一目標を「無事に帰ること」、九十を越えた父や義母より先に逝かないこと、母(私の妻)を早く亡くした子ども達のためにも元気で無事に帰ることを第一目標にしました。1つ1つのお寺でのお参りを静とすると、自転車での移動は動。動は楽しいながらも登り下りや、路面状態、追い風や向かい風などで体力を使い(昨年よりはやや体力落ちた感じあり)、事故を起こさない(行程を進めるために車道走行やトンネル内走行)ことから緊張感の持続が必要で、登山ほど難しくないように思いますが、登山よりある意味危険なようにも思います。
娘からのLINEで一首 父の夢見たと娘がラインくれ 山で死ぬ夢心配かけるね
宇和島で青森の方と

初日のゲストハウスで

65番岩屋寺の入り口で

同じく岩屋寺の入り口で日本一周&四国遍路の若者と

松山ユースホステルで一緒になった新潟のTさんと

「すけ家」で同宿だったドイツから来た歩き遍路さんと (ひげ面濃いです(^_^;))

「五葉松荘」の女将の琴演奏 デンマークの若者と楽しんだ

五色台の西のブロッコリー畑でカンボジアから働きに来ている若者と

四国大橋を渡って高松まで来てくれた娘夫婦と会食(今回のハイライト!)

山登りの六十番札所 横峰寺を下ってきて残雪をかぶった石鎚山を遠望する

結願(八十八カ所を廻り終えること)を前にしたその前日には、お参りで心経を唱えていると、こみ上げるものがあり、しばし声が出ないことが何度か。その夜は広島・福山から娘夫婦が四国大橋を渡って高松まで来てくれて食事会(結願前夜祭?)、楽しい夜で昼間に嗚咽したことも忘れていました。
最終日は朝9時過ぎには八十八番大窪寺にお参りし結願証を頂きました。好天でまだ静かな境内で、さわやかな心持ちでした。同じく結願された歩き遍路さんは「あっけない、少し寂しい」とおっしゃっていました。
私には何が残ったのか、それはまだ分かりません。でも行く前も思ったけど、「残されたものが元気で毎日を過ごすこと、それが何よりの供養」の思いは変わりません。
結願におめでとうとの友の声 銀輪へんろこの後いかに
結願し一番札所は懐かしき 何か変わった?今はわからぬ
やることをやるべきこととやれることやりたいことの間(あわい)で思案
今回は、2月から始めた短歌詠みの中での自転車遍路後半でした。当初、お遍路後半は昨秋11月に予定したものの、9月末にアルプス山行の頂上で不覚にも手を突いて左手小指第一関節を脱臼し、今春に延期しました。でも怪我の功名で今回は曲がりなりにも歌心を持つ中でのお遍路。走っていた毎日は疲労と集中力のブランクのため夜はバタンキューで、奈良へ帰宅して2~3日で20首あまり詠みました。お恥ずかしながら末尾に書き留めます。ご笑覧ください(^o^)
今回も旅行記まで書き終えてほっとしています。今年もやるべきこと、やりたいことの年度計画を立てて次のことを考える日々ですが、先ずは家族を始め、皆さんに感謝です。
寝室&仏間のテーブルに色紙を立てています。今は、お花の色紙の書画(光代が書の展示をするお隣の会場や、前後して写真や書画を展示されていた中村さんから、昨年4月の書の合同展示会(&光代の追悼展示会)で頂いた色紙と、光代の「大人のひとりごと」(の葉書版)の1枚です。中村さんは車椅子で生活しておられ、よく光代に笑顔で声をかけて頂いていました。感謝です。




