東京に行ってきました(2014,8,29~8,31)
                           2014年9月14日 上田光代 72007

9ケ月ぶりにお泊り旅行に連れていってもらいました。
初日の夕食は、淳平君たちと東京文京区の寅吉(とらよし)で穴子重。
土曜日は、裏千家の淡交会の灰型一日講習会。
日曜日は、お目当ての東京国立博物館。
時間を割いて お付き合い頂きました歳彦氏に感謝します。



2014年8月29日(金)
今回は、珍しく行きも帰りも一緒に移動!豊橋16時47分発のひかり526号 東京行きに乗車。

淳平君たちと待ち合わせの文京区の寅吉(とらよし)は19時に到着。
穴子重が食べたくて。インターネットの食べログ絶賛のお店!に決定!

大将おまかせのお刺身2,980円/1人。私、初めて食べました。海ぶどう。 

 
季節のサラダ1,480円。私、初めて食べました。白アスパラ。
また、食べに行きたい!!!!「穴子重:1,980円」

2014年8月30日(土)
朝、6時9分飯田橋発(東京メトロ南北線)乗換して6:21茗荷谷(みょうがだに)駅着。
お目当ては、国産大豆使用の小林久万吉豆腐店。朝、6時から営業。

  
書籍「それでも食べますか?」かもがわ出版:石黒昌孝著で国産の大豆を使用している豆腐屋で登場。4代目は元日本ウエルター級王者。

お豆腐さん4連打は、椿山荘でも採用。
私たちは、本日の朝食、明日の朝食で頂きます。
季節限定のもろこし豆腐、柚子豆腐、白ごま豆腐を購入。
自宅あてに大好きな“がんもどき”や黒ゴマ豆腐を依頼。
到着のがんもどき!!!とっても美味!帰宅後、再発注。

今日は、各自で行動。
私は、裏千家、淡交会の「灰型一日講習会」に参加。
たかが灰、されど灰。ローマは1日してならずと一緒かな。
極意は、①灰匙はブラブラと持つ(力をいれない)
    ②灰はほぐして一直線にのせるだけ
    ③灰は削る。押さえない。 と私、まとめてみた。
                                    

   ↑講師の小沢宗誠先生と
歳彦氏は、“四六のガマの油”で有名な筑波山(つくばさん)への1日登山。

夕食は浅草の「徳仙」で合流。お目当ては、穴子丼。1,500円。ここは1度でいいかな。 
夜は、飯田橋ユースホステルで同室のご婦人方(今日は、4人)とワイワイ午前1時近くまで
弾丸トーク。全員、赤の他人、知らない人同士なのにね。
53才、56才 60台、74才(このご婦人は、重度な化学物質過敏症、食べ物・匂い等に反応)。
人生に感名を受けた本、感動した映画、お勧め東京観光情報、食品添加物の話など。話はつきず)

2014年8月31日(日)
今回、旅行の3つ目のお目当ての東京国立博物館にて “台北国立故宮博物院
神品至宝展”へ。

王羲之筆(おうぎし)の「草書大道帖巻(そうしょだいじょうじょうかん)」や、
「東坡肉(トンポーロー、豚の角煮)を考案したという蘇軾(そしょく)筆の
行書黄州寒食詩巻(ぎょうしょこうしゅうかんしょくしかん)など展示。     

 ↑蘇軾(そしょく)筆の行書黄州寒食詩巻 

 ↑人と熊  
記念に「人と熊」の根付(ねつけ)を買ってもらう。
  
              
昼食は、2年ぶりに浅草の“うどんの利右衛門”さんへ。
浅草(つくばエクスプレス)駅下車2分。宮崎出身の女将、頑張れ!

 
隠れ家的なお店。店内はお神輿あり、ハッピありと下町情緒満載。
大好きな 釜揚げうどん400円の大盛り注文。(大盛りでも同じ料金)
久しぶりの再訪を喜んでくださりノンアルコールのアサヒゼロをサービスで。感謝。
私、初めて飲みました。ノンアルコールビールを。うどんの素揚げも初めて食べました。ほー。
「辛味噌もつ煮(500円)」脂のたっぷりと付いたいわゆる鶏シロコロと玉葱と豆腐入り、GOOD。
 

        
↑うどんの素揚げ        辛味噌もつ煮  

午後からは、ユースホステルの同室者のお勧めの国立新美術館へ。
“笛を吹く少年”を見に。19世紀フランスを代表する画家エドゥアール・マネ。「印象派の父」と呼ばれた。34歳の時の作品。


因みに、笛を吹く少年は、友人であった軍の高官が連れて来た、近衛軍鼓笛隊員。一説によると顔の部分だけ、マネの息子のレオンだそうです。
さらに余談、マネは生粋のパリジャンで、ブルジョア出身のシティボーイ。ダンディでお金持ち。とてもモテモテだったそうです。
こんな環境だったからこそ「草上の昼食」や「オランピア」などスキャンダルを
巻き起こした作品が描けたのかもと思っちゃいました。
 

    ↑草上の昼食       ↑オランピア

 

そうそう私は、シャルル・ドービニ―の動画と見まごう“収穫”と
エリー・ドローネーの憂いたっぷり“ジョルジュ・ビゼー夫人”が印象に残りました。 

  

         ↑収穫            ↑ビゼー夫人                         

  以上